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数値化スキルで異世界を『見える化』する  作者: 逢神天景
序章

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第1話:スラムの無能と蔑まれた少年、ただ一人魔法に魅せられて

 ――ドブネズミのような人生が、一変したんだ。

 光に向けて、手を伸ばしたくて――



 ――今日は5発殴られた。でも、それだけで済んだ。

 少年の懐の中には、カラカラに乾いたパン。ほんの少し財布の中に銅貨があれば、誰も手に取らないようなお粗末なもの。しかし彼と彼の帰りを待つ年少組にとっては、命を繋ぐ大事な食事だった。


「いたぞ! こっちだ!」


 怒声と共に飛んで来た石に足を取られ、転倒する。振り向けば、血走った目の男たちが数人。


「待てこのガキ! また盗みやがったな!」

「スラムのクズども……っ!」


 逃げ切れないと悟った瞬間、視界が回る。棒のようなもので殴られ、路地裏に叩きつけられた。


「ぐふっ……」


 どうせ抵抗しても意味は無い。だから彼は、亀のように丸まって必死に耐える。


「チッ。これに懲りたら盗みなんかすんじゃねぇぞ」


 殴り疲れた男たちはそう吐き捨ててその場を去っていった。少年がなんとか立ち上がると……ふと、水たまりに映る自分の顔が目に入った。

 薄汚れた、ドブ川のような眼をした自分が。


「……はは」


 自嘲気味に声が漏れる。目を伏せ、よろめきながら歩き出した。


「ただいま、戻りました」


 ボロボロの身体で孤児院へ戻ると、すぐに「先生」から殴られる。三発、これで今日は八発だ。


「金も盗んでこいって言っただろ、アホンダラ」


 そう吐き捨てた「先生」に表に放り投げられた。

 アテもなく路地を彷徨っていると、大通りから大きな歓声が聞こえてくる。


「なんて素晴らしい光だ!」


 その声の方に目をやると、一人の少女を中心に円が出来ていた。自分より年下の、澄んだ、輝きに満ちた眼をした子だ。

 彼女はふわりと指を動かし、淡い光を空に浮かべている。


「すごいね、この歳で魔法が使えるなんて」

「さすが貴族様のお嬢さん」


 大人たちが、優しい声で笑いかけている。彼女の出す淡い光――魔法を見て、口々に褒めそやしている。


 魔法。


 それは少年が初めて見た奇跡。辺りを美しく照らす輝きだった。

 彼女の出した光が、風に乗って少年の方へとやってくる。それを掴もうとすると、光はシャボン玉のように弾けて消えた。


(……きれいだ)


 少年はこの光に魅了された。


 ――いつかこの手に、あの輝きを掴みたい。


 少年の胸に、灯がともった。


◆ ◆ ◆


 それから少年は二つの決意を固めた。

 一つは、盗みをやめて働く決意。宿屋の糞尿の始末という職を得て、そのお金で孤児院の年少組に食事を分け与えた。

 そしてもう一つ。少年は魔法を学ぶ決意をした。

 しかし学ぼうにも金は食事に消える。だから彼は図書館の読み聞かせに紛れ込み、大人の話を盗み聞きして真似を繰り返した。


「……詠唱、ってのは、こうか?」


 指先を伸ばし、呟く。

 何も起きない。当然だ、彼は基礎すら知らないのだから。

 でも、やめなかった。


「オレは……魔法を使える人間になる」


 スラムの泥の中で、彼はただひたすらに繰り返した。

 心の中にある、あの少女の光だけを夢見てーー。


◆ ◆ ◆


「魔法学校……俺が、ですか?」


 十五歳になったある日、平民向けの魔法学校に入学するチャンスが巡ってきた。

 孤児院の「先生」は金貨の袋を撫でながら、上機嫌で笑った。


「今度の領主様が非常に太っ腹でな。全ての人に魔法教育を、とのことで支度金をくれたんだ。嫌なら別のヤツにやらせる」


「お、俺がやります、俺が行きます!」


「そうか。金は自分でどうにかしろよ」


 そう言いながら頭を殴り、去っていく「先生」。当たり前だが、支給された金貨は渡してもらえないらしい。

 普段なら非常に腹の立つ言動だが、今の少年に取ってはどうでもよかった。


(魔法学校に通える……なんて、夢みたいだな)


 夢にまで見た、魔法学校。平民ですら無い少年にとって、絶対に手の届かぬ夢と思っていた。

 早速用意をして、即日試験を受けに行く。試験会場では文字を読む試験の他に、魔眼の検査が行われていた。


(魔眼の検査も出来るなんて)


