第12話:要塞計画
「……侵攻路は一つだ」
マクシムが地図を叩き、低く言った。
広げられた大陸南方を表す地図には、中央平野とムナリス王国とを隔てる高山地域が描かれている。連なる峻険な岩山は、白銀の峰を天に突き立て、人の往来を拒んでいる。それはオレ達がかつて炎龍討伐に向け、当時の中央高山に踏み入れた時から変わらない。南方において、その切れ目となっているのはただ一箇所。ムナリスから中央平野へと通じる唯一の街道——アリシアが〈天地創造〉で穿った道筋だった。
「他の山岳は人を寄せつけん。千の兵を送ろうが、雪崩と断崖で自滅する。ゆえに敵は必ずこの街道を通る。通らざるを得ない」
マクシムの声は確信に満ちていた。
「一本道である以上、大軍を展開する余地はない。逆に言えば——ここを突破されれば、中央平野全体に雪崩れ込む」
重苦しい沈黙が会堂を覆った。
皆、その一言の意味を理解していた。
オレは地図の上に手を置いた。
「そもそも、この街道はオレと―アリシアが天地創造によって形作ったものだ。オレは3カ国との外交が不調となった場合には、最悪の場合、アリシアとオレで塞ぐ事も考えていた」
これはオレの偽らざる本音だ。
オレは周囲を見渡し続けた。
「―だが、それではこの中央平野は閉塞したままの場所になってしまう。そして、ヴァルシェン・リュミナリエ・カルドミアとは既に、協商関係が成立している。
―我々が望んだタイミングだけ街道を開き、そうでなければ自由に街道を塞ぐ姿勢を見せれば、それは自由交易を自ら否定する事にもなりかねない。だからこそ、この街道はこのまま堅持し、そしてこの街道を“鉄壁の要塞”として守り切る」
アリシアが静かに補足する。
「一本道だからこそ、防御側には圧倒的な利があります。街道の周囲に縦深構造の要塞を築けば、数万の軍勢であっても、少数で食い止められます」
マクシムが頷き、説明を続ける。
「まず街道周辺に堅牢な前線堡塁を築く。敵の斥候を退け、魔法師を誘い出す“盾”だ。
次に高山エリアを通る街道部。東西の峡谷を利用して主砦を構える。厚い石壁と砲台、塹壕を組み合わせ、敵を徹底的に磨り潰す。
最後に後方には補給拠点と避難所を設け、民と兵を支える。三重の構造があれば、一度の突破では決して平野に到達できない」
地図の上に赤線が重ねられ、要塞線の構想が浮かび上がっていった。
だが、農夫代表が不安げに声を上げた。
「……だが、それだけの砦を築くとなれば、膨大な労働力が要る。畑は誰が耕す? 民を労役に駆り出せば、飢える者が増えるのでは……」
アリシアが机に指を走らせ要塞線を描いた。
「要塞の基本的な形はコウヤと私が、天地創造によって形作ります。それによって、必要となる労働力は大きく減らす事が可能でしょう」
「そもそも畑もまた要塞の一部だと考えて欲しい」
オレもアリシアに続けて答えた。
「補給を断たれた要塞は一瞬で死ぬ。逆に食糧が潤沢なら、いくらでも持ち堪えられる。耕すことは戦うことだ。だから農業と要塞防御は切り離せない」
農夫代表は目を丸くし、やがて深く頷いた。
「……そうか。畑も砦の壁なんだな。ならば民は命を懸けてでも耕すだろう」
マクシムはさらに声を低めた。
「ただし、注意せねばならん。要塞は敵を食い止める“餌”でもある。敵魔法師は必ず空から奇襲を仕掛けてくるだろう」
オレは頷き、拳を握った。
「分かっている。要塞は航空攻撃に無力だ。……だがこの世界で空を支配するのは魔法師部隊だ。オレがラグナを纏い、彼らを討つ。その限り、要塞は決して棺桶にはしない」
リオナが苦渋の表情で言った。
「でも、もしコウヤが倒れたら……」
「その時は——この平野が滅ぶ時だろう」
オレは静かに言った。
「だが、だからこそオレがここにいる。上位世界―オレがいた世界における歴史が示していた“要塞の敗北”を、この世界では覆す。……それがオレの役割だ」
重苦しい空気が一瞬だけ揺らぎ、やがて熱気へと変わった。
アリシアが微笑みを浮かべ、声を響かせた。
「要塞は石と土だけでできるものじゃない。人々の“希望”を積み上げてこそ、砦になるんだよ」
「……ああ」
オレは深く頷いた。
「この唯一の街道を、希望と決意で守り切る。可能な限り犠牲を出す事を避けて守り、この街道に築かれた要塞を、人々の未来を守る象徴にするのだ」
その言葉に、会堂は大きなどよめきに包まれた。
ファルクが声を張り上げ、農夫代表が拳を震わせ、リオナも静かに頷いた。
マクシムは短く笑みを浮かべた。
「よし。ならば全力を挙げて築こう。この平野を守る要塞を!」
外では市場の喧騒と建築の槌音が響いていた。
だがこの瞬間、会堂を揺らしていたのは、それ以上に大きな「決意の音」だった。
——こうして、中央平野の唯一の侵攻路を塞ぐ要塞計画が、ついに動き出した。




