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外国の女神、異世界、そして疲れた放浪者  作者: アラベ幻灯


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私たちの脳の迷宮

これがこの物語の最新エピソードです。楽しんでいただけたら嬉しいです。

丘は、思っていたよりも近かった。


だが、近づくにつれて、空気の質が変わっていくのが分かった。


風は弱いのに、音だけが満ちている。


ざわめきではない。


会話だった。


 


丘の上には、白いローブの人々が無数に立っていた。


イシクングで見た者たちと同じ装い。


だが、決定的に違う点があった。


 


彼らは話していた。


 


静かに、しかし絶え間なく。


 


その内容は――


法城には、ほとんど理解できなかった。


 


「……存在の差異は本質に由来するのではなく、認識の切断に過ぎない」


「いや、切断ではない。連続体の局所的な強調だ。時間軸を含めれば、全ては一つの流れとして再記述できる」


「では、その流れにおける“個”とは何だ? 錯覚か、それとも必要条件か」


 


言葉は日本語に聞こえる。


だが、意味が追いつかない。


 


法城は眉をひそめた。


 


(……何を言ってるんだ、こいつら)


 


ステファニーは、目を細めていた。


聞き取っている。


理解しようとしている。


 


「……ねえ、聞こえる?」と彼女が小さく言う。


「一応……でも、意味はさっぱりだ」


 


別の声が重なる。


 


「空間と時間の連続において、全存在は単一の存在であると仮定するならば――」


「それは“本質”が分割されているのではなく、むしろ各点において異なる様態を取っているに過ぎない」


 


法城は、思わず立ち止まった。


 


人々は円を描くように配置され、互いに議論を交わしている。


だが、その配置は規則的ではない。


通ろうとすると、別の議論が道を塞ぐ。


 


まるで――


 


(……迷路か?)


 


言葉の迷路。


 


進もうとするたびに、新しい議論が現れる。


理解できない概念が、足場のように置かれている。


 


「“本質”とは固定されたものではない。関係の中で定義される」


「しかし関係性に依存するなら、それ自体の自律性はどこにある?」


 


ステファニーは、わずかに方向を変えた。


 


「こっち」


 


彼女は、議論の“隙間”を見ていた。


完全に理解しているわけではない。


だが、構造を読んでいる。


 


強い主張がぶつかる場所は、流れが遅くなる。


そこを避け、比較的穏やかな対話の間を縫うように進む。


 


法城は、ついていくしかなかった。


 


頭が重い。


視界が少し揺れる。


 


(なんだこれ……気持ち悪い)


 


「全てが一つの存在だとするなら、善悪の区別はどこから生まれる?」


「視点の問題だ。全体においては区別はないが、局所においては機能する」


 


その言葉を聞いた瞬間、法城の足が止まりかけた。


 


(……全部、一つ?)


 


自分も。


親も。


あの飛行機も。


この世界も。


 


同じ“何か”の一部だとしたら。


 


思考が、引きずられる。


 


「法城、行くわよ」


 


ステファニーの声で、現実に引き戻された。


 


気づけば、丘の中心に近い場所に出ていた。


 


そこには、一人の男が立っていた。


 


他の者たちと同じ白いローブ。


だが、その視線は明確にこちらを向いていた。


 


まるで最初から、二人が来るのを知っていたかのように。


 


ステファニーが一歩前に出る。


 


「聞きたいことがあるの」


 


男は、わずかにうなずいた。


 


「構いません」


 


周囲の議論は続いている。


だが、この場所だけ、少しだけ静かだった。


 


「私たちは、ここに来て……本を選んだわ」


 


ステファニーは言葉を選びながら続ける。


 


「それが何を意味するのか、教えてほしい」


 


男は、短く息をついた。


 


「本を選んだ、ということは――」


 


一拍。


 


「あなた方は誓約を受け入れた、ということです」


 


「誓約?」


 


法城が反射的に聞き返す。


 


「ええ」


 


男の声は平坦だった。


 


「プロスペリタスにおいて、“本”は知を意味する。そして知は、統治のための器です」


 


ステファニーの表情がわずかに変わる。


 


「つまり?」


 


「あなた方は、学び、記録し、判断する者になる」


 


男は続けた。


 


「すなわち――この世界を治めるための“学者”です」


 


法城は言葉を失った。


 


(……は?)


 


「統治……?」


 


ステファニーが低く繰り返す。


 


男はうなずいた。


 


「現在の王のもとで、ですが」


 


「王?」


 


「ヨハンス三世」


 


その名前を聞いた瞬間、法城の胸に、わずかな違和感が走った。


 


(一世じゃないのか……?)


 


あの壊れた像。


 


ヨハンス一世。


 


では、三世は――


 


思考が続く前に、男が言葉を重ねた。


 


「あなた方が向かうべき場所は決まっています」


 


男は丘の向こう側を指さした。


 


木々の切れ間、その先。


 


遠くに、建造物の影が見えた。


 


「歩いて数分です」


 


ステファニーは、その方向を見た。


 


そして、ゆっくりとうなずいた。


 


「……分かったわ」


 


法城は、まだ少しふらついていた。


 


頭の中で、あの議論の断片が残っている。


 


全ては一つ。


 


本質。


 


連続。


 


(……意味わかんねえよ)


 


だが、足は動いていた。


 


二人は丘を下り始める。


 


背後では、まだ議論が続いている。


 


終わりのない思考の迷路。


 


その中から抜け出したはずなのに、


何かが、まだ頭の奥に残っていた。


 


まるで、


すでに何かを“選ばされてしまった”かのように。

このエピソードを楽しんでいただけたなら幸いです。次のエピソードも近いうちにアップロードします。

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