第5話:嘲笑の中で、己を肯定する時
――息が切れる。肺が焼けるように痛む。
既に日は登りきっていた。都合、三十体の魔物――その全てを一撃で屠ってきた。
しかしその対価は、体力と魔力の枯渇。ワダチは足を引きずりがながらも、パンフレットに書いてあった『訓練施設』の前にたどりついていた。
(オーク、オーガ、ゴブリン、コボルト、スケルトン……。魔眼が無ければ、全員最初の一発でやられてたな)
不意打ちの連続で、数値が見えていても攻撃は貰ってしまった。そのせいか、あばらと足の痛みが引かない。
(そもそも暗闇の山の中を……歩くのは、凄く疲れるな。……本当に、これは、訓練だったのか?)
真夜中、一睡もせずに獣道を登って来る。それだけで十二分に疲弊するというのに、いつどこから襲い掛かって来るかもわからない魔物たち。ワダチの肉体も精神もボロボロになっていた。
だがその分――ワダチは大きい収穫を得ていた。
(実戦経験を積んだおかげで、机上の空論だったはずのものが……机上では無くなった)
確かな手応え。
ワダチは汗でドロドロになったシャツを脱ぎ、肌着一枚になる。傷だらけの身体は【回復水魔法】で治すが、体力までは戻らない。切れた息を整え、やっとの想いで訓練場の扉を開くと――そこでは、たくさんの生徒たちが戦闘訓練を行っていた。
「………………は?」
誰一人、ワダチのようにボロボロになっていない。それどころか、笑みすら見える。
思考が止まり、何が起きているか分からず……思わず、膝をついた。
「なに、が……?」
夜の山の中、登ってきたんじゃないのか。
魔物との戦闘を繰り返してきたんじゃないのか。
ぞわりと背筋が凍る、嫌な予感が廻る。ワダチが予想はしたものの否定したかった可能性が鎌首をもたげる。
まるで場違いなボロボロのワダチの方へ、訓練場内全員の視線が集まった。
「おいおい、遅刻か?」
ヘラヘラと嗤いながら、アーネストが近づいてくる。彼はまるで何かを理解しているかのような表情で、ポンと肩に手を置いてきた。
「まぁでも、間に合っただけマシかぁ。っていうか、このボロボロの服はなんだよ」
「いや……待て、待ってくだ、さい。何を言って」
なんとか立ち上がりながらそう言うと、アーネストはやれやれと首を振る。
「何をも何も。今日は朝の鐘七つの時間に集合だってパンフレットに書いてあっただろう? そして訓練場に来て、総当たり戦で対人訓練を行う。お前は……まあもう午後だから、成績は期待出来ねぇだろーけど」
何を言っているのか理解出来ず、ワダチは懐からパンフレットを取り出した。
魔物との戦闘でズタズタになったパンフレットを。
「あの、これに……書いてあって」
ワダチが取り出したそれを見て、鼻で嗤うアーネスト。
彼はそれに唾を吐きかけると、地面に叩き落としてきた。
「なんだそれ。どこから手に入れたんだよそのパンフレット」
「いや、これはギルベルトさんが――」
ワダチがそう言った瞬間、今度はギルベルトがこちらへ近づいてきた。
彼は叩きつけられたパンフレットを踏みつけると、口の端を曲げる。
「ボクが渡したパンフレット? なんの話だ? パンフレットはちゃんと昨日配布したじゃないか」
ギルベルトは足をどけると、地面のパンフレットを指さした。
「どの項目に、なんて書いてあったんだ? 拾って説明してくれよ、ワダチくん」
「…………あの時、言っていたのは嘘だったんですか?」
ワダチは拳を握りしめ、ギルベルトの眼を見る。
昏く、暗い――悪意に満ちた眼を。
「応援したくなると、そう言ってくれたじゃないですか! あの時言ってくれたのは嘘だったんですか? 俺を取り立ててくれたのは! なんのためだったんですか!?」
怒りで涙が零れ落ちそうになる。ワダチは握った拳を開き、自分の胸を握りしめた。
「信じていた……! 何か怪しいとは思っていても、貴方が犯人じゃないと思ったのに!」
「そうか、そうか。それは良かった。ボクはキミに、そう思ってもらいたかったから」
ニヤァ……!
