表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

王宮魔術院

 正門を抜けてから左右に広がる庭園を抜け、幅広の階段の前まできたところで、メリルの手を借りて馬車から降り立つ。磨かれた白い石で敷かれた階段に華美な装飾は施されず、シンプルな石柱だけで飾られている。

 この王宮の設えは好みだ。30年前程に流行ったというモダンな造り。最近流行りだしてきている、ゴテゴテした造形や大きな柄がふんだんに盛り込まれた絨毯はあまり好みではない。何でも、技術者を見直して細かい細工を競うのが素晴らしい、なーんて風潮が出てきているらしい。不要な箇所の不要な飾りは不要だわ。

 階段を上り、建物に近づく。階段から続くように白い石で建てられた、この三階建ての本館も階段同様に飾りの少ないスラッとした印象だ。左右対称に広がる建物のそれぞれの角には丸い塔がかわいらしく建っている。

 カナリィの背の3倍はあろうかと言う大きな戸は開け放たれており、その左右に衛兵が槍を持って立っている。ちらりとその衛兵に目をやりながら、遠慮なく戸を通りぬけた。

 吹き抜けの大広間には何人かの役人たちが立ったまま談笑しているなど、思っていたよりもざわざわしている。長いこと自室にこもっていたこともあり、そうした多数の人の気配が気に障る。何やらコチラをちらちらと見ている者もいるようだが気にもせぬように、赤い絨毯張りの階段の脇にある取次のカウンターを真っすぐ目指す。そのカウンターの前には既に簡素なローブを着た魔術師らしき姿の者が立っていた。

「ゆ、ユニウス様、ですね?お待ちしておりました」

 ツカツカと靴音を立てて近づいていくと、向こうからか細い声をかけてきた。背を丸めおどおどとした姿勢のこの者が、魔術院の使いらしい。群青を濃くした短い髪で遠目には分からなかったが、女の子だ。

「ええ、カナリィ・ユニウスです。この度、王宮魔術師として参じました。メリル。」

 片手を上げて命じると、メリルはその大きなカバンを脇に置き、カウンターの向こうに立つ女性に王宮魔術師の辞令を差し出した。なにやら登城に際しての手続きがあるようだが、面倒なので一切を任せることにした。

 カウンターの前にいた魔術師が、改めてこちらへ向き直った。

「あの……わ、私は見習いのオーソロー・リミナル、です……ユニウス様のご案内を命じられております……」

 彼女の視線がちらちらと胸元の紋章に行っているのに気づく。そんなに魔術学校の出が珍しいのかしら。

「珍しい名前ね、この国の生まれじゃないの?」

「それが……星の降った日に、逃れて来まして……」

「そう……災難だったわね。なるほど。よく王宮勤めになれたじゃない。実力者なのね」

「そ、そんな……たまたま拾われただけです……」

 手続きを終えたメリルが戻ってきたので、オーソローに案内を任せた。

 本館を通りぬけ、王宮の更に奥への道へと入る。左右に林で覆われた小径は、馬車でも通れる道であるらしい。轍が残る土の上を少し緊張気味に歩く。

 王宮魔術院。

 かつて憧れた王宮魔術師たちの執務室。関係者以外は立ち入ることのできない魔術的な遺跡だとも聞いている。興味がないわけではないが、素材配置の魔具(まぐ)科学(かがく)よりも文字を追っている方が性に合っている。

 無言でオーソローの後を付いて歩いていると、彼女が歩調を合わせて並んできた。

「で、でもあの魔術学校を、しゅ、首席で卒業だなんて、やっぱりすごい才能ですね、私みたいな町の養成所の出身じゃ魔力もからきしで……」

「やめて」

「えっ……」

「私の主席は譲られたようなものよ。自分で勝ち取ったものじゃないわ。それに、魔力だ才能だなんて、これまでの努力を否定されてるみたいじゃない」

 一息にそう言ってしまってから、苦々しく口元をゆがませた。でも、そういう誤った認識は許せないから、しかたないじゃない。

「そ、その……ご、ごめんなさい……」

 しゅん、とうなだれたオーソローは、再び歩調を早めると前へと戻っていった。我ながらバッドコミュニケーションだわ。眉間をひそめて後ろを振り向いて、伏し目がちに無表情のまま付いてくるメリルを睨みつけてしまった。八つ当たりだ。

 気まずい空気のまましばらく歩いていくと、いよいよ魔術院の建物が現れた。

「へぇ……」

 全景が見えたところで立ち止まり、観察する。観察は凡人の私が私なりにたどり着いたひとつの到達点だと思っている。いくつもの塔が繋がりあっているような不思議な形状。尖塔が重なり合う姿は、まるで絵本で見るお城の姿だ。ツタが這うレンガ造りで時代を感じる。

