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シカト  作者: 東京卑弥呼
16/25

〈15〉雅、本当の恋をする

結婚披露宴当日。

午前中に農作業をし、午後から結婚披露宴が始まった。結婚披露宴といっても披露宴会場はエリアセンターのメイン倉庫にテーブルを設営した軽食の立食スタイルと至って簡易的なもの。

披露宴に出席する人はエリアSで働く人々の他、近隣の農家でエリアSに関わりのある人々の親睦会も兼ねた披露宴となった。

長嶺も結婚のことをSNSで友人に伝えた。

みな驚いてはいたがあまりにも急な話だったので出席するという人はなく、また後日祝おうという返事を頂いた。

雅は自分の結婚を都会に行っている友人に知らせなかった。それを知らせるとおそらく、友人は自分が夏樹と結婚すると思うだろう。そのことでとやかく説明するのも面倒なのと、やはりこの期に及んで、どこか自分の中に引っかかるものを感じていた。

夏樹は仕事中の砂田の素行の悪さに警鐘を鳴らしていたにも関わらずエリアの人々は砂田に迎合し、夏樹を疎ましく思うようになり孤立させた。

その張本人がこの結婚を裏で糸を引いていることは雅も重々承知していた。にも拘わらず雅は長嶺との結婚を了承した。そのことを後ろめたく感じるようになっていた。

その当の夏樹の姿はこの披露宴にはない。

夏樹には誰も披露宴のことを言わなかった。

それは砂田の意向でもあり長嶺もその方が気が楽だった。

砂田は雅のことを気付かうように、「元彼を披露宴に呼ぶのをあまりいいものではないんじゃないか」と気を利かせたが、つまる所、砂田は夏樹に雅を長嶺に奪われたことを事後報告で知る様に仕向けたかったのだ。そして、それを知った時の夏樹がどう反応するか楽しみたかったのだ。

