第3話:曖昧な成功、胡乱な気配
――俺の魔眼ではあの日の光を掴めない。
それは絶対に覆らない事実だと思っていた――
「……ここ、は」
目を開けた瞬間、白い天井が広がっていた。清潔な木目と魔道ランプの光。高等魔法学院の医務塔だ。それを理解したワダチは、ゆっくりと視線を横に向けた。
「ワダチ!」
ベッド脇の椅子で俯いていたサヤカが涙声で叫ぶ。潤んだ瞳がまっすぐこちらを向いている。
「目が覚めたか……良かった……ほんとうに、良かった……! もう、目覚めないんじゃないかと……」
彼女の泣き顔を見て、ぼんやりとしていた脳が動き出した。
(そうだ、あの時……倒したはずのオークが起き上がり、襲い掛かってきて……)
「し、試験! 試験はどうなりましたか!?」
急いで身体を起こそうとすると、サヤカがベッドに戻してくる。
「すぐに動いたらダメだ、ワダチ。最初の回復魔法では致命傷を治しただけで……まだ怪我は残っているんだから」
そう言われて、自分の身体に包帯が巻かれていることに気づく。遅れて、全身の痛みも。
ワダチは力を抜いてベッドで横になると、サヤカの手がそっと彼の頬に触れた。
「……あの時、私が違和感に気づいた時に止めていれば……すまない」
ワダチはかすかに首を振り、彼女の手を握る。
「いいえ、サヤカさんは何も悪くありませんから」
「……そう、か。……残りの傷にも回復魔法をかけよう。ちょっと待ってくれ、回復魔法の魔力レンズを持って来たから」
そう言って彼女はポケットから、メガネ型の魔力レンズを取り出す。
「メガネ型なんですね。てっきり貴族の方は全て直入れ型を使っているのかと」
「そりゃ補助系の魔力レンズは、直入れ型があまり流通していないからな。戦闘時に使うならまだしも、こういう時はメガネ方で十分だ」
魔力レンズをかけた彼女は、指先に檸檬色の精霊を集める。その数値は――【檸檬:63】。
「『ヒール』」
彼女の手が輝き、腹の傷が治っていく。起き上がるのすら辛かった痛みが、多少和らいだ。
「全部はまだ無理だが、これで多少楽になっただろう?」
「ええ、ありがとうございます」
ホッとした表情になるサヤカ。そして彼女が別の場所に魔法をかけようとした時……トン、と控えめにノックが響いた。
「もう、起きたんだ」
落ち着いた声。入ってきたのは、褐色肌に栗色の短髪をした少女──ナーニャだった。
「ナーニャ……ありがとう。お前も、来てくれてたのか」
「別に。ちょっと聞きたいことがあったから来ただけだけど……お邪魔だったみたいだし」
ニヤッと笑ってサヤカを見るナーニャ。サヤカは慌ててワダチから離れると、両膝に手を置いてそっぽを向いた。
「べ、別にお邪魔じゃない! 回復していただけだし! むしろワダチにお友達がいて嬉しいくらいだ! よ、用件があるなら早く言ったらどうだ!」
「あはは、アンタのお友達面白いね」
ナーニャはその辺の椅子を掴んで隣に持ってきて座った。
「良い方だよ」
「見てれば分かるよ。――アンタあの魔法、アタシの吹雪魔法よね。どうやって使ったの?」
確信を突くように切り込んで来るナーニャ。ワダチは彼女から目を逸らし、首を傾げた。
「さぁ……無我夢中だったから、覚えてない」
「……あっそ」
ナーニャはため息をつくと、今度はサヤカの方を向いて少し楽しそうに笑った。
「貴族なんだから上級教室の連中と同じようにいけ好かないんだと思ってたら……結構可愛い所あんだね」
「それはどういう――」
「無事だって聞いて何よりだ! あんな雑魚魔物すら倒せないなんて思ってなかったからビックリしたよ!」
騒々しい声を出しながらアーネストが入って来る。あまりにもデリカシーの無い発言だったからか、サヤカとナーニャはムッとした表情になる。
「いやでもホント、死亡事故にならなくてよかった! これお土産だ、是非食べてくれ」
そう言ったアーネストはスイセンの花束を取り出して横の机に置くと、そのまま医務室を出て行った。
「……彼はなんだ?」
「クラスメイト。アタシがムカつく理由も分かるでしょ?」
ワダチはスイセンの花束を見て、少しだけ微笑む。
「コレ、食べるとものすごい腹をくだすんだよな」
「ワダチ、食べたことあるのか……」
流石にちょっと引いた表情になるサヤカ。ワダチは苦笑し――アーネストが出て行った扉を見る。
(最後のオークの蘇生。間違いなく、彼が操っていたんだろう。……普段の嫌がらせは別にスルー出来るが、アレは結構痛かったぞ)
ギュっと拳を握る。流石に悔しい。
(どんな形でも、リベンジしてやる)
