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シカト  作者: 東京卑弥呼
15/25

〈14〉交際期間0日

砂田と英子は長嶺からレセプションのことを事務所で聞いた。

長嶺は少し興奮気味に話した。

「そうか、それは良かったな」

「ええ、まさかこんなに盛り上がるなんて思いませんでしたよ。もう盛り上がりすぎてどうしていいか、終始、困惑してました。でも、ほんと砂田さんの言う通りでした」

「だろ。俺の言うことに間違いはないんだから。それで抱いたのか?」

「え?」

「え、じゃないよ。せっかく盛り上がったんだから、その勢いでそのままホテルで樋口さんに迫らなかったのかって」

「いやぁ、ちょっと飲みすぎちゃって。ホテルに帰ったら速攻寝ちゃいました」長嶺は照れ隠しをするかのように頭を掻いた。

「違うんだよ。二人で行ったのはそういうことじゃないんだ。樋口さんを抱いて決めちゃうためだったんだよ」

「そうなんですか」

「それしかないだろ。しかも、いい雰囲気になってせっかくチャンスだったのに」

「いやぁ、でも、飲みすぎてなくてもそれは無理です」

「どうして?」

「レセプションに出席した樋口さんの姿を見たとき、ここで農作業している樋口さんとはまるで別人でした。いや、ここでも十分綺麗なんですけど、着飾った彼女はほんと芸能人みたいで。なんか俺と一緒にいること自体、不思議な感じで。同じ人間とは思えないぐらい輝いてました」

「勿体ないなぁ。せっかくのチャンスだったのに。それがタイミングなんだよ。その晩、樋口さんだってハイになって気分良くなってるんだから、そのまま口説き落とせば樋口さんだってそんな無下にすることはなかったんだ。そのまま押し通してどさくさでもなんでも流れで抱いちゃえば良かったんだよ。お互い酒も入っていたんだろ」

「いやぁ、無理ですって。そんないきなりは」

砂田は深くため息をついた。

「惜しかったなぁ。せっかくのチャンスを」

「すみません」長嶺は首を引っ込めて砂田に謝った。

「じゃぁ、私がなんとかしましょうか?」

砂田と長嶺は英子を見た。

「そもそも、私が雅ちゃんに長嶺さんとの結婚を促してるんだから最後までやりますよ」

「出来るのか?」砂田が確認した。

長嶺は黙って英子を見た。

「大丈夫。女のことは女なの私がやった方がいいでしょ。長嶺エリアマネージャーのために一肌脱ぎますよ」


ビニールハウスでは雅が一人、イチゴの手入れをしている。

英子はハウスに入ってきた。

雅は一瞥した。

英子はニヤニヤしながら雅に声をかけた。

「どう。パーティー。楽しかった?」

「まぁ」雅は落ち着いたいつもの口調で言った。

「何、それ? 気のないふりして。楽しかったんでしょ?」英子は少しテンション高めに雅を突いた。

雅はイチゴの手入れをしながら言った。

「ええ、楽しかったわ」

英子は雅からその言葉を聞いて満足げな顔をした。

「なら、腹積もり。決まった?」

「なんの?」

「わかってるくせに」英子は赤く実っているイチゴをもいで食べた。

「……」

「長嶺さんと結婚してもいいでしょ。結婚すればあんな楽しいことが沢山待ってるのよ」

「……」雅は何も答えず作業を続けた。

「このままここに居ても昨夜のような楽しいことはここにはないのよ。そのこと、考えた?」

雅は作業の手を止めた。

英子に言われるまでもない。パーティーのことは雅もエリアに戻る新幹線の中でずっと考えていた。

確かにあんなパーティーはここでは味わえない。ここで味わえることは作物を育てる楽しさだけ。作物も愛でて育てれば実りで答えてくれる。それは作物の成長をまじかで感じることができ、予想以上のものが出来たときは喜びはひとしお。

しかし、雅にとっては作物を愛でて育てるより、あの夜のパーティーのように周囲から自分が愛でられ、話題の中心にいることに得も言われぬ喜びを感じてしまった。それは天にも昇る心地よさだった。

しかも、雅を称えてくる人は今まで雅が出会ったことのない人たち。

それは人を使う人間と人に使われる人間の差。

エリアで働いているときはみんな一緒に働いていて自分が使われる人間ということを忘れてしまう。

しかし、あのレセプションで出会ったエリアマネージャーや官僚たちは明らかに人を使う人間であり、農業行政を動かす人たちである。それに引き換え、雅は自分が人に使われる人間ということにいささか引け目を感じていた。

しかし、その引け目も自分の容姿で払拭することが出来た。それはまさに痛快であり、快感だった。

そもそも雅は自分の容姿や美というものに懐疑的だった。

それはひとえに姉、麗良の影響が大きい。妹の雅から見ても姉は美しく、憧れの存在だった。

しかし、そんな姉も都会に出てからはなんの音沙汰もなく、音信不通になった。勿論、テレビや雑誌に露出することもない。

あの姉をもってしても脚光を浴びることが出来ない。美しさだけではどうにもならない。美とはあてにならないもの。そう思っていた。

しかし、その想いもあのレセプションでの一夜が払拭した。

雅は自分に自信がついた。

でもそれだけでは動けない。動きたくても父の存在が自分にブレーキをかける。都会には出たいが反対する父がいる。それを振り切って、姉と同じように家出同然で出て行く気にはなれない。

