第2話:特別枠合格――嘲笑と罠の幕開け
王立高等魔法学院──
貴族のために用意された、精鋭育成の牙城。
そこに、下層民出身の青年が一人、紛れ込んだ。
◆ ◆ ◆
「おはよう、ワダチ。今日も朝早いな」
孤児院の玄関を掃除していると、サヤカが声をかけて来た。中等魔法学院の制服を身にまとったその姿は、もう完全に“領主の娘”だ。
「おはようございます。……今日はなんで制服姿なんですか?」
「来月には高等魔法学院に進学するからな。今日の卒業式でこの制服も見納めだから、最後にキミに見せておこうと思って。だからほら……式典の時にしか付けないこのリボン」
そう言って、彼女は臙脂色のリボンを取り出した。そして彼女は自身の髪の毛を一つに括ると、くるりと一回転して見せる。
「どうだ、似合うか?」
「ええ、とても」
彼女の美しい桃色の髪によく映えている。ワダチが素直にそう褒めると、サヤカは桃色の髪を指にくるくると巻きながら照れ臭そうに笑った。
「でもそうか、もう一年経つんですね」
――ワダチがサヤカと出会い、もうすぐ一年が経とうとしている。
当初はなれぬ「先生」としての仕事も、徐々に板についてきた。サヤカが頻繁に手伝いに来てくれたからというのもあるが、孤児院の運営も徐々に正常化してきていてる。
そんな時期だからこそ……サヤカからの提案を飲むべきか、ワダチは未だに悩んでいた。
「……ワダチ、高等魔法学院の特別推薦の件なんだが。その、キミにとってはとてもメリットがあることだと思っていて」
「分かっていますよ。……魔法を学ぶことは、俺の夢です。エルステイン家から職員を派遣していただけますし、断る理由はありません。ただ全然知らない人からの推薦というのが、ちょっと怖いだけで」
そう言って苦笑する。
サヤカが特別推薦の話を出してきたのは、半年前のことだ。
王立高等魔法学院には、一部の例外を除いて貴族以外入学できない。そんな例外の一つが、貴族からの推薦だ。
「ごめん……本当に」
しゅんと凹むサヤカ。推薦枠を行使するためには上級教室に学する必要があり……彼女はその内部進学に点数が足りなかったのだ。
普通教室の中では一番上のクラスだったため、その悔しさもひとしおだろう。
「いいんですよ。あなたが動いてくれたことが、俺には一番嬉しい。でもどうして、ギルベルトさんから推薦をいただけたんでしょうか」
そんなサヤカが困っているのを見かねて、手を差し伸べてくれたのがギルベルト家の長男だという。
「親同士は仕事の付き合いがあるが、私はたまに学校ですれ違ったら挨拶する程度だから……よく分からないんだ。一度冗談めかして『婚約者にしてやる』と言われたけど、家格が違い過ぎるからな。でも悪い人じゃない。ワダチ、私と一緒に学院に行こう!」
ギュッと手を握り、眼を見てくるサヤカ。彼女の澄んだ眼の輝きに、ワダチは弱かった。
「……そう、ですね。覚悟を決めました。推薦をお受けします」
「そうか!」
頷くと、サヤカはパッと花が綻ぶような笑みを浮かべる。
こうしてワダチは――二十一歳にして、十六歳の少年少女と共に学院へ通うこととなった。
◆ ◆ ◆
──入学から一ヶ月。
ワダチの教科書が無事だった日は、まだただの一日も無かった。
(……またか)
ワダチの前に広がるのは、自分の教科書の上で潰れたトマト。
この学院では、教科書の持ち出しが禁止されている。そのため毎朝、汚された教科書を綺麗にしなくてはならなかった。
「おはよーう、ワダチ。朝ごはんどうせ食ってないんだろ? ご馳走してやるよ」
小馬鹿にしたような笑みを浮かべて声をかけてきたのは、貴族生徒のアーネスト。そしてその後ろで数名の男子生徒が、クスクスと笑っている。
ワダチがそれを無視していると、アーネストは卵を取り出して机の上に叩きつけた。
「ほら、食えよ」
「……せっかくですが、生憎満腹で」
そう言いながら、ちらりと教室の前の方を見る。しかしそこにいる教師は、何事も無いように欠伸をしていた。いつも通り、平民への被害など見て見ぬフリ。
「んじゃまぁ、お腹いっぱい食えよ〜」
下品な笑い声をあげて、取り巻きと共に去っていくアーネスト。
「やられっぱなしね、アンタ」
教科書を綺麗にしていると、背後から声がかかる。
振り返ると、褐色肌に栗色の短髪をした少女が立っていた。制服の袖口のボタンに小さく“特別推薦”の印。つまり彼女もまた貴族ではないが、平民でもない。
「……おはよう、ナーニャ」
「おはよう」
ナーニャはワダチの前の席に座ると、足を組んだ。
