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シカト  作者: 東京卑弥呼
14/25

〈13〉雅、輝く

エリアSで働く人が出勤すると、まず作業ボードを見ることから始まる。

夏樹も出勤するとそれを見る。

別に見なくてもエリアセンターから遠く離れた耕作地での農作業とわかっていてもとりあえず確認する。

しかし、今朝は違っていた。

朝は倉庫でトラックに乗せる積み荷の出荷作業と書いてあった。

集荷作業は毎朝ある仕事で夏樹も砂田からシカトされる前までは毎朝やっていたが今はもうやっていなかった。それが今日に限って自分もその作業に加わることになっていた。

夏樹はそのことに対して別段、何も思わなかった。おそらく出荷する荷が多いのだろうぐらいにしか思っていなかった。

作業は積み荷をフォークリフトでまとめてトラックの荷台に乗せられるようにパレットの上にバケットを積み上げていくという至って単純な作業である。

パレットの上にはバケットがちょうど六つ並べて置ける。バケットの中に入っている積み荷の重量にもよるが、大体、五段ぐらい積み重ねて乗せる。その作業は力仕事になるため四十代、五十代の男性がその役を担っている。

今朝は夏樹の他に倉持と吉岡と佐野が倉庫に積んであるバケットをパレットに乗せる作業をすることになっていた。

ジャガイモなどの根菜類は重量があるのでバケットは三段ぐらいの高さで積んでいるが、葉物は軽くバケットが五段ぐらいの高さで積んでいる。

倉庫に一か所にまとめて置いてあるバケットをパレットの上に乗せていくという至って単純な作業。

しかし、その至って単純な作業で事故は起こった。

みんな、倉庫に積んであるバケットを軽々と持ち上げてはパレットに乗せていく。

夏樹もみんなと同じようにバケットを持ち上げてパレットに乗せて行った。

その作業を繰り返し行っていた。

すると倉持がさりげなく夏樹に指示してきた。

「その一番下のバケット。そのパレットの一番上に乗せて」

夏樹は指示された地べたに置いてあるバケットを持ち上げようとしたとき、「ウッ!」と悲鳴を上げて、その場に膝から崩れた。

倉持が「どうした!?」と言いながら駆け寄ってきた。

佐野や吉岡も駆け付けた。

夏樹は、地べたにうずくまり、苦痛で顔を歪めながら言った。

「このバケットを持ち上げようとしたら、重くて、腰いっちゃいました」

「え、重い?」吉岡が言い、そのバケットを腰を落とし、ゆっくり持ち上げようとした。

「これ滅茶苦茶重いぞ。全然上がらねぇよ」

バケットからは葉物が見え、一見軽そうに見える。

佐野がバケットから葉物を引き抜いた。

するとバケットの中には重石が沢山入っていた。

葉物で重石が見えないようになっていたのだ。いや、葉物で重石を隠していたのだ。

それを見た倉持が一言言った。

「ああ、そういえば確か一番下のバケットに風で倒れないように重石を入れておいたんだ。そこに誰かが葉物を入れてわからなくなったんだな。全く誰だよ。こんな紛らわしいことしたのは」倉持はさりげなく言ってのけた。

夏樹は腰の痛みから四つん這いになって苦痛で顔を歪めて倉持を睨んだ。

「どうして重石が入ってるんですか!」

「風に飛ばされないようにだよ」

「ここは倉庫内ですよ! どうして倉庫内で風に飛ばされるんですか!」

「扉は開いているんだ。倉庫の中でも風は入って来るだろう。風が入れば飛ばされて倒れないとは言えない。違うか?」

「……」

夏樹は苦痛に顔を歪めながら倉持を見上げた。

倉持は夏樹を見下ろし続けざまに言った。

「大体、お前がそそっかしいからだろ。何慌ててるんだよ。別に慌ててやることじゃない。落ち着いてやれば何も腰を痛めることなんてないんだ。適当にやっつけ仕事でやってるから腰痛めるんだよ。ただのお前の不注意だよ。もっと身入れて働けよ! ほんと馬鹿な奴だなぁ」倉持は嘲笑した。