 魔眼。

 それはこの国の全ての人間が持つ、『精霊』と繋がるための眼。

 少年も当然あると、信じていた――が。


「……あー、こりゃ……『詳細不明《カラーエラー》』か。滅多に出ないやつだな」


 教官が困った顔で紙に書き込む。


「魔眼の『色』が、詳細不明の何かで埋まってる。ってことは『空白』ですら無い――精霊の視認すら出来ない魔眼か」


 魔眼は『色』が決まっており、それが魔眼の能力を決める。

 この『色』が入っていない場合は『空白の魔眼』と呼ばれ、魔力レンズを使って好みの『色』を入れられる。

 しかし少年は、そのどちらでも無かった。

 既に『色』があるのに、内容がまるで不明な――無意味な魔眼。

 それが少年の魔眼だった。


「え……? ま、待ってください! 何も見えないって……そんなことはないです! あの、記号や数字はうかぶんです!」


 ――物心着いたときから、彼の眼にはぼんやりと数字が浮かんでいる。

 他人が魔法を使う時に、その数字が増減しているため……少年は、魔眼とはそういうものだと理解していた。


「それが精霊のことですよね!?」


 少年が食い下がるように言うと、周囲から一斉に笑い声が起きた。


「何言ってんだアイツ」

「『色』なんだから、赤とか青とかだろ。記号なわけねーじゃん」

「魔眼なしとか、今どきいるんだな。あー、可愛そ。下民ってホントに無能しかいねぇのな」


 試験会場にいた人たちの視線と嘲笑が集まる。

 冷たく――濁った眼だ。それに怯んだ少年に教官が声をかけた。


「どうする、入学はやめるか?」


 面倒くさそうな声。

 しかし少年は、教官からの問いかけに首を振った。


(あの日見た光を目指したい)



 夢にまで見た魔法学校への入学は、少年にとって最悪のものとなってしまった。

 だが彼の眼には、爛々とした輝きが浮かんでいた。

 理想に向かって突き進む、光が――。


◆ ◆ ◆


 月日は流れ、五年後――。


「な、なにしやがる!」


 眼の前で「先生」が転がる。少年……いや青年は、自力で編み出した魔法で「先生」を孤児院から叩き出していた。


「拾ってやった恩は忘れたのか!?」


「……俺は魔法学校を卒業しました。五年もかかったけど、やっとやっと魔法が使えるようになったから」


 ――授業では誰よりも熱心にノートを取り、誰よりも真剣に取り組んだ。

 馬鹿にされようと、教官に冷笑されようと、それでも彼は学び続けた。

 そしてある日、本当にふとしたきっかけで。

 裏庭でひとり詠唱を繰り返す彼の指先から、ふっと火花が生まれたのだ。


「……!」


 初めて自力で掴み取った奇跡。

 感激に打ち震えながら、同時に彼は思ったのだ。

 今なら、孤児院の皆を救える、と――。


「先生の悪事……全部、領主様に訴えました。近々、貴方に事情を聞きに来ると」


「嘘つくな! 領主様がこんな掃き溜めを気にするわけがねぇ!」


「俺が通った魔法学校。運営してるの領主様なんですよ。そんなことも忘れたんですか?」


 少年は、学校始まって以来一番の不出来だった。

 精霊が見えず、ぼんやりと文字のような物が浮かぶだけの魔眼。そんな劣等生だからこそ逆に、領主と話をする機会に恵まれた。


「ぐ、う……うおおお!!」


 何を思ったか、破れかぶれに特攻してくる「先生」。青年は彼の腹に小さい火花を叩き込み、吹き飛ばした。


「ぶげっ!?」


 汚い叫び声を上げて、孤児院の外まで転がっていく「先生」。青年はホッと息を吐いて、自分が育った孤児院を見上げた。

 ――来週には、領主が来る。その瞬間から、自分はこの孤児院の「先生」になるんだ。


「君、その魔法……独学かい?」


 決意を固めていた青年に向かってかけられた声に振り返ると……一人の少女が立っていた。

 澄んだ、輝きに満ちた眼をした子だ。


「……?」


 誰だか分からず警戒していると、少女は恭しくお辞儀する。


「申し遅れた。私の名はサヤカ・エルステイン。領主の娘だ」


「りょ、領主様の!?」


 大慌てで青年が膝をつくと、サヤカは慌てたように首を振る。


「そ、そんな畏まらないでくれ! ……その、じ、実は使用人以外と話すのに慣れてなくて……あの、普通に接してくれると助かる」


 モジモジするサヤカ。しっかりしているように見えて、会話が苦手なのかもしれない。

 彼女はこほんと咳払いすると、背筋を伸ばした。


「それに私がここに来たのは……魔法教育が人を幸せにするという想いが、正しかったと実感するためだったから」


「……それは、どういう?」


 青年が聞き返すと、サヤカはクスリと笑った。

 美しい、まるで真珠のような輝きの笑みだ。


「恵まれぬ人にも教育を――五年前、父にそう提言したんだ。何も知らぬ少女のワガママを、父は許容してくれた。……その結果、一人の男性が劣悪な環境から一人立ちする機会に恵まれたと聞いたんだ! こんなに嬉しいことはない!」


 派手に喜ぶサヤカ。そしてポーン! と彼女の周囲に光の泡が飛ぶ。


「是非、キミの名を聞かせてくれ。孤児で初の卒業生。類稀なる努力にて、自由を勝ち取ったキミの名を」


「……ワダチ」


「――来週、この孤児院への支援は私が担当するんだ。これからもよろしく頼む、ワダチ」


 彼女の周囲に、ポン! と光が飛ぶ。

 その光景を見て、青年――ワダチは思い出す。

 あの日光を生み出していた少女を――。





 ……その背後で。

 貴族の少年が、陰からじっと二人を見つめていた。


「お忍びで出かけると聞いたから追跡してみれば……へぇ、サヤカ君は平民と仲良くするつもりなのか」


 ミシィ、と彼の手の中で懐中時計が悲鳴を上げる。

 少年――ギルベルト=ヴァン・オルトンは呟いた。


「ボクの婚約者として、相応しい行動ではないな。さて、どうすれば止めさせられるか。――ああそうだ。下民がボクらと違う生き物なんだって思い知らせてやればいいかな?」




――つづく。

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