いけないいけない!礼儀大事!もう、私には行くとこ無いんだから
少女のあどけない仕草に先生は目を細めてからすぐ隣で背筋を伸ばしている弟子へと指を動かして何か指示を出すとお姉さんはその指示を受け取ったのか小走りで建物の奥へと行き姿が見えなくなってから先生が小さな声で少女にだけ聞こえるように
「何か、あったのかい?」
先生は目を細めたまま少女に質問をもう一度投げかけると、少女はその言葉を聞き驚いた顔をしていた。
少女は、夜遅くなったとしてもここに急いできたかった理由の一つを思い出したのだ。
昼間に起きた出来事をこの街で一番の物知りである先生に質問をしたかったのを思い出し「あ!はい!」返事を返してから直ぐに、胸元へと手を当て、優雅に気品よく頭頂部が相手に見えるほど頭を下げてから、優雅に上体を起こし、背筋を伸ばし、真っすぐに先生へと視線を向け
「永くを生き永久を語りし悠久なる、えっと」
目の前にいる先生に質問をする際に述べないといけない口上の途中で少女はうっかりなのか、滅多に言わない言葉だからなのか、次の文を忘れてしまい明後日の方向へと視線を向けて必死に思い出そうと口ごもっているとその仕草を見た先生は小さく笑みを浮かべ
「ふふ、よいよい、そのような前文句、君と私の間柄だ」
先生は目を細めたまま手の先を軽く横に振り
「私が質問をしているのだ、君が質問をしているのではない、遠慮はいりません」
礼儀作法を省略しても良い理由も説明すると少女は自分の至らなさからくる恥ずかしさに、ついつい誤魔化すように照れ笑いをしてから、山で起きた出来事を博識である彼に相談という名の質問をすると、その内容が先生としても思ってもいない想像したことが無い内容だったためなのか、今まで見たことが無い驚いたような表情をしてから静かに己を冷静保とうと何度か髭を整えるように触り始めた。
少女は、そんな仕草を見せたことのない先生の姿をじっと見つめ、彼が何か言うのを待ち続けた。
先生の指先が髭の端っこへと行き、また、口元へと戻ってくる、そんな仕草を見守っていると
「珍しい…いや…」
少女の耳はその小さな呟きを聞き逃さなかった。
これからご高説が始まるのかと背筋を伸ばし傾聴の構えをとる。
そう、少女が知る中で最も物知りである先生だからこそ知りたかったこと、ここまで走り抜けてでも迷惑をかけるのだとわかっていても知りたかった未知なる出来事。
今!聞いておかないと、未知に溢れ好奇心で夜も眠れそうもないと感じてしまう程のワクワク、先生であれば未知から既知へと変えて頂けるのだという期待感を抱き、先生の言葉を待ち続けるのだが…
これからくる期待感、膨らみ続ける好奇心を胸に待ち続けたのだが…
困ったことにその願いはかなえられなかった。
先生は、何か小さく呟いたと思ったら、指先をそのまま口元、いや、顎をなぞる様に摩り続けるだけで、期待し続けている言葉…その先が出てこなかった。
少女は先生を真正面から見つめても、不思議と視線が交錯することが無かった。
先生を真正面から見つめ続けていると、先生の髭が僅かに震え少女は耳に全神経を集中させると
「白く輝く鉱石?知りうる鉱石は、あれしかあるまい?いやいや、だとしたら、ありえぬ。だが、もし、もしもだ、そのような品で鎧を?酔狂な奴は広き大地を探せばいるやもしれぬが?あれで?鎧を?そも、高貴な…だとすればどこぞのか?いや、であれば、そこまで阿呆は居ないと思いたいのだが…仮に、だとしても、白く輝く鉱石であれば特性が違う。なら、特性から逆算を?熱を持つ金属では?いやしかして、雪すらも溶かす?であれば、白くはない、なれば、色を変えれば?塗装?そも、塗装は熱に耐えれるのか?出来たとして何故塗装を施す?そも全身を覆う鎧?フルプレートアーマー?あの山で?目的が見えぬ…誰が?何をしに?あの山に希少な鉱石でもあるのか?いや、高貴な者であれば、まて、一人か?何処かに従者がいるのか?それもわからぬ…ううむ、だとすれば」
先生の口から早口で溢れ出てくる言葉の羅列に、傾聴の構えで一語一句聞き逃さないようにと構えてみたが、少女からすれば何かの呪文にしか聞こえてこなかった。
先生であれば答えを直ぐにでも教えてくれるのかと期待してしまった少女として、こうなってしまうとは想像していなかった、今回の一件は薬学に関する出来事ではない為、わからないのであれば、わからないと、きっぱりとさらっと流すように言ってくれるだろうとも思っていたからだ。
誤算があるとすれば今のような状況になるとは思っていなかった。
先生がこうなってしまうのは薬学の研究に勤しんでいる時だけだと勝手ながら少女はそう思っていたからだ。
過去に、頼まれごとの採取を終えて店に入ると、薬をすり潰したり煮たりしている先生がいたので、最初は驚かせないように小さめの声で何度か話しかけても一瞥すらなく何も反応が返ってこなかったこと、大きな声を出しても何も反応が返ってこなかった、触れるわけにもいかず、少女はただただ、報酬を貰いたいだけなのに、ただただ、店のど真ん中で店の物は勝手に触ってはいけないので何も触れまいと立ち尽くす事しか出来なかったっという苦い経験がある。
