異世界の王様は、壮麗な宮殿を持っているはずですよね?
これがこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただけたら嬉しいです。
丘を下りて、数分も歩かないうちに、街は姿を現した。
法城は、思わず足を止めた。
「……なんだ、これ」
建物はどれも高くない。
二階建てか、それ以下。
だが、その形は日本で見てきたものとはまるで違っていた。
土でできたような壁。
滑らかではなく、わずかに歪み、手で積み上げた痕跡が残っている。
外壁には規則的に突き出た木の杭のようなもの。
窓は小さく、影が深い。
街全体が、どこか古い王国の遺構のようだった。
だが、死んではいない。
人がいる。
荷を運ぶ者。
布を広げる商人。
道端で何かを焼く者。
声があり、動きがあり、生活があった。
ステファニーはゆっくりと周囲を見回した。
「……文明はあるみたいね」
「でも、変だろ」
法城は眉をひそめる。
「王がいるって話なのに、それっぽい場所が見当たらない」
城。
宮殿。
そういうものが、どこにもない。
視界にあるのは、低い建物と、土の道と、人の流れだけだった。
そのときだった。
道の端に、一人の男が横になっているのが目に入った。
三十歳前後だろうか。
粗末な服。
腕を枕にして、目を閉じている。
眠っているようだった。
ステファニーは、その男に近づいた。
「ねえ」
声をかける。
男はゆっくりと目を開けた。
焦点が合うまでに、わずかな時間がかかる。
「……何だ」
「ヨハンス三世に会いたいの」
ステファニーは、はっきりと言った。
「どこに行けばいいか、分かる?」
男は、数秒だけ二人を見た。
視線が、法城とステファニーの間を行き来する。
そして――
わずかに、笑った。
その笑みは、からかうようなものではなかった。
むしろ、何かを“理解した”者のそれだった。
「……なるほど」
小さくつぶやく。
ステファニーは眉をひそめた。
「何が?」
男は体を起こし、ゆっくりと座った。
「お前たち、来たばかりだな」
断定だった。
法城が反応する。
「……なんで分かるんだよ」
男は答えない。
代わりに、周囲を軽く見渡した。
そして、言った。
「王に会いたいんだろう?」
「ええ」
ステファニーはうなずく。
「話があるの。場所を教えて」
彼女の頭の中には、すでに“答え”があった。
宮殿。
歴史の本で読んできた、あらゆる王たち。
彼らは皆、城を持っていた。
権力は、形を持つ。
そういうものだと、信じていた。
だが――
「見えているだろう」
男は、静かに言った。
ステファニーは、周囲を見た。
街。
人。
道。
「……何が?」
男は、わずかに顎を上げた。
「それが、王の宮殿だ」
沈黙が落ちた。
「……は?」
法城が声を漏らす。
ステファニーも、理解できなかった。
「どういう意味?」
男は、ゆっくりと立ち上がった。
そして、足元の地面を軽く踏む。
「この街の通り」
指先で、遠くへと続く道を示す。
「すべて、ヨハンス三世のものだ」
空を見上げる。
紫とも灰ともつかない空。
「空が、天井だ」
もう一度、二人を見る。
「これが、宮殿だ」
ステファニーは、言葉を失った。
理解が追いつかない。
概念そのものが、ずれている。
「……そんなはずない」
彼女は小さく言った。
「王には、拠点があるはずよ。統治には構造が必要だわ」
男は、わずかに笑った。
否定もしない。
肯定もしない。
ただ――
指を鳴らした。
乾いた音が、空気に響く。
次の瞬間。
どこからともなく、人影が現れた。
数人。
いや、それ以上。
同じような服装の者たち。
彼らは迷いなく男の周囲に集まり、頭を下げた。
低い声で、何かを伝える。
内容は聞き取れない。
だが、報告であることは分かる。
男はそれを聞き、短くうなずいた。
そして――
ステファニーと法城に向き直る。
先ほどまで地面に寝ていた男と、
今、目の前に立っている存在は、
同じ姿のはずなのに、
まるで別のものに見えた。
「紹介が遅れたな」
静かな声。
しかし、その場の空気が変わる。
「ヨハンス三世だ」
法城の思考が、一瞬止まった。
(……は?)
ステファニーも、言葉を失う。
男――ヨハンス三世は、穏やかに続けた。
「歓迎しよう」
周囲の人々は、変わらず動き続けている。
誰も騒がない。
だが、この場所だけが、わずかに歪んでいる。
「プロスペリタスへ」
その言葉には、重さがあった。
「君たちは“本”を選んだ」
視線が、二人の手元へ落ちる。
まだ持っている、それ。
「つまり、誓約を受け入れたということだ」
ステファニーが、わずかに息を吸う。
「……学者として、よね」
ヨハンス三世はうなずいた。
「そうだ」
一歩、近づく。
「君たちは学び、考え、そして支える」
「この世界を」
短い沈黙。
そして、ふっと表情が緩んだ。
「だが、難しい話は後だ」
軽く手を振る。
それだけで、周囲の空気が動く。
「まずは祝おう」
「新たな来訪者と、新たな誓約を」
遠くで、人の動きが変わり始める。
準備。
何かが始まる気配。
ヨハンス三世は、楽しげに言った。
「宴だ」
その一言は、
どこか自然で、
どこか不自然だった。
法城は、何も言えなかった。
この世界が、
どこまで“現実”なのか、
まだ分からなかった。
このエピソードを楽しんでいただけたなら幸いです。次のエピソードも近いうちにアップロードします。




