・・・・・・・・音出したらダメだよ?
場所は変わり、そこは真っ暗な世界、人では灯り無しでは奥へと進むのが困難と感じるほどに暗い場所。
地理的に言えば、少女が先ほどまでいた薬屋がある街、そこから少し離れた森の中。離れているがゆえに街の灯りすらも届かない、頼りになるのは月の灯りだけ…
そんな真っ暗な森の中、少女は迷うことなく森の奥へと進んでいく。
森の奥へと進めるのも、それは少女にとって馴れた場所だからなのだろう。
月明りしかなくとも少女にとって目的の場所など迷うことなく進んでいく。
ただ、街と違い少女は警戒を高め歩いていた。
それほどまでに熟知する迄何度も往復してきた場所であろうと警戒を怠らず、足音を殺し気配を出来る限り周囲へと広がらないように…
慎重に…慎重に…進んでいくのだが…
少女は、いくら慎重に進んだとしても背中にはいくつもの視線が突き刺さっているのを感じ取っていた。
道中も様々な視線を感じたとしても少女はそれに敵意が無く殺意が込められていないのだけは察することが出来ているのか、振り返ることなく視線を感じたままでも進んでいく。
森の奥へと進む少女へと視線を向ける何か達は、少女に視線を向けるだけで危害を加えようとは考えていないのか、ただただ、少女を見つめていた。
森に住まう何か達も、少女がこの森の場所を塒にしている生き物であると、わかっており、少女が自分達に危害を加えるような相手ではないとわかっているのだろう。
ただただ、少女が自分達に向かってこないようにと警戒しているだけだった。
それもまた、少女は理解しているのか、特に気にすること、ある視線や足音、息遣いだけを警戒し慎重に森の奥へと進んでいくのだが…少女はつい笑みをこぼしてしまっていた。
きっと、何かに見られてるなぁっという感覚がくすぐったかったのだろう。
様々な生き物気配を感じ、視線を感じ、息遣いを感じながら、少女は月明かりだけが頼りの世界を進んでいく、月明りによって僅かに見える目印を頼りに塒へと進んでいく、まるで、月明りが少女を目的の場所へと誘うように…
月の光に導かれるように森の奥へと進んでいくと…
ある大きな木が見えてくる、その大きな木へと少女は近づいていく、まるで木に吸い込まれていくかのように…
少女が木の根元に辿り着くと確かめるように木に触れると、少女はある場所を触り頷く。
どうやら木の幹に少女だけがわかるような目印、傷跡のような目印があるのだろう。
少女の目の前ある木は、少女の身長の何倍もあり、その大きさは高さだけではなく太さも周りの木々よりも何倍も太く、それはもう立派な大きな大きな木だった。
少女は木に触れながら周囲を見渡して人の気配や、警戒するべき相手の気配がないのか音と目でしっかりと確認を行う。
確認をしてほどなく、大きな木の根元に生い茂っている草むらへと近づいていく
少女の目の前にある生い茂った草むらは、木に寄生するかのように大きな木に絡まって育っている蔓状の草だった。
その草は木に絡まるようにし幾重にも枝分かれし葉を広々と開き生い茂るように大きく育っている。
どこからどう見ても生い茂った草むらにしか見えない草むらの奥へと少女は手を突っ込み
『ん、しょっと』
慣れた手つきで幾重にも複雑に絡み、遠目で見ただけでは草の塊としか思えない程の草の塊を取り出した。
どうやら、少女は生い茂った草むらの中から取り出したのは、草で編んだ蓋のような品物だった。
生い茂った草むらから蓋を外すことによって大きな木の下には少女一人くらいなら易々と入ることが出来る大きな空間が顔を出した。
少女は迷うことなく木の根元の草木で覆われた小さな空間へと腰をかがめ四つん這いで入っていき、先ほど外した蓋を少女が来た時と同じようにはめ込み少女は木の根元、その奥へと進んでいった。
四つん這いで数歩だけ進むと、目の前には入り口と同じように草木が生い茂っていて、その先が見えないほどだった。
少女は前にある生い茂った草木へと手を伸ばし
『ほいしょっと』
少しだけ草木を小さくかき分けるように押し開くと、少女が居る空間に僅かな月の光が入ってくる。
その光はとても細く弱々しいとも感じてしまいそうだけど、少女はその光を弱いと感じることなく寧ろ、柔らかいと感じ、その光を見るとつい安心してしまっていた。
そんな優しい光が少女を暗闇から守るように差し込むと、その光の後を追うように森の匂いも木の根元にある僅かな空間へと、僅かに流れ込んでくる。
少女は、その光を僅かに浴び、鼻先を前へと向け、軽く息を吸うのだが、その吸う音すらも極力殺すようにしていた。
鼻から息を吸い、ゆっくりと息を吐くと、少女は心の底から安堵したのか、緊張した表情が緩み木の下にある小さな空間で体を丸めるようにして横になった。
