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引きこもり魔術師カナリィ

 春。

 大小さまざまな花々がその広大な庭園を鮮やかに彩る。青々とした新緑に小さく白い星空を描くリンドラの花は最盛を迎え、本日もここ、ユニウス邸の遊覧客達を喜ばせる。ユニウス邸の庭園は王宮の庭園にも勝ると噂され、遊覧会が華々しく開かれている最中だ。

 そのユニウスの屋敷、2階の南東の角に位置した部屋で、カナリィ・ユニウスは、3か月も引きこもっていた。


「……カナリィ様」

 聞こえない。

「カナリィ様」

 きーこーえーなーいー。

「カナリィ様!」

 手足を伸ばしても余りあるベッドの上に横になり、手にした本に頭をうずめながら無視を決め込んでいると、声の主がチャラチャラと音を鳴らして鍵の束を取り出している様子が伺えた。

 どうせ入ってくるのに、居留守など無駄だった。いっそ寝たふりでも……。控えめにフリルのついた寝巻のまま、腰ほどまで伸びた、ぼさぼさのブロンドの髪をかきながら考えているうちに、ガチャリ、と重たい音を立てて両開きの戸が開け放たれた。

「もう、いらっしゃるのであればどうぞお返事を下さいませ!」

 入ってきたのは足首まである長いスカートを翻し、頭にはフリルの付いたカチューシャを付けた、専属メイドのメリルだ。

「どうせまた王宮からの呼び出しでしょ?聞きたくもないわ」

 ふてくされてベッドの上であぐらをかいて悪態をつく。

「王宮魔術師となられてから一度もご登城されていないので、ご心配されているのですよ」

「そう、都合がいいわね。向こう10年は具合が悪いことにしておきましょう」

 ごろん、と横になり分厚く積まれた枕に頭を投げ出す。

「もう!それではご推薦されたご当主様のお顔が立ちませんよ!」

 メリルは無遠慮に窓際まで来ると、締め切ったカーテンを音を立てて引き開け、窓を両手でいっぱいに開け放った。新鮮な空気と共にリンドラの甘い香りが部屋まで漂ってくる。部屋の中に所狭しと積み上げられた古書に積もる埃が払われ、きらきらと輝きを返し煌めく。

「またご本が増えましたか。床が抜けてしまわないでしょうか」

 振り返り、辺りを見回したメリルが呆れたように肩をすくめた。

「この国で手に入る本はろくなものがないわ。どれもこれも眉唾の娯楽本ね」

 先ほどまで手にしていた本に視線をやりながら唇を尖らせる。どれもこれも、魔術師固有の魔力だなんてありもしない力を信仰して。だから国じゃろくな魔術師が育たないのよ。

「魔術学校の図書館が恋しいわ」

「カナリィ様を御連れ戻されたのも、お母上様のお考えあってのことでしょう」

 バルコニーの手すりに小鳥が止まるのを見つめながら、何度目か分からぬほど繰り返された小言を聞き流す。

「……まさか、また御屋敷を出て旅に出るなどと……!」

「考えてないわよ。だから大人しくこうして『御屋敷にいてあげている』んでしょう」

 言い方がイヤミたらしくなった。

「でしたらよいのですが……それはそれとして、王宮からのお呼出しにも誠意をもってお返事をされないと。せめてお使いの方にお会いされては……」 

「なら、それなりの待遇とお仕事でも用意させなさいよね、お子様たちの御教育とやらは勘弁よ」

 寝転がったままの姿勢で、手のひらだけひらひらさせて、再び読みかけの本を手にした。話はおしまい。

 メリルはしばらく何か言っていたが、もはや振り返りもしないカナリィに諦め、戸を高く鳴らしながら出て行った。


 退屈な本を一日中眺めていたからか、いつの間にかベッドの上で眠ってしまっていた。日は落ち、一番星が東の空に輝き出している。

 夕食のために簡素な室内着に着替え、部屋を出る。自分としては朝昼のように部屋で取りたいが、夕食だけはと父が許さなかった。

 あくび交じりに部屋を出ると、メリルが甲斐甲斐しくも戸の前に待機していた。確かにいつ呼んでもすぐにやって来るが、一体いつ部屋を離れているのだろう。

 階段を降りて食堂に入ると、すでに母と父がテーブルについており、昼間の遊覧会の話をしている。

 黙って自分の席に付くと、すぐに冷製のサラダが出された。無感情でベリーと混ざった緑の葉をモサモサと口に運んでいると、父がこちらを向き、話を振ってきた。

「今日の遊覧会には王宮魔術師のロイド様も来られていてな、カナリィがいつまでも顔を出さないので心配されておったぞ。お主は研究があるとは言ってはいるが、与えられた任をまっとうしようという気はないのか?」