「アンタがそうやって情けないと、アタシの沽券にも関わんのよ。平民はやっぱりダメだ、ってね」
大きくため息をつく彼女に、ワダチは苦笑してみせる。
「俺はキミと違って、特待生では無いからね。ある意味、仕方ないよ」
彼女は貴族からの推薦では無く、学院からのスカウトで入学したのだ。故に特待生。
「……呆れた。座学じゃ一番なんだし、もっと堂々としてたら?」
「そっちは趣味みたいな物だから。キミのように珍しい魔術でも使えれば、もう少し自信になるかもしれないけど」
そう言われたナーニャは、両手を合わせる。すると彼女の眼前に、こぶし大の雪玉があらわれた。現状、彼女にしか扱えない魔法――複合属性、吹雪魔法だ。
特待生に選ばれた所以である、美しい魔法。ナーニャはその雪玉を、ワダチの頭に軽くぶつけた。
「うじうじしてると、今日の試験で落第するよ」
「どうにかなるよ」
彼がそう言うと同時に、予鈴が鳴る。ワダチとナーニャはそれを聞き終えると、立ち上がった。
「じゃあ、俺は一階会場だから」
「そ、せいぜい頑張って。……無様な姿を晒したら、許さないからね」
小走りで教室を出ていくナーニャを見ながら、ワダチはふと一昨日の事を思い出す。
◆ ◆ ◆
「ワダチ君。キミもボクらと同じ、上級試験に参加しないか?」
授業終わり、丁寧な笑顔を浮かべながら近づいてきたのはギルベルト。ワダチの推薦人であり、上級教室の学級委員をやっている男だ。
「でもアレは、一定以上の成績の人じゃないと出られないはずじゃないでしょうか。俺は実技の点数、足りませんよ」
「いや今度のは筆記だから、キミの点数なら十分に参加要件を満たしている。是非、出て欲しいんだ」
心配そうな声を出すギルベルト。彼はちらっとアーネスト達の方を見る。
「……ボクが推薦した手前、今のキミの現状は見ていられない。ここらで一つ、周囲を見返してみないか? キミのために手筈を整えたんだ」
自信満々な笑みを浮かべるギルベルト。
「手筈って……」
「こういう時のために、貴族の力っていうのは使うモノさ。……どうかな?」
そこまで言われたら、断る理由も無い。ワダチが頷くと、ギルベルトは嬉しそうにウインクする。
「そうこなくちゃ。じゃあボクが先生に言ってくるよ」
ギルベルトは早速教室から出ていく。
……ワダチはどこか引っかかるものを感じながらも、初めての筆記試験に向けて気合を入れ直すのであった。
◆ ◆ ◆
「あ、ワダチ!」
試験会場に向かう途中。桃色髪の美女――サヤカが手を振りながら駆け寄ってきた。
「今日の上級試験、頑張れよ。私も客席から応援するから」
「ええ。……って、客席?」
ワダチが首を傾げると、サヤカはこくりと頷く。
「ああ。上級試験は観戦して良いことになっているんだ。まぁ今日は座学だから見に来る者は少ないだろうが」
試験の観戦だなんて、何とも珍しいことだ。
しかし彼女が見ているならば頑張らねば――と思っていると、サヤカは少し怪訝な顔を浮かべる。
「しかし妙だ。なんでワダチを呼ぶのに、実技試験なんだ?」
「へ? あの……俺、今日は筆記試験と聞いているんですけど」
「え?」
二人で困惑した表情になる。どういうことかと理解が及ばず固まっていると、校内放送が流れだした。
『上級試験を開始します。速やかに会場に集合するように』
もう時間が無い。ワダチはとりあえずサヤカを心配させまいと笑みを浮かべ、サムズアップを見せた。
「任せていてください。なんとかします」
「あ、ああ。……分かった、頑張ってくれ。危なくなったら逃げるんだぞ!」
サヤカの激励を受けて、ワダチは一階会場へ向かう。廊下を抜けて、会場に着くと――そこは、まるでコロシアムのようになっているグラウンドだった。
筆記試験のはずなのに、机も椅子も無い。あるのは――グラウンドの中央で鎖に繋がれたオークだけ。
「は……?」
ワダチの顔がこわばる。目の前で何が起きているか理解出来ない。
困惑のまま周囲を確認すると、既に他の生徒は準備万端で魔法レンズを付けている。そして懐中時計を確認した教師が、やや困惑した様子ながらも開始の宣言した。
「あー……今日は急遽、実技試験に変更になった。それも対魔物模擬戦だ。精霊操作と魔法制御の総合評価とする。では、はじめ」
「まっ……」
ワダチが何か抗議するよりも早く、オークが次々と放たれる。生徒たちは思い思いの魔法を使ってオークを撃退するが――精霊の見えないワダチには、そんな芸当は出来ない。
(ど、どうする……!?)