横になって一息ついてから、体を弄るようにし巻き付けてあるポーチを体から外してからポーチの中身を確認するために差し込む光の中へとポーチを置いた。
月明りを頼りに床に置いたポーチから袋を取り出し袋から丸くて硬そうな何かを取り出すと、少女は躊躇うことなく口の中へと放り込んだ。
「・・・」
口の中に放り込んだ丸く硬い何かを舌の上で転がし始める、そう、少女はまるで飴でも舐るかのように丸くて硬い何かを舐り続け始めた。
何故、そうするのか、答えは単純にとても硬いからだ、口の中に含んだ食べ物は噛み砕くことが出来ない程に硬い。
柔らかくなるまで舐り続けていると、ふと、ある言葉が思い浮かび少女は横になっている姿勢をあぐらをかくような姿勢へと変え、お行儀よく座った瞬間、安心できる場所だからなのか、昼間に起きた有り得ない出来事の連続がフラッシュバックし
「にひひ」
ついつい、比較的安全な場所とは言え危険な場所だというのに音に出して小さく笑ってしまった。
ここは森の中心に近い場所…
音に反応する危険な生き物がどこに潜んでいるのかもわからないほどに危険な場所、音を出すというのが如何に危険な行為なのか…
少女は何度も危険な目にあい理解しているはずなのに
つい、心が躍りすぎてしまったからなのか感情が喉を通り溢れ出てしまった。
少女は、溢れ出てしまった感情に蓋をするように慌て、両の手で口を塞ぐようにし、周囲の音へと意識を集中させるように向ける…
まるで警戒心丸出しの猫のように…
まるで自分のテリトリーに誰かが近づいてきたのを察知した犬のように…
僅かな気配すらも気が付けるようにと少女は全神経を研ぎ澄ますように集中していった…
音・・・
僅かに草木を揺らす程度に通り抜けていくような風によって揺れる木の葉の音・・・
それ以外、聞こえてこない
匂い・・・
地面の匂い、僅かに通る隙間から感じるのはいつもの匂い・・・
決して、血肉を求める獰猛な獣の息遣いから溢れ出る独特の匂いはなかった
視線・・・
視線を遮るこの場所からは何も感じない・・・
こちらへと気配を探る様な舐る様な気配はなかった
ありとあらゆる気配を探り続けること数分・・・
張り詰め緊張が抜けない抜いてはいけない・・・
っが、静寂という答えによって、安堵したことによる少女の小さな、誰にも聞こえない程度の音によって緊張した瞬間が終わりを告げた。
『よかった』
周囲から近づいてくるような息遣いも足音も草木が揺れるような音が何一つ少女の耳、手、肌に伝わってこなかった。
その事に安堵した少女は胸を撫でおろし、口の中に放り込んだ硬い何かを舌や奥歯で感触を確かめ始めると丁度良い硬さとなっており慎重に音を出さないようにゆっくりと木材をカンナ掛けするかのように口の中に含んだ硬い食べ物を奥歯で削っていく。
少女が、ずっと口の中に含んでいたのは、小麦を丸め固めて焼いただけで塩っけすらなく小麦の味しかしない硬い食べ物。
街では保存食や携帯食として安く提供されており、大人や子供達のおやつのようなモノだった、そう、あの街で最も安い携帯食。
少女が警戒している間もずっと含んでいたことにより硬い小麦を焼いたものに少女の唾液が染み込んでいき、更に、警戒を解いてもいい頃合いにはちょうどいい塩梅の硬さへとなっていた。
何度も何度も食べてきたからこそ、少女はこの小麦を焼いただけのモノの食べ方を熟知している。
慣れた様子で、少しずつ少しずつ、奥歯で削り切るように小麦を焼いただけの硬い食べ物を噛む。
湿って柔らかくなった部分を僅かに削ることによってようやく食すことが出来るゆえに、食べるのに時間が掛かるので小腹が空いた時として街では働き手の小腹を満たすのに重宝されている。
それが、この森に拠点を築き生活する、少女の一日の…貴重な食事内容だった。
貴重な食事を味わい尽くそうとゆっくりと削っていると、ついつい、少女は昼間起きた出来事を思い出してしまっていた。
お陰でいつもだったら苦痛を感じてしまう食事だというのに至福を感じてしまっていた。
今まで感じたことのない高揚感を噛み締めるように長い時間をかけて一個目の小麦を焼いただけの食べ物を食べ終えると、少女は迷うことなく二個目に手を伸ばしたのだが、袋を掴んだ瞬間に口の中がカラッカラに渇いていることに気が付く。
このまま、二個目を食すとなると唾液が出てこないため食べるのに物凄く時間を要すると過去の苦い経験から判断し、少しでも口や喉を潤わせるためには水が必要だと頷いてから、月明かりを頼りに鞄の中から、拳大ほどの袋を取り出し袋の尖った先端を口にくわえ含むように口の中へと水を流し込む。
少女が取り出した袋の中身は、街の井戸からこっそりと汲んできた水が入っていた。
本来であれば街の人しか汲んではいけない決まりがある。
そんな貴重な井戸の水を零さないように少しずつ口に含み、ゆっくりとゆっくりと時間をかけて飲み込んでいく




