第29話:補給線の誕生
ムナリスの歩兵と騎兵の突撃が途絶えてから、数日。
戦場は奇妙な静けさを取り戻していた。
「敵軍、後方へ退いた模様! 陣営を再編している!」
観測所の報告が届くと、兵士たちは押し殺したような歓声を漏らした。
だが安堵は一瞬だった。
——この静けさは、嵐の前の休止に過ぎない。
「今のうちに、補修と補給を急げ!」
マクシムの声が要塞を駆け巡り、兵士と民が総出で破損箇所を修復した。
砲撃で抉られた石壁に新たな石を積み、崩れた塹壕に土嚢を並べる。
負傷兵がまだ呻き声を上げる中でも、手は止まらなかった。
だが、ただの肉体労働では到底追いつかない。
ここからが、中央平野の「国家としての力」の見せ所だった。
湖畔から南方街道へと、真新しい鉄路が伸び始めていた。
「汽笛だ!」
子どもが叫び、兵士も振り返る。
轟音と共に、黒い鉄の塊が街道を駆け抜けていった。
蒸気を吐き出す機関車の貨車には、穀物の麻袋、木箱に詰められた薬品、武具と弾薬が山のように積まれている。
——鉄道。
それは中央平野初の鉄道網だった。
アリシアが設計を示し、職人や鍛冶屋が血眼になって鋼材を鍛え、農夫たちが休むことなく1日3交代で枕木を敷き詰めた。
数週間で完成したこの奇跡の路線は、補給速度を、それまでの十倍に高めた。
「馬車で数日かかった物資が、半日で届く……!」
オレは息を呑んだ。
「これなら……要塞は持つ」
物資だけではない。
ヴァルシェンからは鉄鉱と鋼材が、リュミナリエからは香辛料と医薬品が、カルドミアからは木材と穀物が、それぞれ隊商を組んで街道へ送り込まれていた。
「協商条約の効果が……もう現れてるのか」
オレは輸送隊の旗を見つめて呟いた。
かつては辺境民の寄せ集めに過ぎなかった中央平野が、いまや大陸諸国の交易路に組み込まれている。
ムナリスの魔法師部隊を壊滅させた一撃は、協商国に「この地は生き残る」と確信させたのだ。
要塞の中では、補給物資が次々と仕分けられた。
乾パンや干し肉を抱えた兵が笑い合い、弾薬箱を運ぶ傭兵が冗談を飛ばす。
「飢えずに済むなら、また戦えるさ!」
「火薬がある限り、俺たちは負けん!」
アリシアは負傷兵の間を歩き、一人ひとりに声をかけた。
「食べて、力を取り戻して。もう空からの脅威は来ない。あなたたちの戦いは決して無駄じゃなかったのです」
その声は兵士たちの心を再び鼓舞し、折れかけていた士気を再び立ち上がらせた。
オレは砦の上から、汽笛と人々の声が交じり合う光景を眺めた。
「……これが、国家になるってことか」
炎龍を討ったときは、ただの一人の自己実現だった。
だが今は違う。
数万の民が自らを支え、協商国が物資を送り、この鉄路が未来を繋いでいる。
中央平野は確かに「国家」として息づき始めていた。
だが同時に、心の奥に重苦しい影も渦巻いていた。
「……ムナリスは、このまま終わる国じゃない」
アリシアが隣で頷いた。
「ええ。必ず再び攻めてくる。だけど——私たちも、この補給線がある限り、負けない」
オレは静かに頷き、遠くに霞む南方を見据えた。
戦いはまだ終わらない。
だが、いま確かに、中央平野には「勝ち得る希望」が芽生え始めていた。