「え、へへへ、ツタにまみれちゃって、夏前に取ったのに、も、もうあんなに……」

 オーソローが口元ににやついた笑みを浮かべながら話しかけてくる。無理して笑顔を作る必要などないのに。

「魔術の遺跡だと聞いていたけれど」

「そ、そうらなんです、らしいんですが……中は改装してて、使いやすいんですよ」

 ならば、今更史料的な価値は知れているか。さんざん研究尽くされた後でしょうしね。

「待たせてごめんなさい、行きましょう」

 自分にしては努めて明るめに声をかけて先を促した。

 塔に沿うように螺旋を描く階段を登り、2階部分の高さまで上がった所に正面の入り口がある。

「搬入口は1階にあるんですけど、い、一応表口は2階、です……」

 大きな扉を引き開けたオーソローに促され、中に入る。

 同時に、ざわついていたであろう室内が、しん、と静まり返った。入口の広間にいた人物が一斉に視線をこちらに向けた。

 ……。

 ごごんっ、とオーソローが扉を閉めた音がロビーに響き渡る。

「こ、ここ、こちらです……」

 早足にロビーを横切るオーソローに黙ってついていく。ロビーの面々は再び話を始めたようだが、ちらちらとこちらを盗み見る目が刺さる。

 ロビーを抜けてすぐの階段を上がり、上層へ。長い廊下の隅の扉の前まで案内された。

「こ、ここが、ユニウス様の執務室です。そ、その、使われていなかった部屋なので、多少ほこりっぽいかもしれませんが、へへ……」

 ガチャリと音を立てて濃い茶色の重たい扉を開けて通された部屋は、天井は高いが狭い一室だった。正面の窓の前には重厚な執務机が中央にこちらを向いて置かれており、手前にはいつの物かもわからないおんぼろなソファが置かれ、とりあえずの執務室の様相は保っているようだ。両側の背の高い壁は天井まで本棚になっているが、何も収められていない。おおかた、資材置き場にでもなっていたところを、とりあえず空けてみました、ってところか。

 空の本棚を指で撫でて、ほこりの積もり具合を確認する。

「多少……ね。ま、こんな小娘に個室がもらえるだけありがたいのかもね」

 メリルはさっそく窓を開け、どこから出したのかハタキを取り出し早速掃除に掛かっている。

「お、お荷物を整理されたら、先ほどのロビーでお待ちしております……!」

 オーソローはそれだけ言い残して飛び出して行ってしまった。

 さて、荷物も何も、どうしたものか……と考えあぐねていたところ、テキパキと掃除をしていたメリルが、突然スカートの両端をつまんだお辞儀の姿勢で固まった。

 何事かと振り返ろうとしたとき、戸口から良く通る声が響いてきた。

「カナリィ!よく来てくれた!」

「げ」

 おっと、おもわずはしたない声が出てしまうところでしたわ。

 すぐに眉間にしわを寄せた笑顔を作って声の主を招き入れる。

「これはこれは、殿下、このようなところにお越しになられるとは、恐れ多い」

「ようやく顔を見せてくれたね、カナリィ。ロイドを送った甲斐があったかな?卒業したと聞いてはいたが、君の姿を見ないから心配していたのさ」

「私のような者にそこまで気にかけていただき恐縮ですわ。なにしろ卒業しても研究に忙しくて」

 半分は嘘である。

「キミが学校へ行っている間に、ぼくも仕事を任されるようになってね。今はこの王宮魔術院勤め、ってわけ」

 ということは、上司に当たることになるようだ。

「私は地道にやっていきますので、どうぞ殿下はお気遣いなく」

 とそっけなく言うが、相手はめげない。

「久しぶりに会ったというのに、ずいぶん他人行儀になったものだな。『ユーグ』と、名を呼んでくれて構わない。昔のように仲良くしてくれると嬉しいな」

 嘘である。昔から何かと馴れ馴れしかったが、さんざん引き連れまわされ泣かされた記憶しかない。

 しかし。しばらく見ないうちに背も伸び、当時から整った顔立ちをしていたとは思っていたが……。

「キミのことを、いろいろと良くないように言う輩もいるかもしれないが、ぼくは君の味方だ。頼ってくれよな」

「良くないように、って……まだ何もしていませんが……」

 心当たりが何もなく、不穏な感じだ。

「ただでさえ魔術学校首席というだけでやっかむものは出てくるさ。それに君のお父様……」

「お父様が、何か?」

「なに、君を王宮魔術師にするために……。少々強引なやり方だったからね……」

 ばっ、とメリルを向く。

 メリルはお辞儀をした姿勢のまま微動だにしない。

「その上、キミもなかなか顔を見せないだろう?ユニウスのお嬢様はどうなってるんだ、ってね」

「そんな陰口、言わせておけばいいわ」

「ふふ、少しは昔のキミらしさが戻ってきたじゃないか。とにかく、何かあればすぐに言ってくれ。ぼくが何とかしよう」

 何かのたびに王子様の手を借りていては、それこそ陰口ものじゃない。内心毒づきながらも、後ろ盾がいてくれるのは心強い。

 それだけ言うと、王子はバラの香りと白い歯の輝きを残して去っていった。

 はぁ、と隠しもせず大きく息をつくと、既に掃除に戻っているメリルを向いた。

「メリル、お父様の強引なやり方って……」

「はい、それはもう、強引な……」

「……まったく、頼んでもいないって言うのに……」

 窓際に立って外を眺めた。部屋には日が入らず、北を向いているようだ。書物を置くには丁度よさそう。林の運ぶ緑の香りの向こうには王宮の建物の屋根だけが見えた。

「いずれにしても仮宿ね。早いとこ禁書とやらを片付けて、とっとと帰りましょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