披露宴会場では出席者は所々でグループを作って新郎新婦が入って来るのを談笑しながら待っていた。その中に新婦の父である庄造とその妻もいた。

この披露宴の仕切り役として一応、英子が進行役としてマイクを持っていた。

「それではみなさま。新郎新婦の入場です」

出席者一同は、飾り花で装飾されている扉を見た。

その扉が開き、新郎新婦が入ってきた。

出席者からどよめきが上がった。

純白のウエディングドレスを着た雅が現れたのだ。

出席者の視線は自ずと新郎の長嶺ではなく新婦の雅に向けられた。

エリアSにいる人々は普段から雅と接しているが、ウェディングドレスを着た雅は自分たちが知っている雅とは全く別人。どこか近寄りがたいオーラを漂わせていた。

雅は周りがどよめけばどよめくほど冷静だった。

そうなれたのもあの夜のレセプションで自分が周りからどう見られているのか、一度経験していることもあって人々の歓声に別段、驚くこともなかった。

その雅の隣に白いタキシードを着た新郎の長嶺がいた。

明らかに似合いのカップルには見えない。姫と侍従者といったところだ。

この披露宴の主役は言うまでもなく雅。

しかし、雅は披露宴をすることには乗り気ではなかった。

披露宴は単なるお披露目会に過ぎない。しかも、ここに友達はいない。

〈一体、誰にお披露目するの?〉

いつもと同じ知った顔の出席者。

雅にとってこの結婚はこのエリアを離れるための最善の手段でしかない。近い将来、この片田舎を離れるための担保として長嶺と結婚したに過ぎない。

雅はどこか冷めていた。

〈早く終わってくれないかな〉

雅は壇上に用意された椅子に座り、出席者の祝福を愛想笑いで答えていた。

祝福する人たちは雅の美しさを見て、どこか高揚感を持って祝福するも雅は同じ熱量を持つことは出来なかった。

一人冷めている雅の前に出会ったこともない一人の男が壇上の長嶺と雅の前に突然、花束を持って現れた。

「長嶺、おめでとう!」テンション高めに長嶺に挨拶してきた。

長嶺も驚いた。

「忍! 来てくれたのか!」

「ああ、お前が結婚するなんて思ってもいなかったからな。これは何が何でも行かなきゃいけないと思ってやってきたよ」

長嶺は自然と笑みがこぼれた。

「ありがとう!」

男は傍に座る雅を見た。

「こちらが、そのお前のお嫁さんか」

雅は男と目が合った。

「花束を渡すのは、どうやらお前じゃないな」男は雅に花束を渡した。

「ありがとう」

「ほら、お祝いだ!」男はワインボトルを長嶺に渡した。

「ありがとう」

「言っとくけどそのワイン、プレミアものだからな。普通じゃ飲めない」

「そうなのか?」長嶺はワインのラベルを見た。

「わかるか?」

「いや、俺にはワインのことはわからん」

「なんだよ。ほんとプレゼントしがいのない奴だな」

「すまん」

それを見ていた雅が微笑んだ。

男は雅を見た。

「それにしても長嶺。お前、随分綺麗な人を嫁さんにしたんだなぁ。ええ、一体、どこで出会ったんだ?」

「私はこのエリアSの一労働者です」

「え⁉ 労働者」

「ええ、私はエリア生まれのエリア育ちですから」

「そうですか」

「樋口雅といいます。といっても長嶺さんと結婚したので長嶺雅になるのかな」

「僕は小山田忍。一時期、長嶺、いやご主人と一緒に働いていたことがありまして。それ以来の付き合いです」

小山田忍、三十五歳。

長嶺より三歳年下。長嶺と同じ国家上級試験合格者。

「今は衆議院議員の本間先生の秘書をやっているんだよな」

「ああ」

「どう?」

「どおって、忙しさはあまり変わらない。議員秘書になれば少しは楽が出来ると思っていたんだが、これがまた激務で。特に選挙区回りが多いから定まった休日なんてない。今日だってほんとは来れなかったんだ。けど、そのことを先生に行ったら夜までに帰って来れるなら行って来いって言われたから来たんだ。だから、来た早々で悪いが、もう帰らなくちゃいけない」忍は笑った。

「そうなんだ」

「お前が結婚するって言うから来ないわけにはいかないだろ。それにどんなお相手か興味があったからな」忍はそういって雅を見た。

雅は自然と笑みが零れ、忍に微笑んだ。

見つめ合う二人。

「まさかこんな美人とは全く予想もしてなかったよ。なんか凄いショック。俺は激務で先生に顎で使われて身を粉にして働いてるっていうのにお前はこんな大自然の中でこんな美人を嫁にもらって楽しく暮らしてくんだろ。ったく羨ましいぞ! ほんと、これじゃ、俺の幸せって一体なんなんだ⁉」

「本間先生の秘書なら将来は政治家になるのか?」

「さぁ、わからんな」

「本間先生といえば次期総理候補じゃないか。そんな先生の秘書をしてるなんて凄いじゃないか。そんなのなりたくてもなれるもんじゃない」

「でも、激務でほのぼのとした幸せは感じられない」

忍は雅を見て、しみじみと言った。

「こんな美人と結婚できるのなら俺もここのエリアマネージャーになりたかったなぁ」

雅は微笑みながら軽く会釈した。

「いやぁ、お前だって美人に囲まれて仕事してるんだろ。将来、総理大臣秘書にはなるんだから選り取り見取りだろ」

「そんな暇はないよ」

忍は雅を見た。

雅も忍を見ていた。

知らず知らずのうちについつい見つめ合ってしまう二人。

それを見て妬いたのか長嶺が口を挟んだ。

「おいおい、そんなに見るなよ」

「お、悪い悪い。つい見入ってしまって」

忍は腕時計を見た。

「じゃ、そろそろ行くわ」

「ほんとに行くのか?」

「ああ。今日は挨拶だけだから。というか嫁さんが見たかっただけだから」

「ほんと、忙しいんだな」

「まぁ、今度、改めて、みんなで祝おう。その時は俺が仕切るから」

「ありがとう」

「でも、いつになるかわからんぞ」

「いいよ」

忍は雅を見た。

「ああ、なんか名残惜しいなぁ」忍は雅の右手を取りその場に跪き右手の甲にキスをした。

雅は驚いた。

「おい!」長嶺が叫んだ。

「手の甲にキスぐらいいいだろ。せめて引き出物代わりに新婦の手の感触を頂いて帰るよ」

忍は立ち上がり、「じゃぁ、また」と言って微笑みながらその場を後にした。

長嶺と雅は忍の後姿を見送った。

砂田が長嶺に声をかけてきた。

「あの男は?」

「ああ、昔、一緒に働いていた友人です」

「そうか……」

 砂田は忍が去っていった方向を見た。

 雅も見ていた。

一瞬の出会いではあったが雅は忍に何か惹かれるものを感じていた。

先日のレセプションで出会った人もエリアの人々とは違っていたが忍はそれ以上に違っていた。

たった一瞬の出会いではあったが雅は忍から『この人は間違いなく日本をしょって立つ人だ』とカリスマ性があると雅は直感した。

精悍な顔立ち。

毅然とした態度。

身のこなしもスマート。

雅が出会ったことのない男性。

今まで雅はこのエリアから、父から自由になる。恋よりも自由に重きを置いて生きてきた。

雅は本当の恋を知らずに生きてきた。そんな雅の前に出会ったことのないカリスマ性を持つ男と出会ってしまったのだ。

雅は初めて本当の恋をした。


〈あの人も東京にいるのね……〉


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