我が身を滅ぼす、そういう日がくるのだって覚悟していた、これが…
不思議と、少女は目の前にいるイキモノに襲われると言ったことが無かった。
常に逃げるという選択肢を選んできたのかもしれない、相手からすれば可食部も少なく美味しい相手ではないと思われ見逃されていただけなのかもしれない。
今回もまた、少女一人であれば見逃してもらえたのかもしれない…
だが、少女はそれを良しとしない。
何故なら、少女の後ろにいる傷ついた馬がいるからだ。
少女はこの動けなくなってしまった馬を守りながら戦うことが出来るのか…
正直に言えば自信など無かった
勝てる見込みもこの状況を打破するための何か…そんな算段も何一つない、そもそもこいつらと戦う事なんて一度も考えたことが無かった、この森ですむのなら目の前にいるイキモノに出くわさないようにいつだって気を付けて生活をしていた。
そんな少女が勇気、覚悟を決めたところで一体だけとはいえ勝てるというのか…
そんな都合のいい話なんてあるわけがない。
この世界は非情で無情、弱肉強食の世界なのだから。
勝てるわけが無い
勝てる見込みなんて何一つない
それを少女は痛く理解していた…
っで、あれば
少女は思考することをやめた
何故なら、考えれば考えるほど絶望的な未来しか想像できなかったからだ
少女は知っている、恐怖によって何も出来なくなるっということを
恐怖によって体は強張り絶望に飲まれてしまってはダメだと、身をもって体験している、この局面でそんな状態に陥ってしまったら最後
ただただ死にゆくだけであるのだと
少女は…幼いころから身をもって知っていたから…
少女は不安だけが膨れ上がる思考を捨て、何も考えず、ただただ、目の前で牙をむき爪を出しているイキモノへと全ての神経を研ぎ澄ますかのように集中していった。
些細な動きから敵の行動をよくする為に集中力を高めていく…
どんな動きであろうと合わせ、少しでも敵に手傷を負わせあわよくば、この場から立ち去ってくれるのかもしれない、思考を捨てるという覚悟を決める、そんな最後はそんな些細な希望を願ってから…
少女は思考を捨てた。
生きる為に…全ての力を相手の動きを見切るために
右手でナイフを持ちナイフの切っ先を敵に向けると、そういった経験が無い少女の右腕が震え出そうとしたため、震えないように左手で右腕の手首を握り込む。
瞬時に今必要な情報を思い出す。
街で観た兵士達の訓練風景を思い出し、ナイフを相手に突き刺す動作を再現するために、両足を広げ腰を落とし、膝や足に力を込めどの様な動きにも対処できるように呼吸を浅くし集中し続ける
そんな身構え迎撃する構えを取る少女の姿にイキモノは少しずつ少しずつ距離を詰めてくる…
絶対に後ろへと下がれない少女は詰め寄ってくるイキモノに刃渡り5センチも無い小さなナイフの切っ先を向け続けるのだが…
イキモノは目の前に少女を歯牙にもかけていないのか…
脅威にならないと判断したのか…
余裕を見せつけるように悠々と…
徐々に…
獲物の精神を追い詰めるようにし…
いつしか…
少女の鼻の奥に眉をひそめてしまうような臭い吐息が届いた…
両者共にあと一歩でも前に出ればお互いの鋭い牙が届く距離まで互いの距離が無くなると、少女は歯を食いしばり瞳に力を込め
弱者を害するモノへと
絶対に引かない!!
負けない!!!
殺してやる!!!!
と、気迫と殺意を込め全身全霊、今持てる全ての力を足に込め、大地を蹴った!!!
されど
少女は相手から一切目を背けず正面を向いていた。
前へと全身を投げだすかのような命を問わない決死の一歩目
少女の目はこれから起こりうる全てを受け入れているかのような力強い光を宿している、その光から少女の意志が相手にも伝わるかのように全ての意志を込めた…
その光に込められし意志、それは、全身全霊をもって…
自身が怪我をすることなんていとわない!
我が身のことなぞ何一つ!
考慮していない!!
死なば諸共!!
相手にそう伝わるように全体重を全ての力を小さなナイフに乗せ、自分の命ごと目の前にいるイキモノへと突進した!
