第6話:敗北と追放、そして誓いの旅立ち
「「「ギルベルト! ギルベルト! ギルベルト!」」」
ギルベルトコールが、訓練場の中を埋め尽くす。生徒たちは全員自分の訓練を止め、ギルベルトとワダチの対峙を見守っている。
ワダチは体力の限界を感じながらも、一歩足を生み出す。
(魔力をまた、集めないと……!)
赤、青、緑――三属性複合魔法。単独で撃つことを想定されていないあの魔法は、ワダチの魔力を根こそぎもっていっていた。
しかも、無茶な魔力回復だったからか……目が霞み、視界が歪む。
だがそれを押して、ワダチは【魔色の精霊】たちを集め――魔力を回復させる。
ギルベルトを倒すために。
「ふむ、アーネストまで倒すとはね。驚いたよ、本当に」
金髪の少年――ギルベルト=ヴァン・オルトンは冷や汗を流しながらも、笑みを作ってゆっくりと歩み寄って来る。
「ぎ、ギルベルト様が倒されるわけありませんもの! わたくしのギルベルト様が! が、学園最強ですのよ!?」
イーアが再度叫ぶ。周囲の生徒たちも、そうだそうだとばかりに頷いている。
そんな彼らを見ながら、ギルベルトはワダチに話しかけた。
「どうだい、圧倒的なアウェイの中戦うのは」
「今までと特に変わりは無いな」
「……随分と、生意気な口を利くじゃないか」
青筋を立て、苛立ったように指で太ももを叩くギルベルト。
ワダチはそんな彼に、精いっぱいの虚勢でフッと笑った。
「そっちこそ、年長者への口の利き方がなってないぞギルベルト」
「『様』を付けろ下民が!」
ギルベルトが声を荒げ――【赤の精霊】と【白の精霊】を呼び出す。最速最強とも呼ばれる彼の魔眼、『熱線魔法』を撃つために。
それに対してワダチは【青の精霊】と【緑の精霊】を呼び出す。
【赤の精霊:82】×【青の精霊:82】×【緑の精霊:82】
三属性複合魔法発動
【龍爪魔法 発動 天翔撃】
炎を纏った、横殴りの一撃。暴発した【白の精霊】による爆発を飲み込み、長い爪がギルベルトを吹き飛ばした。
「がっ――!」
右腕があり得ない方向に曲がり、壁に叩きつけられるギルベルト。瓦礫の中倒れ伏したのを見て――場内に悲鳴が響き渡る。
「ぎ、ギルベルト様!?」「そんな、嘘!」「あ、あり得ない……! ギルベルト様がやられる!?」
ざわめきが広がる。ワダチがトドメを刺そうと一歩踏み出したところで、ギルベルトの身体が檸檬色に光った。
かなり高度な回復魔法。右腕が元の方向に戻り、小さい傷が徐々に治っていく。
「……教員か」
見れば、三人の講師が同時にギルベルトに向かって魔法をかけていた。
「邪魔を……うっ」
ワダチの眩暈が酷くなる。膝をついたワダチは吐き気を堪えるため、口元を抑えた。
「く、そっ……」
回復魔法を受けたギルベルトは立ち上がると、右腕を押さえながらも精霊を集めた。連続で発射される熱線魔法を、吹雪魔法で相殺して防御する。
熱線魔法は発動するまでが速く、弾速も速い。だから一度連射が始まると、ワダチでもなかなか妨害する隙が見つけられなかった。
「ちっ……」
「は、はは……! ボクにはこの通り、味方がいる……! ここにはサヤカがいない、お前は独りだ……!」
嘲るように言うギルベルトだが、連射の手は緩めない。それどころか、徐々に徐々に距離を詰めてくる。
「……舐めていたよ、下民だと。こうなればもう、容赦はしない。ボクの魔法は最速最強で――なっ」
ワダチは【青の精霊】による水魔法で熱線を防御しつつ、【橙の精霊】による土魔法を発動させた。
ギルベルトは足元から出現した土壁によって、バランスを崩して転倒する。その隙に彼の集めた精霊を用いて、ワダチは二つの複合魔法を発動させた。
【赤の精霊:82】×【青の精霊:92】
複合魔法発動
【蒸気魔法 発動 スチームスラッシュ】
【白の精霊:82】×【橙の精霊:78】
複合魔法発動
【金属魔法 発動 プラチナハンマー】
蒸気で出来た刃で右腕を切断され、ハンマーで左足を破壊されたギルベルト。
その場に倒れこみ、切断面を手で押さえながら絶叫する。
「ぐああああああああ! ぼ、ボクの魔法を利用して魔法を……!? い、いくら何でも無茶苦茶過ぎる……!」
