完璧な異世界?どういう仕組みなの?
これがこの物語の最新エピソードです。楽しんでいただけたら嬉しいです。
夜が来た。
昼とは違い、空の色はさらに深く沈み、紫はほとんど黒に近づいていた。
それでも街は暗くならなかった。
灯りがある。
建物の壁に掛けられた小さな火。
道端に並ぶ簡素なランプ。
そして、人々の気配。
「……すごいわね」
ステファニーが静かに言った。
彼女は、昼とは違う服を身にまとっていた。
この土地の衣装。
軽い布が身体に沿い、装飾は控えめだが、どこか洗練されている。
肌の色とよく馴染み、自然に見えた。
法城も同じように、この街の衣装を与えられていた。
「似合ってるわよ」
ステファニーが言う。
「……そ、そうかよ」
法城は視線を逸らした。
そして、ふと彼女を見た瞬間、
思わず息が止まりかけた。
(……なんだよ、それ)
昼間とは違う。
彼女は、ただ目立つ存在ではなかった。
この世界に、溶け込んでいる。
それなのに――
異様に美しかった。
法城は慌てて視線を外した。
「どうしたの?」
「いや、別に」
できるだけ平静を装う。
ステファニーは特に気にする様子もなく、前を向いた。
その先、
通りの一角に、あの男がいた。
ヨハンス三世。
地面に横になり、腕を枕にして、目を閉じている。
まるで昼間と同じだった。
「……本当に、ここで寝るのね」
ステファニーが小さくつぶやく。
返事はない。
だが、その周囲には人が集まり始めていた。
やがて――
遠くから音が聞こえてきた。
車輪の軋み。
荷の揺れる音。
複数の荷車が、街へ入ってくる。
それらは、食料で満たされていた。
果物。
肉。
穀物。
見たことのない食材も混じっている。
次々と運び込まれ、通りに並べられていく。
「……これは……」
ステファニーの声が、わずかに変わった。
「すごい量ね……」
自然と、視線が街全体に広がる。
これだけの食料。
しかも、全員分。
「この規模の宴を、普通にやるっていうの……?」
彼女は小さく息をついた。
「……資源が、相当豊富なのね」
そう結論づける。
そのとき、横から声がした。
「そう見えるかい?」
振り向くと、一人の老人がいた。
痩せた体。
土に汚れた手。
農民だとすぐに分かる。
「私はクマリだ」
穏やかに名乗る。
「この辺りの畑を見ている」
ステファニーは軽くうなずいた。
「ステファニーよ。こっちは法城」
「ほう、新顔か」
クマリは二人を見て、納得したように笑った。
三人は並んで歩きながら、準備の様子を見ていた。
若者たちが忙しく動いている。
食料を運び、机を並べ、火を起こす。
手際はいい。
だが、人数が多い。
ステファニーは、その点に気づいていた。
(若い人が多い……)
昼間も感じた違和感。
この街には、妙に若者が多い。
しかも――
「……結構大変そうね」
彼女は言った。
クマリは肩をすくめた。
「まあな」
そして、何気なく続ける。
「毎週のことだからな」
ステファニーの足が止まった。
「……毎週?」
クマリはうなずく。
「そうだ」
「こういう宴を?」
「そうだ」
あまりにもあっさりした答えだった。
ステファニーは、言葉を選ぶ。
「……つまり、これを……毎週やってるの?」
クマリは少しだけ考え、そして言った。
「やらざるを得ない、という方が正しいな」
視線を、遠くの若者たちへ向ける。
「毎日、来るからな」
「……誰が?」
「子どもたちだ」
ステファニーの表情が変わる。
「何人くらい?」
「数えたことはないが……」
クマリは、静かに言った。
「何百、という単位だな」
沈黙。
「栄養失調の者もいる。傷を負っている者もいる」
「飢えたまま来る者も多い」
「だから、食わせる」
ステファニーの中で、何かがつながった。
「……どこから来るの?」
クマリは、空を見上げた。
「他の世界だ」
その答えは、あまりにも自然だった。
「ウンフリンゼキ様が連れてくる」
「あの方は慈悲深い」
「貧しい場所、争いのある場所から、人を救い上げる」
ステファニーは、目を閉じた。
(……やっぱり)
彼女は思い出していた。
地球での調査。
消えていく子どもたち。
記録に残らない失踪。
そして――
「神に連れていかれた」
そう語る、老人たちの言葉。
当時は、迷信だと思っていた。
だが、今は違う。
(全部、繋がってる……)
クマリは続ける。
「この世界の人間は、もともと皆、外から来た」
「ここで生まれた者は、まだ少ない」
ステファニーはゆっくりと目を開けた。
目の前の光景。
豊かな食料。
秩序ある人々。
そして、若者の多さ。
(……これは“楽園”なの?)
そのとき――
声が上がった。
宴の開始を告げる声。
人々が集まり始める。
料理が並べられる。
火が灯る。
祝宴が始まった。
食べ物は豊富だった。
誰も遠慮しない。
笑い声が上がる。
子どもたちが走る。
法城も食べていた。
だが――
どこか上の空だった。
口は動いている。
だが、意識は別のところにある。
(……毎日、何百人……?)
頭の中で、数字が残っている。
処理しきれない。
そのとき、夜空に光が上がった。
音とともに、花が咲く。
花火だった。
ステファニーは、思わず見上げた。
色が広がる。
闇の中に、鮮やかに。
「……綺麗ね」
小さくつぶやく。
だが、その声には、わずかな違和感が混じっていた。
(……出来すぎてる)
すべてが整いすぎている。
救済。
食料。
秩序。
祝祭。
まるで――
「完成された世界」だ。
彼女は視線を下ろした。
少し離れた場所に、ヨハンス三世がいた。
相変わらず、地面に座っている。
人々の中に、自然に混ざっている。
ステファニーは近づいた。
「聞きたいことがあるの」
ヨハンス三世は、目を開けた。
「何だ」
「この世界の仕組みを知りたい」
彼女は真っ直ぐに言った。
「どうやって成り立っているのか」
「なぜ維持できているのか」
一瞬の沈黙。
ヨハンス三世は、わずかに笑った。
「いいだろう」
あまりにもあっさりとした許可だった。
「君は“本”を選んだ」
「つまり、学ぶ者だ」
「ならば、見るといい」
ゆっくりと、手を広げる。
「プロスペリタスのすべてを」
その言葉は、歓迎のようで――
どこか、試すようでもあった。
このエピソードを楽しんでいただけたなら幸いです。次のエピソードも近いうちにアップロードします。