ギルベルトの口が三日月形に開く。愉悦に満ちた微笑みで、両手を合わせた。
「目障りなんだよ、キミが」
「俺が貴方に何をしましたか……?」
「ボクの玩具に手を出した。このボクが手をくだす理由は、それで十分だ。――ああそうだ、アーネスト。次のキミの対戦相手は誰なんだっけ?」
アーネストはわざとらしくパンフレットを開き、そのページをペラペラとめくる。
「えーっと……鐘十三の時は、ああ、ありました。上級教室の特別推薦――ワダチ、って書いてあります。ああ大変だ! 特別推薦を受けるなんて、素晴らしい実力者でしょうから!」
「そうか、そうか。じゃあ頑張り給え、ワダチくん。キミの実力を見せてくれることを楽しみにしているよ」
もはや一つも隠すつもりもない、ギルベルト。ワダチが彼の肩を掴もうと手を伸ばしたところで――アーネストに腕を掴まれた。
「おいおい、ワダチ。オメーの相手はこのオレだぜぇ?」
「離せ! 話はまだ終わってない!」
腕を振り払い、ギルベルトに怒鳴りつける。
「なんで俺を呼んだ……! サヤカは、喜んでいたんだぞ……! 俺と通えるって、喜んでたんだ……! お前に感謝していたんだ……! なのにお前は、俺をこうして甚振るために呼んだっていうのか……!?」
しかしその瞬間、『魔眼』が精霊の数が高まるのを捉えた。嫌な予感を覚えたワダチがさっと身をかわした瞬間、熱線によって足を打ち抜かれた。
弾かれ、地面に叩きつけられる。そして二度、三度と照射された熱線は容赦なくワダチをいたぶった。
(うぐっ……!? ぼ、防御しないと……!)
精霊を集めようとするワダチ、しかし思うように集まらない。
――魔力切れだ。
(こんな、ところで……!)
倒れ伏し、歯を食いしばる。このままではギルベルトどころかアーネストとも戦えない。
どうにかして魔力を回復させて、立ち上がらねば――。
「アーネスト、キミの訓練だろう? ――ボクの熱線魔法は、そんな下民に使うには高貴過ぎるんだから」
「あ、さーせん、ギルベルトさん」
ギルベルトはワダチの前に来ると、見下ろしながらその腕を踏みつけた。
「ぐっ……!」
「さっきの言葉遣いはなんだい? ボクの推薦を受けた身でありながら……随分と偉くなったじゃないか」
グリグリと踵が刺さる。
「そういえば……急に吹雪魔法を使えるようになるなんておかしい。そう思って、キミの『魔眼』を調べさせてもらったんだ」
冷徹に、養豚場の豚を見るような眼で見下ろすギルベルト。
「ちょうど良い、キミの『詳細不明』の正体をここで皆にお知らせしよう」
ドクン、と心棒が跳ねる。ワダチの背筋に冷たいものが走った。
「まっ……」
手を挙げようとするが、腕を蹴とばされる。ギルベルトは訓練場全体に聞こえるように声を張り上げた。
「キミの魔眼は――精霊を見ることすら出来ない、『数値化の魔眼』とかいう欠陥魔眼だ。しかも両眼の『色』が埋まっていて……発展性が一つもない。まさに平民らしい脆弱な魔眼!」
――訓練場内で笑いが起きた。
「な、なんだそれ」「完全に欠陥品なのかよ」「精霊見えないとか……もっと最悪じゃん」
ドクン、と心臓が跳ねる。周囲からゲラゲラと嗤われ、侮蔑の視線を浴びせられた。
ただ魔法が下手なんだと、そう思われるなら別に良かった。しかし精霊が見えない――それは、周囲にバレたくなかった。
「やめ……」
「試験の時は、裏から手を回してナーニャ君に助けを求めていたそうじゃないか。上級教室の担任がそれを聞いたと言っているよ」
根も葉もないデマ。
しかし周囲は「やっぱり……」「最低だな、アイツ」「ぎ、ギルベルト様に推薦を受けておきながら! ありえませんわ!」と口々に文句を言う。
その様子を見ながら、ギルベルトは侮蔑の視線と共に吐き捨てた。
「もう分かっただろう? 誰もお前を必要としていない。サヤカも……同じクラスのナーニャちゃんだったかな? 彼女も、精霊が見えないお前には興味を持たないはずだ」
言葉が刃となり、心を抉る。
俯き、視界が滲む。
「――おっと、そういえばアーネストと訓練の最中だったね。邪魔をして悪かった、つづけたまえ」
「承知いたしました、ギルベルト様」
ニヤニヤと嗤うアーネストは懐から二本の魔物巻物を取り出した。
「……あの時のオーク、オレが気合入れて調教したんだよ。なのに一撃で消し飛ばしやがって……」
「やっぱり……実技試験の時……うっ」
腹部を蹴られ、転がされる。そして魔物巻物から二体の魔物――ホワイトトロールとアクジキタイパンが飛び出してきた。
「ムカつくんだよ、下民のくせしてさぁ……! オレの傑作の魔物を殺しやがってよぉ!」
振り下ろされる、ホワイトトロールの拳。ワダチは防ぐことも出来ず、身体を潰されてしまった。
ブチブチ――と何か、切れてはいけないものが切れたような音がした。頭を潰され、視界が半分になる。
――自分はここで死ぬのか。
(なんで……こんなことに……?)