夏樹は苦痛で顔を歪めているのか、悔しさで顔を歪めているのかわからなかった。

「もういいよ。端っこで休んでろ。後は俺たちでやるから」倉持は夏樹に向かって履き捨てるように言った。

夏樹は腰を抑えながら立ち上がろうとすると、佐野が駆け寄り「大丈夫ですか?」と声をかけてきて夏樹に肩を貸した。

「あ、わるい」

夏樹は腰を押さえながらゆっくりと倉庫の端に歩いた。

倉持は夏樹に聞こえるように言い放った。

「ったく、近頃の若い奴は、葉っぱで腰を痛めるんだから情けねぇよなぁ。調子に乗ってるからそうなるんだよ」

夏樹は一人、倉庫の壁の前で横になり黙って倉持を見た。

〈間違いなく俺への嫌がらせだ。おそらく指示したのは砂田だ。俺が一体何をしたって言うんだ。こんだけハブにしといて、まだ足りないのか⁉〉

重石という罠にはまって腰を痛め、倉持に罵声を浴びせられ、これ以上ないほど心身をいたぶられ、夏樹は悔しさで目に涙を浮かべた。

その姿を佐野は倉持たちとバケットをパレットに積み上げながら一瞥した。


その夜、砂田は上機嫌だった。

倉持から夏樹が自分の思惑にまんまとひっかかり腰を痛めたことを聞き、あまりにも自分の策がうまくいったことに気を良くしていた。

砂田は英子と晩酌をするも自然と顔がにやけた。

英子はそんな砂田の顔を見て言った。

「さっきから何、ニヤニヤしてるの? なんか嬉しいことあったの?」

「中原が腰を痛めたらしい」

「そうみたいね」

「その策を考えたのが実は俺なんだよ。それを倉持がうまくやった」

「そうなの」

「ああ。それであいつは暫く休むことになった」

「でも、ちょっとやりすぎじゃない」

「これも樋口さんの為だよ」

「雅ちゃんの為?」

「中原が腰を痛めて仕事を休めば、こっちも動きやすくなる。中原の存在を気にせず、気兼ねなく嶺ちゃんと樋口さんをくっつけやすくなる。樋口さんも気を使う必要がなくなるしな」

「そうかもしれないけど」

「それに、今度、各地のエリアマネージャーが出席する会議があるらしい。そこに嶺ちゃんと一緒に樋口さんを同席させるんだよ」

「同席させてどうするの?」

「会議の後にレセプションがあるんだ。そこに樋口さんを出席させる」

「レセプション?」

「パーティーみたいなものだ。実際、会議よりもパーティーがメインみたいらしい。それに今までは嶺ちゃん一人で出席していたらしいんだ。別段、目立つこともなく付き合いで出ていたらしい。けど今度は違う。そこに樋口さん同伴で出席したらどうなる? 他の男たちの目を引くんじゃないのか」

「確かに雅ちゃんが出れば、おそらく周りはほっとかないでしょうね」

「だろ。嶺ちゃんもレセプションの主役になり、盛り上がって二人とも楽しんでくるんじゃないのか? そうしたら樋口さんも嶺ちゃんと結婚するといい想いが出来ることがわかるんじゃないのか?」

「なるほど。考えたわね」

「当たり前だろ。俺はこのエリアSがどうすれば楽しく過ごしやすいエリアになるか、一番考えてるのは俺なんだよ」

英子は微笑んだ。

「だから、お前はそれとなく樋口さんに嶺ちゃんと一緒に会議に出席するように話しといてくれ」

「わかったわ」

「でも、樋口さんを嶺ちゃんの女にするのは、ちょっと勿体ないな」

「いいじゃない。二人をくっつければ、あなたは二人の恩人になるんだから。それって悪くないでしょ」

「そうだなぁ。それで満足するか」

二人は微笑み、杯を上げた。


翌日、英子は作業ボードを見て、雅が一人、ハウスでイチゴの農作業をしているのを確認してからハウスに行った。

「雅ちゃん。ちょっといい」

「……」雅は何も答えなかった。

英子がここに来る動機はわかっている。長嶺のことについて他ならない。

雅もまたそのことに対して自分から動くことはしなかった。いや、動けなかった。雅も一体どうすればいいのか、考えあぐねていたのだ。その指針を示すために英子がやってきたのだ。だから、雅は英子に何も言わなかった。

