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第32話:揺らぐ老大国

 ムナリス本国からの伝令は、矛盾に満ちていた。

 ——東部防衛部隊から兵を捻出し、再攻勢の準備をせよ。

 ——だが国境防衛を疎かにするな。

 老いた国家の軍令部は、既に自壊を始めていた。


 「……東部を削れば、カルドミアが動く」

 砦の一室で報告を受けたオレは、唇を噛んだ。

 事実、その通りになった。


カルドミア王国はすでに騎兵と小銃を携えた歩兵部隊が国境沿いに展開し、軽機関銃や迫撃砲の陣地を構築し始めたの報告が入った。


 「“国境警備強化”と称しているが……」

 マクシムが渋面で呟く。

 だが皆、目的は明白だと理解していた。

 ——機を見て東に打って出る気だ。


 さらに追い打ちをかけたのは、ムナリス内部の報だった。

 東西辺境の小貴族たちが次々に旗を翻し、反王政を掲げて蜂起したのだ。

 「魔法師を無駄死にさせた王は無能だ」

 「領主自らが民を守るべきだ」

 長年、抑え込まれていた怨嗟が一斉に噴き出していた。


 要塞前面に残っていたムナリス軍残存部隊は、戦意を失っていた。

 日ごとに陣営は痩せ細り、ある朝ついに彼らは陣幕を畳み始めた。

 「撤退だ……!」

 それは敗北の宣告に等しかった。


 かつて数万を誇った軍勢は、瓦解した隊列のまま南方へと退いていった。

 兵士たちは武器を捨て、馬は鞭打たれても進もうとしない。

 その惨めな撤退を、ルミナス要塞の人々は呆然と見つめていた。

 だが次の瞬間、爆発のような歓声が要塞を揺るがした。


 「勝った! 本当に勝ったぞ!」

 「ルミナス要塞は守られた!」

 「中央平野は独立を掴んだんだ!」


 だが、熱狂の中心で、オレは床に崩れ落ちていた。


 《刹那永劫》を二度も放った代償は、想像を超えていた。

 筋肉は裂けるように痛み、魔力の枯渇で全身が痙攣する。

 視界は霞み、喉から血が滲む。

 「……っ、は……」

 声を出すことすら困難だった。


 「コウくん!」

 アリシアが駆け寄り、オレを抱き起こす。

 冷たい布を額に当て、震える指で髪を撫で、荒い呼吸を整えようと必死だった。


 「もう、無理をしないで……」

 彼女の声は涙に濡れていた。

 AIとしてではなく、一人の女性の魂を宿して、オレの身を案じている。


 「……大丈夫だ」

 かすれ声でそう答えると、アリシアは強く首を振った。

 「大丈夫じゃない。あなたは自分を削りすぎてる」

 彼女の瞳は、怒りと悲しみが入り混じった光を宿していた。


 オレは弱々しくも笑った。

 「しかし……勝ったんだ」


 要塞の外では、人々が抱き合い、涙を流して勝利を祝っていた。

 鐘が鳴り響き、太鼓が鳴り渡る。

 歓喜の波は要塞を震わせるほどだった。


 だが、オレの視界に映っていたのは、目の前のアリシアだけだった。

 彼女がいなければ、立ち上がることも、再び戦うこともできなかった。

 その腕の温もりに包まれながら、オレは薄れゆく意識の中で誓った。


 ——この勝利は奇跡ではない。

 民と兵が、自らの意思で掴んだ勝利だ。

 そして、その未来を守るため、オレはもう一度立ち上がる。


 歓呼の嵐の中、アリシアはただオレの耳元で囁いた。

 「……大丈夫。あなたは一人じゃない。私がいる」


 その言葉に、消えかけた意識がわずかに繋ぎ止められた。

 ムナリスは今まさに崩壊へと足を踏み出している。

 だが——その瓦解の先に生まれる未来を選ぶのは、オレたち自身なのだ。


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