第23話:戦場の小休止
夕刻、ようやく鼓音が途絶えた。
ムナリス軍は撤退の合図を鳴らし、戦場は赤黒い死屍と煙の海と化していた。
「敵軍、後退! 追撃の兆しなし!」
観測所の報告が響くと、兵たちの間から押し殺したような歓声が漏れた。
だが喜びの声はすぐに消え、代わりに呻きと嗚咽が要塞全体に満ちた。
塹壕は泥と血でぬかるみ、倒れた仲間を担ぎ出す者の姿が続いていた。
「水を! 水を!」
「止血だ、早く布を!」
リオナやその部下達―衛生兵達が走り回り、薬草を刻み、包帯を巻く。その顔には疲労が滲んでいたが、手は一瞬も止まらなかった。
破壊された塹壕の一部では、すでに修復作業が始まっていた。
傭兵たちが木材を担ぎ、職人たちが土嚢を積み直す。
「夜のうちに塞げ! 明日にはまた来るぞ!」
泥と汗に塗れたその姿は、もはや兵と民の区別がつかないほどだった。
オレはアリシアと共に、陣中を歩いた。
銃を抱えて座り込んだ若い兵士の前で立ち止まる。
「怖いか」
問いかけると、彼は必死に首を振った。
「いえ……もう一度来ても、撃ち返せます。俺たちの弾は……効きました」
その震える声の奥に、確かな誇りがあった。
オレは頷き、肩を叩いた。
「よくやった。その一発一発が、この平野を守ったんだ」
さらに進むと、鉄条網を修理していた女たちが顔を上げた。
「コウヤ様……私たちも戦えます」
「戦っているさ」オレは応じた。
「お前たちが手を動かしている限り、この要塞は生きている」
その言葉に、彼女らの目がわずかに潤んだ。
アリシアは負傷兵の列に膝をつき、一人ひとりの手を握っていた。
「大丈夫。あなたは生きて帰れる。ここで戦ったことは必ず未来を守るのです」
その声は不思議と力を持ち、痛みに顔を歪めていた兵士の瞳から涙が溢れた。
「……女神様……」
誰かがそう呟き、それは周囲の人々の胸にも響いていた。
夜が訪れ、要塞には焚き火の光が並んだ。
疲労と痛みに押し潰されそうになりながらも、人々はまだ声を失ってはいなかった。
オレは焚き火の前に立ち、兵士と民を見回した。
「今日、お前たちはムナリスに大きな傷を与えた。奴らは思い知ったはずだ。この平野が易々と奪えるものではないと」
アリシアが隣で微笑んだ。
「ここで止まらなければならない。明日も、明後日も。みんなで光を絶やさなければ、きっと勝てます」
その言葉に、兵たちは力なくも拳を掲げた。
「ルミナス要塞は……落ちない!」
叫びはかすれていたが、確かに響いた。
戦場は今だけは小休止している。
だが、それは嵐の前の静けさに過ぎない。