ワダチは息を切らしながら、一歩ずつギルベルトの方へ近づいていく。急激な回復に、大きい魔法の連発で……ワダチの脳は割れるような激痛に苛まれていた。
(だが、こいつは、ここで――)
放っておけば、ギルベルトはまた教師陣によって回復させられてしまう。ワダチはギルベルトの前に立つと、『溶岩魔法』を発動させた。
だが、それが着弾する寸前――ギルベルトは懐から五本もの魔物巻物を取り出して魔物を出現させる。
「ッ!?」
溶岩で倒しきれなかった残りの四体が一斉に襲い掛かって来る。すぐに吹雪魔法を発動させて魔物を吹き飛ばしたが、その隙をついて熱線が飛んできた。
自分の魔法を発動していると、当然相手の魔法を妨害することは出来ない。肩を打ち抜かれ、ワダチは吹っ飛ばされる。
「がはっ……!」
「下民……いや、ワダチ! この学園ではボクが王様なんだ、誰も彼もお前の味方じゃないんだ。罠くらい仕込んでいるに決まってるだろう?」
彼の眼の暗闇は、一切衰えていない。
「だがボクのモノに手を出した貴様を絶対に許さない……! サヤカは、ボクの女だ」
「どうして、そこまでサヤカを……?」
「アイツの顔と身体が、出会ってきた女の中で一番好みなんだよ!!」
五体の魔物を失うも、まださらに三本の魔物巻物を取り出すギルベルト。彼はなりふり構わずと言った様子で、観客席のイーアを見た。
「イーア! ボクの攻撃に合わせて魔法を撃て」
「え、ぎ、ギルベルト様? で、でも彼の標的にされたら――」
「良いからやれ!」
「は、はい!」
同時に魔法が放たれる。
熱線と溶岩、学園最高火力と言われる二つの魔法。
溶岩は適切に対処せねば、確実に死ぬ。ワダチはイーアの溶岩魔法を水魔法で防ぎ、そして熱線で腹部を貫かれた。
「が、っは……!」
ワダチはボロボロになりながら、崩れ落ちる。なんとか回復しようとするものの、指先に精霊が集まってこない。
(……しまった、魔力が……)
さらに発射された熱線が、ワダチの身体を焼いた。
意識が、闇に沈む。
「くそっ……下民ごときに、このボクが下民ごときに……!」
歯ぎしりするギルベルトの声が、静まり返った訓練場に響く。
勝利したはずのギルベルトは、地面に拳を叩きつけた。
▽▲▽▲▽▲
野外模擬戦闘訓練から、三日後。
やっと体力が回復したワダチが呼び出されたのは、講師室だった。
「――ワダチ。危険魔法の濫用、および学園秩序の著しい混乱を招いたこと、さらにギルベルト=ヴァン・オルトンからの特別推薦取消を以って、本日付で退学処分とする」
講師の無機質な声。
ワダチは少しだけ息を吸いこむと、講師の顔を見た。
「彼はどうしてますか?」
「どうもこうも、キミにやられた腕がくっつかなかったからね。義手の魔道具作成のために、長期休養だ」
「……そうですか」
ワダチは軽く頭を下げると、袖口のボタンに手をかける。特別推薦と書かれているそれは、この学園に入学した際にギルベルトから渡されたモノだ。
取り外し、講師に渡す。受け取った講師は、苦虫を噛み潰すような顔で口を開いた。
「謝罪の言葉はないのか? キミはとんでもないことをしでかしたんだぞ? ギルベルト様のご厚意で特別推薦を受けておきながら、野外模擬戦闘訓練に遅刻したばかりか……それを指摘したギルベルト様に逆ギレして、彼に襲い掛かるなんて。ギルベルト様が温情をかけていなければ、キミは最低でも国外追放モノだったんだぞ!」
あの日のことは、学内ではそのようになっているのか。
ワダチは言い返そうとして、止める。
「もう少し、魔法について学びたかったです」
「……そんなことを言える立場だと」
「逆に――そんなくだらない喧嘩で、学園最強の彼が腕を切断されるとお思いですか?」
「う……」
講師は言い返せず、言葉に詰まる。
ワダチはそんな彼に礼をして、講師室を出た。
講師室を出て、廊下を歩くだけで――生徒たちからの視線が刺さる。ある者は恐怖を、ある者は怒りを、ある者は侮蔑を込めて。
まさに針の筵、そんな中で一人の少女が話しかけて来た。
「……アンタ、ほんとに退学になったのね」
「ナーニャ、久しぶり」
彼女はワダチの前に来ると、悔しそうな表情で目を伏せる。
「アンタがアタシの魔法を真似してたでしょ? ……アレの理屈が分かれば、アタシの魔法はもっと伸びるって思ってた。だからアンタを側で観察したかったのに」