好奇心旺盛でじっとしていられない少女にとって、ただ待ち続けるというのは拷問に近かった…
いつもなら店の中にいる弟子であるお姉さんの姿も無かった、きっと何かの使いで外に出ているであろうお姉さんが帰ってくるまでの間、少女は、大人しく待ち続け暇すぎて死んでしまいそうっという辛い出来事が少女の脳裏に蘇ってき、あの時の嫌な気分によって湧き上がっていた好奇心が上塗りされるように消えていってしまった。
薬学のこと以外でこうなってしまった先生を見るのが初めてな少女は、好奇心よりも自分のせいでこうなってしまった先生を如何にか出来ないかと、先生の周りを回って歩いてみたり、先生の前で手を振って見たり、あの手この手を頑張ってみるが…
残念なことに反応が返ってこなかった、その間もずっとよくわからない言葉が溢れ出ていた。
自分の質問から始まってしまったこの状況、どうしたら良いのかと悩んでいると
「はい、ルーちゃんおまたせ」
いつの間にかお姉さんが少女の横に立っていて、手を前へと差し出してくるので少女は首を傾げ悩んでいる姿勢をとき、お姉さんの方へと顔を向け出来る限り綺麗な笑顔で差し出された手へとゆっくりと手を伸ばした。
お姉さんもその少女の仕草を見て微笑み返した
「報酬。今回は質も良かったし量も多かったからおまけしてあるからね」
少女は目の前にいる人物、その綺麗な顔立ちに見惚れてしまいそうになる、いや、ほんの僅かに見惚れてしまっていた。
惚けていないで、少女はいつもと同じように両の手を前へと出すと小さな重みが手のひらへと乗せられ、その重みに歓びが溢れ出てきた少女は感情に身を任せるように抑えつけるような事をせず、条件反射で
「ありがとう」
お礼を言いながらも手のひらにある重みを落とさないようにとしっかりと握りしめていた。
若いのに苦労をしている少女の笑顔を見たからなのか、お姉さんは微笑みながら
「こちらこそ、いつもありがとうね」
少女に優しく接してくれた。
お姉さんの包み込むような微笑みに、つい、またもや見惚れてしまっていると少女の視線からお姉さんの視線が外され、向けられた先は…先生の方に向けられ、呆れた様な表情、いや、困った様な溜息を軽く零していた。
何故なら、年老いた人物は、今もなお呪文のような言葉の羅列を途切れることなく言い続けていたからだ、流石のお姉さんも受け渡しの間、ずっと近くで囁かれ続けていれば、気になっていたのだろう、呆れた顔をしている。
その姿を見たお姉さんは鼻から小さな溜息を零してから
「先生は…そう、ね。こうなってしまったら、いつ計算が終わるのかわからないわね、このまま待ち続けていたら夜が明けてしまうわね、何か質問があるのなら明日の方がいいんじゃないかしら」
少女もまたお姉さんの助言に頷き「また明日きてもいいですか?」礼儀正しく頭を下げ素養のある仕草で許可を求めるとその仕草を見たお姉さんは、いつもの様に穏やかに微笑み
「ええ、もちろんよ。また明日おいで、きっと明日には…たぶん、先生はいつも通りよ」
優しく返してくれたのだが、先生の姿を見てすぐに苦笑を浮かべてしまっていた。
お姉さんは、先生の困った癖にどうしようもないわねっとジェスターをするように呆れた後は、少女に優しく微笑み返してくれた、その仕草を見て少女もまた嬉しそうに小さく笑い頷いていた。
そんな二人の微笑ましくまるで姉妹のような、どこにでもある些細なやり取りをしている間も、先生と呼ばれている老人は終わりがないのか永遠と続いてしまいそうな呪文のような言葉を未だに口から垂れ流しとなっていた。
そんな先生を放置しお姉さんは窓から外を見て
「夜も遅いでしょう?大丈夫しっかりと帰れる?送ろうか?」
優しい申し出に、少女は頷くことが無かった。
師である先生を弟子としてこのまま放置するのは良くないのだろうと考え、首を小さく横に振り申し出を丁寧に断ってから、手に握りしめた小さな重みを安全な場所へとしまうために、何枚も重ねている服をめくるようにして服の内側へと手を突っ込み、服の内側を弄り小さなポケットがお臍と一緒に顔を出した。
少女が重ねてきている服のどれかにポケットが縫い付けられていて、その服の内側に縫い付けてあるポケットから少女は袋を取り出し、袋へと小さな重みを入れ、零れ落ちないようにしっかりと紐を縛り、確認をするように逆さまにする。
袋を逆さまにしても中身が落ちてこないのを確認した後、目の前に人がいるのに気にする素振りすらなく、お臍が丸出しになっているのに更に服をたくし上げてしまう、少女の柔肌が見えたとしても気にする素振りが無い、これが少女にとって日常であるのだと示すかのように恥ずかしがることなく服の内側に縫い付けてあるポケットへと袋をねじ込んだ。
その姿を見つめ続けるお姉さんは、少々困った顔をしていた。
少女もまたその顔を見て、自身の服装が乱れてしまっていることにお姉さんを困惑させてしまったのだろうかと、もしくは、人前で肌を晒すのが恥ずかしいことなのかと考え、乱れてしまった服装を綺麗に整えてから、何も言わずただただ頭を下げるように一礼し、顔を上げると少女は少々照れ笑いをしていた。




