第4話:握手の向こうにある牙
昼休みの鐘が鳴り終えた頃、ワダチは校舎裏の静かな一角にいた。風のない中庭では、花壇の花が規則的に並びどこか整いすぎた印象すら与えていた。ホワイトバーチの木でつくられたベンチがひと際目立つのは、その白さ故だろう。
(座学もやり直しだ。レシピを作らないと)
ワダチは魔法の『精霊の数』を見て、それを自分なりに調整、アレンジしている最中だ。その中で、元となった魔法よりも効果の高い物を作れた場合は『レシピ』としてノートにまとめている。
(……それにしても、遅いな)
ベンチで『魔眼』の練習をしていると、ギルベルトが現れた。相変わらずの整った金髪、やわらかな微笑。伯爵家の長男らしい振る舞いが板についている。
「待たせたかい?」
「大丈夫です」
「そうか。――どうしても二人きりで話したくてね、時間を取ってくれてありがとう。それにしてもこの前の試験は……残念な結果ではあったけれど、同時に驚いたよ。あんな魔法が使えるなんて見直した」
そう言いながらベンチに座るギルベルト。
「ただ試験内容のミスは、ボクの失態によるものだ。本当に申し訳ない。でも誘う時に言った――見返してやろう、というのは本心なんだ。何せキミを特別推薦でこの学院に呼んだのはボクなんだから」
頭を下げるギルベルト。
ワダチは彼の特別推薦でこの場にいる身であるが、未だにこの男の真意を測りかねている。
アーネスト達からの嫌がらせを放置したかと思えば、こうして試験などでは積極的にワダチを取り立てようとするなど……ところどころ、ちぐはぐに感じるからだ。
「そこで提案なんだが……君、野外模擬戦闘訓練って知ってるかい?」
「名前だけは」
「有志で行われる、実戦形式の訓練だ。来週から始まるんだが、君にもぜひ参加してもらいたい。活躍すれば、君の評価も見直される」
そう言ってパンフレットを渡してくるギルベルト。王立魔法学院が所有している山に入り、一泊二日で行う訓練らしい。学院が用意した魔物だけでなく、野生の魔物も棲みつく山で実践的な魔法を学ぶらしい。
訓練と銘打たれているものの……倒した魔物の数や、実際に発動した魔法などで点数がつけられるそうで、リアルタイムで順位も出るんだとか。
「言い訳になるかもしれないが……確かに、ボクがひとこと言えばアーネスト達の嫌がらせを止めることなんて簡単に出来るんだ」
しかし、と言葉を切るギルベルト。
「でもそれは一時しのぎだ。キミがこの学院で三年間学び通すためには、特別推薦に相応しい実力を見せる必要がある」
真っ直ぐと見据えられ、ワダチはジッと彼の眼を見た。
薄っすらと暗い、しかし決意のこもった眼を。それを見て、ワダチはどうしても気になっていた事を再度問いかける。
「……やはり気になります。ギルベルトさん、どうして俺を特別推薦で取り立ててくださったんですか?」
何度かはぐらかされていた、この問い。ギルベルトは少し笑うと、肩をすくめた。
「ちょっと恥ずかしくて言ってなかったんだが……実は、婚約者であるサヤカにカッコつけたかったのさ。彼女は滅多に頼みごとをしてくれないからね」
婚約者……?