父も母も嘆くのは目に見えている。

それに都会に出たからと言って成功する根拠はない。それは姉が証明している。

結局、雅は自分で自分の方向性を示すことが出来ないジレンマに陥っていた。

そのジレンマを払拭し、方向性を示すのが英子なのかもしれない。

雅が心の中で自問自答していることを英子が言葉でぶつけてくる。

「どうするの? 長嶺さんと結婚する? それともしない?」

「随分、急ぐんですね」

「伸ばしたからってどうにもなるわけじゃないでしょ。それとも伸ばした方が判断つくの?」

「そんなこと、わかってるわ」雅は自分が抱えているジレンマを露わにした。

「そう、わかってるの」英子はそれを冷静に受け止めた。

雅は目を瞑った。

いたずらに時を伸ばしてもどうにもなるわけではない。するならする、断るなら断る。はっきりした方がいい。その方が判断しやすい。それに性分的にも雅ははっきりしている。それでもブレーキを踏んでしまう。

英子は雅が迷っているのが手に取るようにわかった。

英子は諭すように優しい口調で言った。

「迷っていても答えは出ない。ただわかっていることはここで土いじりをして一生過ごすか、長嶺さんと結婚して華やかな世界に飛び出すか、二択よ」

雅は英子を見た。

英子は雅の視線に怯まない。逆に内心、どうやって雅を詰ませるか楽しんでいた。

「長嶺さんと結婚しなよ。それでもし違っていたら別れればいいんだし、そんなにお重く受け止める必要ないんじゃない。それにこの縁談には雅ちゃんのお父さんも了承していることなのよ。雅ちゃんさえよければなんの問題もないの。それとも中原君のことが気になる?」

「……」

夏樹とはもうずいぶん疎遠になっているせいか、このことに関して夏樹のことは考えてもいなかった。

「雅ちゃんって案外、古風なんだね。それとも情に厚いのかな。でも、そんな情、何の役にも立たないわよ。それに中原君は今、腰を痛めて当分農場には出て来れないし。ほんと、今のうちに結婚してしまえば事後報告で済む。なんなら私が報告してもいいわ。そのことで中原君が何と言おうと私がうまく処理するわ。それでいいでしょ」

「夏樹は関係ないわ」雅は声を張って言った。

「じゃ、決まりでいいのね」

「……」雅は答えなかった。

「また、だんまり……」

「……」

「なら沈黙をもって了承したと解釈するけどいいわね」英子は雅を逃さず、追い詰めた。

結局、雅は沈黙してしまった。

「よし。なら進めていくからね」

英子は両手で雅の手を握った。

雅はその手を振り払うこともしなければ握り返すこともしなかった。

英子はそれを了承したと認識した。

英子は雅の手を握ったまま言った。

「よし。じゃぁ、準備はこっちで進めるから。善は急げってね」

英子は両手で雅の握っている手を上下に動かした。

雅は振り払うことも何も出来なかった。

こうして雅と長嶺の結婚は決まった。

長嶺は英子からその報告を聞いたとき初めは信じられないと驚いていた。

しかし、砂田からこの縁談に雅の父も了承したということを聞き、長嶺は喜びをかみしめた。

なんせ美女中の美女の雅と結婚することが出来る。雅を妻に娶ることが出来る。こんな片田舎のエリアに左遷同然の扱いを受けたにも関わらず、そこで絶世の美女と出会い、娶ることが出来るのだから、この出会いを神に感謝したいぐらいだった。

生活向上庁の上司に「左遷してくれてありがとう」と言いたいぐらいだった。

結婚式の日取りも電光石火の如く砂田が勝手に進めていった。

砂田も夏樹の存在を考え、夏樹が休んでいる隙にとっとと終わらせたいという思いがあった。そして、夏樹が仕事復帰してきたときは雅は長嶺のものになっている。そう思うとどこか笑えてきて早く進めることが楽しくなっていた。

「そんな勝手にどんどん進めていいんですか?」

長嶺は砂田の即決行動に面食らっていた。

しかし、内心では嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

雅もまた砂田の即決行動に異を唱えることはしなかった。逆に考える暇がない分、楽な気がした。

〈今はただ砂田の作る流れに身を委ねていればそれでいい〉

この結婚に関しては父も了承している。

自分は長嶺の傍で振舞い方一つで父の干渉を受けることなくこのエリアから、片田舎から抜け出すことが出来る。父から自由になることが出来るチャンスを手に入れるのだ。

これからはそれをどう生かすか、そのことを考えればいい。

雅はそう思っていた。

婚礼の準備はとんとん拍子に進み、交際期間0日で結婚式を迎えた。



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