英子は雅の隣に立った。

雅は作業を続けた。

「どぉ、あの後、考えてくれた?」

雅は英子を一瞥した。

「少しは」

「どぉ?」

「いや、どぉと言われても」

「そうかなぁ、いい話だと思うんだけどな。長嶺さんと結婚しちゃえば、こんな農作業なんてやらずに済むのに」

「……」

「でも、いきなり結婚なんて考えられないよね。そこで一つ提案があるの」

「提案?」

「提案というか、お仕事ね」

「仕事ですか?」

「今度、各地のエリアマネージャーが集まる会議があるらしいんだけど、その会議に長嶺さんのサポート役として一緒に出席して欲しいんだって」

「会議? 私が?」

「会議って言っても、その後のレセプション、所謂、パーティーがメインでそれに長嶺さんのサポートというかパートナーとして出てほしいの」

「パートナー?」

「形だけでいいのよ。今までそういう会議があっても長嶺さん一人で出席していたらしいのよ。それであまり目立つことなく終わっていたらしい。だから雅ちゃんが傍にいてくれたら目立つでしょ」

「目立つって。目立ってどうするんですか?」

「目立てば、それがエリアSの宣伝にもなるじゃない。このエリアが注目されるってことよ。そうすればいろんなところと交流も増えるし活気も出ると思うの。それってエリアSにとって有意義なことでしょ」

「でも、私が出たからってそんなに上手くはいきませんよ」

「そんなことないわよ。雅ちゃんみたいに綺麗な人、そうはいないから。出れば必ず目立つから。何もしないで長嶺さんの傍に立っているだけで周りがざわつくわよ」英子は微笑んだ。

「どうかな、それは」

「本当よ。雅ちゃん。ここでおじさん、おばさんに囲まれてるから、感覚がマヒしちゃってるのよ。ほんと都会に出ればモデル事務所にはスカウトされるし、ナンパなんか、され放題よ」

「……」

「軽い気持ちでいいじゃない。長嶺さんについて行ってみなよ。そうすればいろんなことがわかると思うから。私が言っていることが何一つ間違ってないってことも全てわかるから」

「会議、ですか?」

「兎に角、行って。考えるのはそれからでもいいじゃない?」

「……」

「行かないで決めるより、行ってから決めた方がいいわよ。行けばきっと広い世界を垣間見ることが出来るから。こんな片田舎で土いじりなんかして、一生終えるてる場合じゃないってわかるはずよ。だから、ね、行きなさいよ。それでいいよね?」

「じゃぁ、とりあえず、今回だけ」雅は渋々了解した。

「よし決まり!」

「決まりって。ただ会議に付き添うだけですよ」

「わかってるわよ。それで充分」

英子は微笑み、「じゃぁ」と言って上機嫌でハウスを出て行こうとした。

ドアを開けて出る前に英子は雅の方を振り向いて指さした。

「必ず注目の的になるわよ。楽しんでらっしゃい」

英子は笑顔でハウスを出た。

雅は英子を見送り、深いため息をついた。

これで良かったのか自分でもわからなかった。


あくる日の早朝、長嶺と雅は会議に出席するため広島に向かった。

会議と行っても雅は出席しない。

会議に出席するのは生活向上庁の役人と各地のエリアマネージャーとエリアの作物を加工している民間企業の関係者である。

出席者はそのまま会議の後に開かれるレセプションに参加する。家族を連れてきている者は家族を伴って出席する。レセプションは親睦会と出席者の家族サービスのために開かれているようなものであった。