サヤカからは、ギルベルトが婚約者だという話は聞いていない。ワダチが首を傾げると、ギルベルトは苦笑する。
「アレで恥ずかしがり屋だからね。貴族では無い年上の友人のキミには言い出しづらかったんだろう」
「は、はぁ……」
困惑するワダチ。
そんな彼に、ギルベルトは真剣な表情を作ってから口を開いた。
「でもそれは最初だけ。キミは平民というだけではなく、精霊を見ることすら出来ない劣等魔眼しか無いのにも関わらず、座学では常にトップクラスを取るほど学問に邁進している。そんなひたむきさを、ボクはいつしか応援したくなったのさ」
肩から手を離し、左手を差し出すギルベルト。ワダチはその手を取り、握手した。
「そういうことなら、わかりました。出ます」
「素晴らしい! 君ならやれると信じているよ、ワダチ君。では追って詳細は伝える。それまでパンフレットを読み込んでおいてくれたまえ」
ギルベルトは嬉しそうに笑い、右手で肩をポンポンと叩く。そしてそのままその場から去って行った。
会話を終えたギルベルトが去った後、サヤカが背後から現れた。いつものふわりとした雰囲気で、彼女は手に小さな木箱を持っていた。
「こんなところにいたのか、ワダチ」
「サヤカ。……えっと、どこまで聞いてた?」
「ん? 誰かと一緒にいたのか?」
首を傾げるサヤカ。何も聞いていなかったようだ。
彼女はワダチの隣に座ると、ニコニコ笑いながら木箱を開けた。
「そんなことより、お腹が空いただろう。今日のは自信作だ、食べてみてくれ」
そういう彼女のお弁当箱には、肉だけが挟まれたサンドイッチが入っている。彼女は大の野菜嫌いで、絶対に葉物を食べようとしないのだ。
……だからワダチが、こんなものを用意する羽目になる。
「じゃあサヤカ、これを」
「う……きゃ、キャベツのサラダ……!?」
「キミの偏食は見過ごせないから。食べにくいならアーンしようか? あ、でも婚約者がいるのにそんなことしたらダメか」
何の気なしにワダチが言うと、サヤカがキョトンと首を傾げる。
「婚約者?」
「え、ギルベルトさんが……キミと婚約しているって」
「……何を言っているんだ。前も言ったが伯爵家と子爵家では家の格も合わんし、彼には既に上級生で婚約している人が二人もいるんだ。第三夫人になんかなりたくないぞ」
少し腹立たし気に言うサヤカ。
ではギルベルトは――一体なぜ、サヤカを婚約者だと言ったのだろうか。
そしてそれが嘘ならば。
やはり何故――ワダチを取り立てるのだろうか。
▽▲▽▲▽▲
翌日の講義後、ワダチが教室から出ると、数人の生徒が距離を取りながらも彼を観察していた。ひそひそと交わされる声、あからさまな視線。
(……一体なんだ?)
昨日までは、あからさまな侮蔑か無関心しかなかった。だが今日は違う。恐れと警戒、そして嘲りが入り混じった空気が、ワダチの周囲に張りついていた。
「貴方が旦那様――いえ、ギルベルト様が特別推薦で入学させたという平民ですわね?」
話しかけてきたのは、縦ロールにした金髪をなびかせた少女。一つ上の学年で、生徒会副会長をしている子だ。
彼女は口元を扇子で隠すと、これ見よがしにため息をつく。
「ギルベルト様から話は聞いております。野外模擬戦闘訓練に参加するそうですわね。……一体どうして、こんな平民を」
その眼に宿るのは明らかな見下し。
そして、彼女の背後に立つ生徒たちもまた、薄く笑みを浮かべながらワダチを値踏みしていた。
(彼女も参加するのか)
ワダチは余計な事を言わないよう、一礼してからその場を離れようとする。しかし彼女は「待ちなさい」と鋭く言うと、両腕から溶岩を噴出させた。
「なっ」
「ギルベルト様に眼をかけられるなんて羨ま――いえ、不遜! であればその実力、このイーア・シュヴァインが測ってさしあげますわ!」
火力だけならば、学園最強とも言われるイーアの溶岩魔法。それが放たれれば、廊下は一瞬で火の海に包まれるだろう。当然、ワダチも無事では済まない。
しかしまだ、彼女の魔法は発動していない。であれば――
(ぶっつけ本番だが!)
――ワダチは『魔眼』で彼女の魔法を分析する。彼女の溶岩魔法に必要なのは、【赤の精霊:162】×【橙の精霊:158】。魔法を構成する精霊の数は、プラスマイナス20の差が出ると失敗してしまう。
(文献では……よく訓練されたコンビであれば、二人で複合魔法を発動することが出来ると書いてあった。ということは他人の集めた精霊を媒介に、複合魔法を発動させることは出来るはずだ!)
だから彼女の【赤の精霊】に対して先に【青の精霊】をぶつけて蒸気魔法を発動させて溶岩魔法を無力化する!
【赤の精霊:162】×【青の精霊:242】
複合魔法発動
【蒸気魔法 発動 スチームスモッグ】
ぶしゅー! 彼女の手から、急に蒸気が吹き出す。驚いて固まったイーアは、【橙の精霊】の制御を失い暴走させてしまった。
「きゃあ!」
暴発した【橙の精霊】による土魔法。土塊の弾が窓ガラスを破り、グラウンドまで飛んで行く。
呆然とするイーアとその取り巻き、そして野次馬していた生徒たち。唖然とする周囲をよそに、ワダチは思いっきりガッツポーズを決めていた。
(~~~~~~~! 良しッ!)
