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外国の女神、異世界、そして疲れた放浪者  作者: アラベ幻灯


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9/9

「世界を救いたかった女が、たった一人を守りたいと思った夜」

人は時に、一万人を救う理由より、

たった一人を守る理由の方が見つからない。


そして見つけてしまった時、

人生は静かに変わり始める。

朝だった。


プロスペリタスの空は相変わらず紫と灰色の境界を漂っていた。


風は穏やかだった。


法城ほうきろは荷物をまとめている。


いつも通りだった。


何も知らない。


昨夜のことを。


自分の夢の中に、誰かが入り込んでいたことを。


その誰かが、自分の過去を見ていたことを。


「準備できた?」


ステファニーが言った。


「ああ」


法城は振り返る。


いつも通りだった。


疲れていて。


少し無気力で。


どこか頼りなくて。


そして――


壊れそうだった。


ステファニーは何か言おうとした。


だが言葉が出てこない。


昨夜見たものが、まだ胸に残っていた。


机。


試験。


点数。


終わらない期待。


休息の存在しない日々。


親の声。


善意という名の圧力。


愛情という名の拘束。


法城ほうきろは、あまりにも長い間、

「自分の人生」を生きていなかった。


彼はそれを当然だと思っていた。


だから余計に痛々しかった。


「どうした?」


法城が首を傾げる。


「……別に」


ステファニーは微笑んだ。


嘘だった。


別にではなかった。


胸の奥が妙に騒がしい。


旅が始まる。


二人は再び歩き出した。


神ウィンフリンゼキを背にして。


プロスペリタスの広大な大地を。








歩きながら、

ステファニーは自分の人生を思い出していた。


ロサンゼルス。


裕福とは言わない。


だが恵まれていた。


父も母も働いていた。


教育も受けられた。


安全な家があった。


食べ物に困ったこともない。


暴力もなかった。


未来もあった。


世界には自分より不幸な人間が無数にいた。


そのことも知っていた。


だからずっと思っていた。


自分の苦しみは贅沢なのだと。


何かが足りない。


そんな感覚を抱く資格などないのだと。


だから旅をした。


世界を回った。


貧しい国。


戦争のある国。


忘れられた土地。


人々を助けた。


声を届けた。


資金を集めた。


学校を建てた。


井戸を掘った。


たくさんの人間の人生を少しだけ良くした。


それは間違いなく意味のあることだった。


だが――


満たされなかった。


何年経っても。


何万人を助けても。


心のどこかが空白のままだった。


何かが欠けている。


だが何が欠けているのか分からない。


その答えを探して、

彼女は世界中を歩いた。


そして今。


プロスペリタスを歩きながら。


ふと隣を見る。


法城ほうきろ。


少し猫背で。


荷物を抱えて。


眠そうな顔をしている。


世界を救える人間ではない。


英雄にも見えない。


弱い。


脆い。


放っておけば簡単に壊れてしまいそうだった。


なのに――


なぜだろう。


胸の奥で何かが灯った。


小さな火だった。


だが今まで感じたことのない種類の熱だった。


(守りたい)


その言葉が自然に浮かぶ。


驚くほど自然に。


世界を救いたかったわけじゃない。


人類を変えたかったわけでもない。


何万人も助けたかったわけでもない。


ただ。


この少年が。


これ以上傷つかないように。


そう思った。


その瞬間。


ステファニーは理解した。


自分がずっと探していたものを。


人生で初めて。


本当に初めて。


自分の進む理由を見つけたのだと。








夜。


再び野営。


二人は同じ天幕で眠っていた。


風は静かだった。


遠くで虫のような鳴き声が聞こえる。


そして。


法城ほうきろは再びうなされ始めた。


「……やめろ……」


小さな声。


苦しそうな呼吸。


震える指先。


夢を見ている。


昨夜と同じだ。


終わらない過去。


終わらない期待。


終わらない労働。


終わらない評価。


ステファニーは目を開けた。


しばらく彼を見つめる。


そして。


何も言わずに近づいた。


ゆっくりと。


静かに。


まるで母親が幼い子どもにするように。


彼の隣へ身体を寄せる。


そして――


そっと抱きしめた。


法城の身体がわずかに震える。


だが次第に落ち着いていく。


呼吸が整う。


苦しそうだった表情が少しだけ和らぐ。


ステファニーは何も言わなかった。


ただ抱きしめていた。


誰にも気づかれないように。


誰にも知られないように。


その夜。


法城ほうきろは知らなかった。


人生で初めて。


自分を守ろうとしている誰かが、

すぐ隣にいることを。




ステファニーはずっと世界を見てきた。


けれど今、

彼女が見ているのは世界ではない。


たった一人の少年だ。


そして時に、

運命を変えるのに必要なのは革命ではなく、

誰か一人を抱きしめることなのかもしれない。


次回――


「母ではない。恋人でもない。だが彼女は彼を守る。」


プロスペリタスの旅は続く。

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