の、だが…結果は、望んだ結果は…
得られなかった。
悲しい事にイキモノからすれば少女一人程度の命だとしても…
軽かった。
ただ一言
軽かった。
イキモノからすれば少女の決死の一撃は、軽い何かを乗せた程度の攻撃だった。
その程度なぞ脅威ではないのか、少女が全体重の全てを乗せたナイフを前腕部分であっさりと受け止めた。
刃渡り5センチの小さなナイフが腕に刺さりはしたのだが、その程度、痛くもかゆくないのか、腕にナイフが刺さったままだとしても少女を片腕で薙ぎ払った。
そして、その一連の動作によって少女の肩は切り裂かれた…
鋭い爪によって、少女の肩から赤い鮮血が飛び散った…
「ぃ…!!」
少女の小さな悲鳴と共に少女は薙ぎ払われた衝撃で地面へと転がっていく。
その悲鳴、その軽々と飛んでいく少女を見てイキモノは恍惚とした表情で舌なめずりをし少女に止めを刺すことなく転がっていく玩具を眺めていた。
力強く弾き飛ばされた少女は、庇うようにしていた馬の傍へと地面を擦る音と共に転がり、摩擦によって滑っていくのが止まるのと同時にイキモノによって切り裂かれた箇所を手で押さえ、このまま横になっていると抵抗する術を失うと判断し、すぐに立ち上がろうと顔を上げると
そこには絶望しか無かった
その絶望に少女の口からは小さな絶望の音が零れ落ちていた
「ぅ、ぁ…」
少女の眼前には少女の首くらいなら軽く噛み千切ってしまいそうな程の大きく開かれ溢れ出ている涎と共に鋭く尖った牙が迫ってきていた
眼前に迫る牙を前にして、何故か少女はその絶望を受け止めたのか、はたまた、諦めたのか、恐れ慄くことなく慈愛に満ちた様な笑みを浮かべ恐怖で表情が引きつっている馬へと手を伸ばし『私、頑張ったよね』そう小さく呟き、少女は…
最後の祈りを捧げようとした
馬や小さき獣は少女の姿を見て絶望を感じてしまっていた…
誰もが生きるということを諦めていた
イキモノに喰われるのだと諦めた…
残酷な死を覚悟した…その刹那、激しいうなり声が少女たちへと届いた。
「ガウルルル」「バァゥガ!ガァ!アゥア!」「ハルルルル!!」
諦めていたモノ達の耳の奥に届いた音、それは、日常であればその音を聞けば振り返ることなく逃げるべきで命の危険を感じさせ身の毛がよだつ音だった。
不可思議なことに、その音を聞いたにもかかわらず、生きると言うことを諦めたモノ達に慈悲なぞ無い肉を裂き骨を砕かれる様な苦痛が訪れることが無かった。
複数の唸り声を聞いた少女は祈りを止め目を開くと溢れんばかりの闘志を滾らせた複数の獣達の姿があった。
イキモノへと集団で襲い掛かっている獣達、その全てが少女と同じかそれ以上の大きさを有している、毛並みは白から灰色まで多種多様、マズルに皺を作っていなければ可愛げすら感じてしまう風貌をしているのだが…
決して近寄ってはいけない獣の一つである。
何故なら、イキモノへと襲い掛かっている全ての獣は少女程度の柔肌であれば容易く切り裂き骨を軽々と砕くであろう大きな牙と力強い顎を有しているからだ。
少女の目の前では凄まじい光景が広がっていた。
イキモノの命を奪わんと!
複数の獣が喉元を狙うように前から!!
頸椎を噛み砕こうと後ろから!!!
敵の脇腹を食いちぎろうと横から!!!!
敵の爪を封じようと腕に噛みつく様にと!!!!!
…複数の獣は一つの獲物に対して容赦なく四方八方から飛び掛かっていた。
この隙を見逃さない少女ではない!
強者同士が争っているのであれば弱者である少女たちはこんな絶好の機会を逃してはいけない!!直ぐにでも逃げるべき!!
…なのであるが、少女はこの状況がどうしてこうなったのか何か理由があるのだと、思考が動き答えを導き出そうとしていた。
何故なら、その複数の獣、その雄々しき姿に少女は見覚えがあったからだ。
イキモノへと勇みよく飛び掛かった複数の獣達。
その造形は、少女に襲い掛かってきたイキモノと見た目だけならとても似通っている部分が多かった。
敢えて異なる部分をあげるとなると、複数の獣は4足で歩くが、イキモノは2足で歩く、それくらいの違いしかない。
また複数の獣達はどれも大きかった。
背丈も大きさも少女に牙を向けた2足で歩くイキモノと大して変わらない
弱者である少女たちからすれば、この獣に出会うと言うことは、死を意味する。
なのに、少女は…畏怖すべき相手だというのに…少女はこの獣達に恐怖を覚えていなかった。
何故なら、この獣達を知っていたからだ、息遣いも、暖かさも、可愛い所があることも
少女は身を持って体験している。
故に、彼らが少女を守ろうとイキモノへと襲い掛かってくれているのだと信じることにした。
幸いなことに、この獣達、二足であるイキモノと少女を守ろうと複数で飛び掛かった4足の獣、実のところ、お互いを忌み嫌うかのように仲が悪い。
複数の獣とイキモノはこの森で生きる上で、両者ともにお互いのテリトリーを普段から日常的に奪い合っている間柄だ。
なので、迂闊にお互いのテリトリーに入らせないように普段からお互いを牽制するように睨み合って生活している。
もし、もしも、仮にお互いのテリトリーに入ればどうなるのか?
決まっている、あいつらは容赦なく襲いあう。絶対に生きて返さないつもりで…
そんな野蛮な奴らだとしても、少女はきっと自分を助けてくれたのだと信じた、神様が助けようと遣わせてくれたのだと信じることにした。
幼き頃から植え付けられた信仰心を胸に抱き、少女は生きる為にもう一度、心を強く持つ
軽く深呼吸をしてから少女は集中力を研ぎ澄まし見ることへと意識を高めていく。
複数の獣達がどう動くのか様子を見ていると少女の信仰心が幸福をもたらしたのか、はたまた、それとも、獣達が意志をもってそうしてくれているのか定かではないが、動きがあった!
それによって運よく強者たちの争いの場が僅かではあるが少女から離れ距離が生まれた、少女は見逃さない!
生き延びるための好機が生まれた!!
好機というなの幸運はそれだけではなかった。
複数の獣に襲い掛かられているイキモノは眼前の脅威に対処するためか身動きが取れなくなっていた。