ワダチが心の中で燃えていると、今度は窓の方からこんこんとノックされる音が。ナーニャが窓を開けると、ギルベルトが立っていた。
「見舞いに来るのが遅くなって申し訳なかった、ワダチ君。それにしても驚いたよ、キミにあんな大技が使えるなんて」
今日も完璧な制服姿に、上品な微笑を浮かべている。だがワダチには、その笑みがどこか貼りついた仮面のように見えた。
「実は試験運営側にミスがあって……明日やる予定の試験と入れ替わってしまっていたらしい。ボクの監督不行き届きだ、申し訳ない」
そう言いながら、深々と頭を下げるギルベルト。ワダチは半身を起こすと、慌てて首を振った。
「い、いえギルベルトさんが悪いわけでは……」
「いや、これはボクの責任だ。本当に申し訳ない。今日は午後の授業には出ずに早退すると良い。必要であれば迎えを寄越すが……」
「だ、大丈夫です。午後まで寝て回復したら自力で帰ります」
「そうか……。また何かあったら言ってくれ、ではお大事に」
ワダチが拒否すると、ギルベルトは再度頭を下げてから踵を返した。
その様子を見て、ナーニャは感心したように頷く。
「へぇ、アイツ……平民に下げる頭があったのね」
「はは……」
ワダチが曖昧に頷きつつ、ちらりとサヤカの方を見る。するとギルベルトが去って行った方をを見つめるサヤカの眉間が、少しだけ寄っていた。
◇ ◇ ◇
「あの魔法は複合魔法、それにナーニャ・ティティの使う吹雪魔法と同様だった」
「そんな物、偶然で発動できるのか? いやあり得ん。挙動も変だった、まるで異なる精霊が溶け合うように魔法を発動してるかのようだった」
高騰魔法学院講師室――。先ほどの試験でワダチが見せた魔法について、講師たちが頭を悩ませていた。
一般的に、複合魔法というのは先天的な才能を持つ者のみが使えると言われている。それをまさか実技成績が最底辺の生徒が発動するなんて。
学院が開始して以来初めての出来事に、どういう対応をすれば良いのか悩んでいると……その講師室に、一人の少年が入ってきた。
「オルトン様!」
講師たちが一斉に立ち上がり、礼をする。ギルベルトはいつも通りの笑顔を見せると、気遣うような言葉をかける。
「お疲れ様です、先生方。……彼の件、確かに悩ましいですよね」
彼は大袈裟にため息をつく。
「彼の魔眼は『詳細不明』。精霊も見えないと言っている人間に複合魔法を発動できるはずが無い――先生方の考えてらっしゃる通りです。……であれば、あの魔法は『ナーニャ女史が発動して彼を守った』。そう考えるのが自然なんじゃありませんか?」
ナーニャはその時、別教室で試験を受けていた。故にそんなことあり得ない……それは講師陣も分かっている。
だが目の前で起きた非常識よりも、よほど理屈が通っていると判断してしまう。
それくらい、複合魔法の発動というのは異常なのだ。
「魔法行使も一度きりです。別に今までと評価を変える必要は無いでしょう」
「し、しかし……もしもアレが彼の実力であれば、ギルベルト様の評価も……」
「何か、言いましたか?」
ギルベルトが睨むと、講師はビクッと背筋を震わせて俯いてしまう。
これで全員が黙ったことを確認したギルベルトは、いつも通りの優等生の微笑みを浮かべた。
「彼に関しては、ボクに一任してくださって大丈夫ですから」
しかしその眼はまるで、獲物を狙う猛獣かのようだった。
◇ ◇ ◇
サヤカとナーニャが医務室から出て行ってから、眠れなかったワダチは……二時間以上、ずっと自分の眼と向き合っていた。
(……数字と、記号。そうだ、それが見えていた)
あの瞬間は、無我夢中だった。しかし今なら……数値や記号がたくさん出てき過ぎて重なり合っているから上手く読めなかった……ということも。
(見る物を絞る必要がある。あの時はどうしたっけ? 強く念じた……いや違う、要らない情報を頭から廃したんだ)
必要な物を視ようとするのでなく、不要な物を意識から外す。するとどうだろう、自分が呼ぼうと思っていた精霊の数だけ見えるようになってきた。
ごくり、と生唾を飲みこむ。昼にサヤカが使っていた回復魔法。『71』の魔力で精霊に呼びかける事で、63の【檸檬色の精霊】を呼んでいた。
同じことが出来るだろうか、『71』の魔力を発して檸檬色の精霊を呼んだ。
【檸檬の精霊:63】
【回復魔法 発動】
ワダチの指先が淡く光り、顔の傷が治っていく。
「……成功、した」
自分で意識して、初めて成功した。いやそれどころか、一度数字を知ってしまえば……ほぼすべての魔法を成功させることが出来るのではないか?