雅もまた長嶺と一緒にレセプションから出席した。

すると英子の言った通りになった。

レセプションが始まるや否や、出席者の視線は長嶺と雅に集まり二人は注目の的となった。いや、厳密に言えば的になっているのは雅だった。

レセプションに出席していた若い男性が二人に近づき声をかけてきた。

「長嶺さん」

「あ、どうも」

「いやいや。いつも一人で出席されてる長嶺さんが、本日はまた随分綺麗な方と一緒じゃないですか」

若い男は雅を見ながら長嶺に話しかけてきた。

「いやぁ、まぁ」長嶺は照れて言葉に詰まった。

それとは真逆に雅は連れられてきたという意識があるせいか、物怖じすることもなく至って平静だった。

「もしかして奥様でいらっしゃいますか?」

「違います。今日はたまたま連れてきただけです」

長嶺は照れながらどこか釈明するように言った。

雅は若い男に向かって姿勢よく落ち着いた口調で挨拶した。

「初めまして、樋口と申します」

雅は普段と変わりなく挨拶するも逆に挨拶された方が雅の美しさに圧倒され、たじろいだ。

「ああ、初めまして」

男は頭を掻いて照れ隠しをした。

その様子を少し離れたところから伺っていた男たちが次第に長嶺と雅に近づき、さりげなく長嶺に声をかけてきた。

「長嶺さん。こちらの方は彼女?」

「そんなんじゃないですよ」

「でも、会議に連れてこられたんだから」と探るように聞いてくる。

長嶺はなんと答えていいのか迷った。

すると傍にいる雅が答えた。

「私はエリアSで働いている者です」

「秘書か何か、してるんですか?」

「いえ、単なる農作業をしています」

「本当ですか!」周りから驚きの声が上がった。

「エリアSでは、こんな綺麗な方が農作業をしているんですか!」

「え、あ、いや」長嶺はまた言葉に詰まった。

取り巻きたちは間髪入れずに言った。

「羨ましい!」

「俺もエリアSのマネージャーになりたかった!」

長嶺は、あまりにも周りが勝手に騒ぎ出すので収拾がつかず、その場を取り繕うことが出来なかった。

取り巻きたちはそんな長嶺を意に介さず雅に話しかけた。

「可愛い子は沢山いるけど、こんなリアリティが感じられない完璧の美人は初めてお目にかかった! なんか存在がほんと嘘みたいだ!」

「俺もこんな綺麗な人を見たのは生まれて初めてだ!」

「均整がとれてるというのはこのことを言うんだな。まるで神が創造したみたいだ!」

「こんな美人がエリアSにいるのなら野菜なんか栽培している場合じゃないぞ。この人をいち早く、芸能界に送り出した方がいい! エリアの印象アップに繋がる」

取り巻きはひっきりなしに雅の美しさを称えた。

雅も段々、言われることで気分が良くなってきたのか自然に笑みが零れるようになった。

「皆さん、ほんとお世辞がうまいんですね」

「いやぁ、お世辞なんかじゃない。なぁ」取り巻きの一人が他の取り巻きたちに同意を求め、みな同調した。

雅も場の雰囲気に慣れてきたのか、自然と取り巻きたちと歓談するようになった。

長嶺はそれを微笑ましく見ていた。

今夜のレセプションはかつてない盛り上がりを見せた。

雅もまた今まで味わったことのない、いつもと違う楽しい夜を過ごした。

それは長嶺も同じだった。

今まで付き合いでレセプションに出席していたが今夜は違う。確かに盛り上がりの中心にいるのは雅だったが雅を連れてきた長嶺もまた恩恵を受けた。

レセプションで自分がこんなに目立ったことはなかったが美人の連れがいるだけでこんなにも周りが騒ぎ、自分に近づいてくる人が増えることを身をもって感じた。

これは仕事にも人間関係にも大いに影響を与えると痛感した。


〈美人が傍にいるとこんなにも周りの態度が変わってくるものなのか〉


二人は今夜のレセプションの主役となり、エリアSの存在を大いにアピールすることとなった。

雅もまた長嶺と一緒にいるとどういうことになるのか身をもって知る処となった。



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