「……アレは」
真似できるような物じゃない。
そう言いかけて、止める。
代わりにワダチは、ナーニャに問いかけた。
「俺の魔眼――聞いたんだろ? ……精霊が見えない、劣った魔眼だ」
「そんなの関係ないわよ。アタシは自分の魔法を極めたい、そのためにはアンタを観察することが必要だったってだけ。あとまぁ、普通にアンタがいなくなるのは寂しいわね。平民一人だと、ちょっと肩身が狭いし」
「……そうか、すまない」
「別に謝る必要無いわ」
そう言う彼女に、ワダチは精いっぱいの笑みを作る。
「俺も今後は、吹雪魔法を練習すると思う。効率的な発動方法とかわかったら、レポートでもまとめよう」
「……複合魔法を真似して研究まで出来るって、やっぱアンタおかしいわよ。この学園は本当に目が節穴ね、これで魔法の発展は50年は遅れるわ」
大仰に肩をすくめるナーニャ。
流石にワダチもフッと笑って、首を振った。
「……買い被りすぎだ」
「そんなこと無いわよ」
彼女はそう言い終えると、ひらひらと手を振って去って行った。ワダチは彼女が去って行った方を見た後、寮へ向かう。
私物は少ないが、ゼロじゃない。
ワダチはリュックサックに教科書やノートなどを詰めて、寮から出た。
「ふぅ、半年くらいしかいなかったが……濃い学園生活だった」
寮を振り返ったところで、ワダチの心の中が悔しさで埋め尽くされる。
もっと魔法を勉強したかった。
もっとサヤカと同じ学園に通いたかった。
ギルベルトに負けたまま、学園から去りたくなかった。
「くそっ……!」
拳を握り、腿を叩く。
せめて、リベンジがしたい。
アイツを、叩きのめしたい。
そして――自分を侮った連中を見返したい。
「もっと早くこう思っていれば……!」
自分は流され過ぎていた。
サヤカに誘われ、ギルベルトの罠に嵌まり。
そうでなければ、こんなに悔しい想いをすることは――
「待って! ワダチ!」
――背後から声がかけられた。
振り返るとそこには、サヤカが立っている。
彼女はツカツカとワダチに近づくと、その手を取った。
「……今回の顛末、イーアさんに聞いたんだ。ワダチが何をされたか、どうして退学になってしまうのか」
「イーア、に?」
彼女はギルベルトの婚約者だというのに、何を彼女に言ったのだろうか。
「……彼女は『ギルベルト様を信じて良いのか分からない、死ぬかもしれない戦いに、自分をまきこむなんて』って言っていた」
最後の同時魔法のことか。
サヤカは眼に涙を浮かべ、ワダチに顔を近づけてくる。
「ギルベルトは……貴族の風上にも置けない。あんな奴が、この学園を牛耳っているのが許せない! ワダチ、お願いだ! 私を強くしてくれ、あんな奴に負けないような強さが欲しいんだ!」
「強く、って……」
そこまで言いかけて、ハタと思う。
今のワダチであれば、彼女が使う魔法の数値を見ながらアドバイスが出来るんではなかろうか。
それどころか、片目ずつ違う魔力レンズを使えば複合魔法を使えるアドバイスが出来るようになるのでは?
「だってあのギルベルトを倒したんだろう? ならきっと、私を強くすることだって――」
「――分かった。俺がサヤカの先生になるよ」
力強く頷く。
でも、今までのように流されて決めたりはしない。
自分の意思で、目的を持って決める。
「サヤカを教える、それだけじゃない、もっと生徒を集めて……生徒たちと共に、この学園に殴りこんで見せる」
「は? へ? えっと、それって……」
「俺は魔法が好きで、それを極めたかった。でも今は、それだけじゃない。ここまでやられっぱなしで、泣き寝入りなんて嫌だ。それじゃあ、ドブネズミ以下だったあの時と一緒だ!」
あの地獄から抜け出せたのは、人から認められるだけの力を付けたから。
だったら、やることは同じだ。
「サヤカ、俺と共に――魔法の世界をひっくり返そう!」
「……ああ!」
ワダチの眼が輝く。
――この日は教科書に載る日となった。
魔法世界の常識が覆すような魔法使いを多数輩出した、『車輪教室』が出来る切っ掛けとなった日だから――
――次回へ続く。
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