それどころか、今までにない魔法を複合して生み出す事が出来るのではないか?
「……吹雪魔法はこうだった。じゃあ水と回復を混ぜるなら?」
ここは医務室。ワダチが棚の方に向かうと、ポーションが置いてあった。それを魔眼で覗き込むと……【青の精霊】の数と、【檸檬の精霊】の数が見えた。
見えたなら、再現出来る。
「じゃあ、こうして……」
【青の精霊:91】×【檸檬の精霊:203】
複合魔法発動
【回復水魔法 発動 ポーション生成】
どばっ! と手の中に緑色の液体があふれる。それが体にかかるだけで、擦り傷や痛みが消えていく。
間違いなくポーションが完成した。それも――高純度な、ハイポーションが。
「……ははっ。こんなの、どんな文献にも無かった。ポーションを生み出す魔法なんて!」
ゾクッと武者震いする。
あの日魅せられた――魔法という技術。
自分ならば、極められるのでは?
それどころか、今まで誰も知らぬような魔法すら――
「ワダチ、起きているか?」
――控えめなノックと共にサヤカが入って来た。ビックリしたワダチが慌ててポーションを棚に戻すと、サヤカは苦笑しながらワダチの方へ歩いて来た。
「歩きまわるなんて、元気そうだな。……あれ、傷が治ってる。先生がやってくれたのか?」
「え、あ、はいそうです。じゃあそろそろ帰りますか」
王立魔法学院は全寮制であるため、ワダチも男子寮に入寮していた。
ずっと物置として使われていた部屋らしいが、雨風を凌げるのでワダチは気に入っている。
「しかし試験に不合格だとすると、俺はこの学院にいられるんでしょうか」
「大丈夫だろう。一応は倒していたんだし。……最後にオークが復活したのは謎だが」
二人で学院から出ると、少し風が冷たかった。春先とはいえまだ夕方以降は少し冷える。
道すがら、サヤカはちらりとワダチを見た。
「オークといえば……あのときの魔法、なんで使えたんだ?」
「数字が――ああ、いや」
数値が視えて――と言いかけ、初めて魔眼検査をした日に笑われたことを思い出して言葉を飲み込む。
サヤカがそれを笑うような子じゃないのは知っているが、しかしどうにも言いづらかった。
ワダチが迷っていると、サヤカは気遣うように優しく微笑んだ。
「無理に聞こうとは思わない。……いつかまた、言いたくなった時に言ってくれ。キミのことを信じているから、さ」
「ありがとうございます」
彼が礼を言うと、ピッ! と人差し指を立てて鼻に近づけて来た。
「だが一つだけ文句がある! ……なんであのクラスメイトは親し気に呼び捨てにしているんだ?」
「え? いえ、それは……その、彼女とは平民同士ですし……」
「だが私と君も学友同士だろう?! 違うか?!」
ふん、と胸を張るサヤカ。そういえば彼女は畏まった挨拶は苦手だと言っていたな――ということを思い出したワダチはクスリと笑い……そっとその手を取った。
「分かったよ、サヤカ。これで良いか?」
「あ、ああ!」
ピョンと飛び上がらんばかりに喜ぶサヤカ。
そんな彼女の姿を見て、ワダチは心の中で決心する。
――これ以上、彼女の前で無様を晒さないようにしよう。
あの日魅せられた魔法に殉ずるためにも、ここまで信頼を置いてくれている彼女のためにも。
座学だけでなく、実技でも――
決意を込めて、ワダチは拳を握った。
(まずはアーネストにリベンジだ。見えないなら、数えてやる。この眼で――全てを数字で見通す魔眼で!)
――そんな彼らを、学院から見守る影があった。黒い学生服の男と、その従者だ。
「やれやれ彼女は、あんな無様を見せられてもまだご執心か。完全に懐柔される前に、動いておくか。……『実戦演習』で結果を出させなければいい。ちょうど来月には野外活動があったね」
「そこで思いがけぬ事故が起こる――ですね?」
察しの良い従者に、ギルベルトはニヤリと笑う。
「何事も、経験させてやらねばね。特別枠とはいえ、実力不足では困るから。――彼の通るルートに何故かアッシュオーガが現れるんだ。用意しておいてくれ」
「了解です、ギルベルト様」
彼らの笑い声が、闇に溶ける。
企みはすぐそこに近づいていた。
次の罠は――『野外実戦練習』。
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