精霊を視認し、魔眼で量を把握し、魔力を流して魔法を起動。
それが、この世界の基本だ。
──だがワダチの魔眼では、精霊は“見えない”。代わりに見えるのは、意味不明な記号と数字だけ。
「く、くそっ!」
ワダチは指先に魔力を集め、わざと暴発させる。コレがワダチが唯一使える魔法であり、唯一の攻撃手段。一般人ならば気絶させる程度の威力は出るが、魔物であるオークには通用しない。ほんの少し怯むだけで、すぐに反撃してくる。
「フゴッ、フゴッ」
鼻息荒く、ワダチをぶん殴るオーク。吹っ飛ばされたワダチは、よろめきながら立ち上がる。
(どうしよう……どうする……!?)
何とかしようと、周囲を観察するが……精霊の姿は影も形も見えず、通常の魔法を行使出来ない。
――そう、通常の方法では。
(……待てよ?)
目の前でオークが腕を振りかぶる。死が近づいたからか、走馬灯のように周囲がゆっくりと動いているように見えだした。その中で、ワダチは思い返す。
――普通に魔法を使うには、精霊を視認する必要がある。しかし自分の魔眼では、精霊は見えない。
――では、普通ではない方法ならば?
(魔力を集めることは出来るんだ。ということは、見えなくても精霊は呼べるはず。精霊を視認する必要があるのは、使う魔法の種類を確認するため。もしもこの数字が、精霊の数を表しているのなら)
そうワダチが気づいた瞬間。
彼の座学の知識に、彼の視界が追い付いた。
(あっ……!)
あの記号は、精霊の種類。あの数字は、精霊の数。
いやそれだけじゃない。このオークの身長体重も、数字で見える。保有している魔力も数字で見える。
この視界に映るありとあらゆるものの、数値を計測することが出来る――。
(ということ、は!)
右手に【青の精霊:108】、左手に【緑の精霊:82】。二つの精霊に、同量になるよう魔力を流し込む。
【融合成功:吹雪魔法 発動】
その瞬間、ナーニャにしか使えないはずの魔法――吹雪魔法が顕現し、オークを吹き飛ばした。
「フゴッ!?」
身体の半分が凍結し、粉々になったオーク。
周囲が一斉に、ワダチを見た。言葉を失い、目を見張っている。
「あいつ、一体なんなんだ……!?」
誰かが耐え切れず、叫んだ。
だがその瞬間――
「フゴォォォッ!!」
――死んだはずのオークが再び立ち上がった。赤黒く体が染まり、目から瘴気を放っている。
それは“誰かが意図的に、蘇生魔法を施していた証”。
「やれ、オーク」
近くにいたアーネストがそう呟いた。それに気づいた時にはもう遅い。ワダチの視界が揺れ、膝が崩れる。
(まず――)
オークの拳が振り下ろされた瞬間、世界が真っ白になった。
――つづく。
*===================================================
「面白い!」、「続きを読みたい!」などと思った方は、是非ブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が速くなるかもしれません!
是非よろしくお願いします!