ただ、魔法を学び――あの時の光を自分でも掴みたかっただけなのに。
皆に笑われ、ボロ雑巾のように打ち捨てられ。こうして、無意味に魔物から殺される。
(魔法……魔力……それが、あれば……)
やっと、本物の魔法が使えるようになったのに。
嫌だ、死にたくない。
「死ね、バカ」
ゾンビタイパンが噛みつこうとしてくる。しかしその時、気づいた。何故、普通にしていると数字が重なって何も見えないのか。空気中になんの数字が溢れているのか。
(人間が何故魔力を回復させられることが出来るのか。それは空気中に魔力を運ぶ精霊がいるからである――という、未解明の仮設。それがもしも本当ならば)
これら全て――魔力を持つ、精霊なんだ。
精霊であれば、魔力で呼べる。ほんの僅かな魔力でも良い、一体でも呼べれば……加速度的に魔力を回復させることが出来る。
「俺の眼は、全てを数える。数字は全部、俺の味方になる)
グングンと数字が吸い込まれていく。ワダチの体内に魔力が満ち溢れる。
【赤の精霊:121】×【橙の精霊:135】
複合魔法発動
【溶岩魔法 発動 溶岩流】
生み出された溶岩が、アクジキタイパンを消し炭にする。実技試験の時のように復活されぬよう、丁寧に処理をする。
「なっ……!? ほ、ホワイトトロール!」
驚愕に眼を見開いたアーネストが、ホワイトトロールをけしかけてきた。
しかしそれも溶岩で消し飛ばし、燃やし尽くした。
「な、なんで……生きて……!?」
「……勉強したからだ」
「い、意味が分からねぇよ……! バカじゃねえの、バカじゃねえの!?」
アーネストの手の中で【青の精霊】が集まる。しかしその数字を読み取ったワダチは、【赤の精霊】と【緑の精霊】を集め――前人未到の三属性複合魔法をたった一人の人間で発動させた。
【赤の精霊:300】×【青の精霊:300】×【緑の精霊:300】
三属性複合魔法発動
【龍爪魔法 発動 天列裂】
――訓練場の天井を破壊しながら、巨大な爪が真上から振り下ろされる。まるで龍そのものを呼び出したかのような、圧倒的な存在感。
「は? ひっ、ぎゃああああ!!!」
情けなく叫ぶアーネスト。爪がアーネストを踏み潰し、余波で訓練場の半分が消し飛んだ。周囲の生徒達はなんとか逃げ切ったようだが……その被害のど真ん中にいたアーネストは、手足があり得ない方向に曲がり意識を失っていた。
「な、なんだ今の魔法……!?」「初めて見た、いや、複合魔法か?」「お、オレこれ! 一回だけ見たことがある! 騎士団の賢者部隊が――十人で発動したっていう、三属性複合魔法だ!」
周囲の生徒たちがざわめく。恐怖と興味――そして、ある種の畏敬を持った眼でワダチを見つめる。
「ど、どうするんだよ……」「俺、アイツのノート隠しちゃった……」「ワタシ、教科書を捨てた……」「お、俺なんてアイツを囲んで文句言い続けた……」「え、あんなのが……ぼく達に向かってきたら……」
それどころか、今までの行いを悔いる物までいる始末。
その視線の中心にいるワダチは、【回復水魔法】で肉体の傷を治し……ギルベルトを睨みつけた。
「……まずはお前だ。ギルベルト」
まずは、と言われたことで周囲の生徒たちも震え上がった。
名指しされたギルベルトは、一歩後ずさる。冷や汗を拭った彼は、降参するかのように両手を挙げ――
「だ、大丈夫ですわ! だってギルベルト様ですもの! 学園最強のギルベルト様が負けるわけありませんもの!」
――ようとしたところでイーアが叫んだ。
そのせいで周囲の生徒たちも、期待に満ちた眼でギルベルトを見つめる。
訓練場の空気は一変し、ワダチとギルベルトの対決がこうして実現した。
――次回へ続く。
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