「神の足元で“種”を置く鳥たち──そして少年は夢の中で“壊れた人生”を見た」 ──プロスペリタス異聞録:第7話「眠りは祝福か、それとも侵入か」
プロスペリタスを巡る旅は、まだ始まったばかりだ。
王・ヨハンス三世の統治するこの世界には、説明できない“秩序”が存在する。
神ウィンフリンゼキの周囲に集まる動物たち。
空を覆う、文字のように崩れた自然。
そして、祝祭の夜に繰り返される花火。
これは「救済」なのか、それとも「観測」なのか。
そして──人は夢の中で、自分自身の真実に触れてしまう。
プロスペリタスの旅路は、すでに“方向”を持っていなかった。
ステファニーと法城ほうきろは、ヨハンス三世の支配する諸州を巡るという名目のもと、ただ「世界の内部」を移動していた。
目的はあるはずだった。
しかし、その目的はまだ言葉になっていない。
神ウンフリンゼキの領域に近づいたとき、最初に異変に気づいたのは法城ほうきろだった。
「……おい、あれ」
そこには“自然”と呼ぶにはあまりにも不自然な光景が広がっていた。
神の周囲に、動物たちが集まっている。
だが、従っているわけではない。
むしろ──“供えている”。
鳥は、空から何かを運んでくる。
その身体は透明な結晶で構成され、光を受けて微かに虹色に揺れていた。
木々は風に揺れているが、その葉は緑ではない。
乾いた黒いインク。
まるで書き損じた文字の破片が枝に貼り付いているようだった。
そして動物たちは、その神の周囲に“種”を置いていく。
理由はない。命令もない。
ただ、それが当然であるかのように。
ステファニーは小さく息を吐いた。
「……ここ、本当に世界なの?」
法城ほうきろは答えなかった。
答えられなかった。
夜。
二人は野営の天幕の中にいた。
風はなく、空は重い紫黒。
だが遠くには、光があった。
小さな町。
そこではまた、祭りが行われているらしい。
空に向かって、火が咲く。
何度目かも分からない花火。
「……ここ、毎晩誰か祝ってるのかよ」
法城ほうきろの呟きは、空気に溶けた。
ステファニーは静かに空を見ていた。
「祝ってるというより……確認してるのかもね」
「確認?」
「“ここにいる”ってことを」
その夜、異変は静かに始まった。
ステファニーは、わずかな物音で目を覚ました。
「……?」
隣を見る。
法城ほうきろが、震えていた。
汗ではない。呼吸でもない。
“何かに押されている”ような動き。
「……やめろ……」
小さな声。
夢の中。
だが、それはあまりにも現実的だった。
ステファニーは迷った。
起こすべきか。
それとも──見てはいけないものなのか。
そのときだった。
意識が、沈んだ。
気づくと、そこは夢の中だった。
ステファニーは立っていた。
しかし、身体は彼女のものではない。
世界は歪んでいる。
そして目の前に、少年がいた。
法城ほうきろ。
もっと幼い。
しかし、その背後には“別の時間”が重なっている。
怒声。
机。
点数。
期待。
沈黙。
壊れた呼吸。
「なんでできないんだ」
「まだ足りない」
「お前のためだ」
それは言葉ではなく、構造だった。
逃げ場のない構造。
少年は笑っていない。
泣いてもいない。
ただ、壊れないまま壊れていた。
ステファニーは気づく。
これは記憶ではない。
これは──“繰り返し”だ。
終わらなかった時間。
休むことを許されなかった存在。
法城ほうきろは、夢の中でも働かされていた。
どこにも逃げられないまま。
ステファニーは一歩、踏み出そうとした。
この世界では、神は救うのではなく「見ている」。
そして、人は救われたあとで初めて、自分が何から救われたのかを知る。
ステファニーが見た夢は、ただの過去ではない。
それは、プロスペリタスという世界そのものの“構造”の一部である。
次回──「観測されることの代償」。
法城ほうきろはまだ、“目覚めていない”。