心の底から歓喜する。自分の建てた仮説が間違いで無かったこと、それによって相手の魔法を無力化する術を得たこと。何よりこれは、自分にしか出来ない魔法技術であること。その事実がワダチに、これ以上ない歓喜を覚えさせる。
(ああ、やっぱり魔法は最高だ。知れば知るほど、奥が深い!)
ワダチの歓喜とは裏腹に、イーアはまだ混乱から抜け出せないようだ。しかし人が見ていることを思い出した彼女は、すぐに立ち上がると扇子で自分の口元を隠した。
「――興が削がれましたわ。運が良かったですわね、わたくしの魔法が暴発するなんて。次はこんなことあり得ませんわ、模擬戦闘訓練でお会いしましょう!」
そう言ってイーアは取り巻きを連れて、逃げるようにこの場を去って行った。
そんな彼女の後姿を見ながら、ワダチはそっと手を握りしめる。
模擬戦闘訓練が近づくことに対する、武者震いを抑えるように。
▽▲▽▲▽▲
夜――。
「こちらの魔物巻物でよろしいですか、オルトン様」
「十分でしょう。やれやれ、やっと集まりましたね……模擬訓練用の魔物が」
そう言うギルベルトの前には、魔物を封じた魔物巻物四十本も用意されている。しかしこれを用意するよう命じられた講師たちは、困惑した様子だ。
「は、はぁ……。しかし、何のためにこんな用意するのですか? 模擬戦闘訓練のために、山に魔物を放つなど聞いたことがありません」
「山の中に訓練施設を作成したのは、被害が学院に出ないようにするためですし……。野外での対人戦闘訓練が種目的なわけですから、魔物の出番は無いはずですが?」
学院が所有する山に建てられた『野外演習場』で生徒たちが対人戦闘を行うのが、野外模擬戦闘訓練。総当たり戦を行い、その際の勝敗で成績を決められる。
一日かけて行われ、スタミナの問題があるため有志でのみ行われている。
「いやでも、先生方ァ。いいんスよ、何も考えなくて。だってギルベルト様がやるって言ってるんスから」
ニヤニヤと笑いながら魔物巻物を掴んだのは、アーネスト。彼はそのうちの三本を選んで、懐にしまう。
「ギルベルト様、僕の魔法に使いやすいので……ホワイトトロールと、アクジキタイパンを持って行っていいですか?」
「もちろん。屍魔法のアーネストよ、存分に使いたまえ」
ニヤリと嗤うギルベルト。彼は窓から月を眺めると、ゆっくりと口を開いた。
「ああ、本当に楽しみだ。無能な魔眼を持つ者が、どんな過酷な死に方をするか」
嫉妬、それがギルベルトの原動力。
その感情に彼が気づくのは、まだ先となるだろう。
▽▲▽▲▽▲
訓練前夜。
ギルベルトから貰ったパンフレット通り、ワダチは装備を整えて山の麓に来ていた。
ここから一晩かけて山中の訓練施設までたどり着くのが、最初の訓練。
そのはずだった。
(どういうことだ? 生徒も教師も誰もいない。……仮にも貴族の令嬢子息しかいない学院だぞ? 訓練とはいえ、こんな危険極まりない場所に教師も配置せず放置するか?)
疑念が浮かぶ。しかしギルベルトを信じるのであれば――
『キミを応援したいと思ったんだ』
ギルベルトの言葉が脳内に響く。その言葉を信じたいと、そう思っている自分がいる。
「――魔力の数値」
ワダチの魔眼が魔力を捉えたとほぼ同時に、魔物が飛び出してきた。
奇しくもあの日、ワダチを一撃で屠った魔物――オークだ。
「フゴォ!」
今日は棍棒まで持っている。鼻息荒くツッコんできたオークに対して、ワダチは精霊を集めた。
【赤の精霊:162】×【橙の精霊:158】
複合魔法発動
【溶岩魔法 発動 溶岩弾】
ワダチの手から放たれた溶岩が、一撃でオークの身体を燃やし尽くす。
「……やっぱりそうだ。あのパンフレットには、ゴブリンやスライムといった魔物が出ると書いてあった。オークなんて一文字も書いてなかったぞ!?」
ぞわり、と背筋に冷たい物が走った。
まさか、あの試験の時のように。何か陥れられているのではないか――。
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