 また始まった。これだから両親と食卓を囲むのが嫌なのだ。特に外からの客が来たあとはいつも。濃い紫の、ぷりんと弾けるほどに身の詰まったベリーを口の中へ放り込んで、ゆっくりと咀嚼し飲み込んでから言い返す。

「お父様が私の希望など聞かずに勝手に推薦されたのでしょう」

「これ、カナリィ!まったく口の減らない……」

 母が手にしたグラスを置きながらたしなめるが、唇を尖らせることで返事をする。

「よい。やはり魔術学校になど送るのではなかったか……」

 父はグラスの葡萄酒を口に含み、目を細めた。が、それだけは聞き逃せなかった。手の中のフォークを卓上に置き、口を拭いてから身体ごと父へ向き直る。

「お父様、魔術学校へ入れてくださったことには感謝しております。ですが、卒業後の進路まで押し付けられるのは勘弁ですわ」

「お主も魔術学校に入る前は、王宮魔術師たちに目を輝かせていたではないか。私は良いと思って……」

「分かっています!しかし、私にはやるべきことが……」

 卒業してから何度も繰り返されたそんな言い合いだが、どちらも折れないことはこれまでからも分かっている。お互い無言で、カナリィが野菜を噛む音だけが食堂に響く。

「ロイド様も、首席で卒業したそなたの力を頼りたい案件があると言っておってな、なんでもあの行方のしれぬ魔導師の塔から持ち出された禁書絡みだとか……」

「なんですって!?」

 最後の葉に突き刺そうとしたフォークが、皿に当たってカチャン、と高い音を立てた。

「それってメリーヌ先生の……!?」

「何ですか、突然!」

 思わず身を乗り出したカナリィに母は驚いて声を上げたが、それを無視して父に問い直した。

「私もよくは聞いておらんのだ。それ以上のことは私にも分からん」

「メリル!」

「はい」

 立ち上がって声を掛けると後方に待機していたメリルがすぐに返事をする。

「明日、王宮へ上がるわ!朝のうちに使いを出しておきなさい!」

「かしこまりました、お嬢様」

 メリルはスカートを両手で摘まみ上げながら、うやうやしく礼をする。その後に出されたスープや肉をがつがつと平らげたがろくに味がしなかった。


 翌朝。

 卒業後に父があつらえてくれた魔術師の衣装に袖を通す。ひらひらとした袖に、長いケープ。いかにも王宮魔術師、といった風情だが、この辺は世界中でどこでもこんなもののようだ。胸ポケットに魔術学校卒業の証である紋章を下げ、帽子を頭に乗せて鏡の前に立ってみる。ふん、見た目だけはいっちょ前じゃない。魔術学校の制服も気に入ってはいたけれど、こうして制服以外の魔術師の格好をしてみると、胸にこみあげてくるものがあるわね。

 昨夜はほとんど眠れなかった。もし万が一、メリーヌ先生の塔の禁書、あの本が出てきたのであれば……。関連する書物を探そうと部屋中の本をひっくり返したが、ろくな蔵書は持っていなかった。思えば魔術学校の図書館でも、メリーヌ先生の研究に関わる本は数えるほどではあったか。

 ノックの音に返事をすると、戸を開けてメリルが入ってきた。

「カナリィ様、御仕度は……まぁ!とてもよくお似合いです」

 メリルは顔の前で両手を合わせ目を丸くしている。メリルの前で裾と袖を翻して一回りして見せる。

「ふん、これでも魔術学校を出てるんだから。見直したかしら?」

 ポーズを取りながら片目を閉じていたずらっぽく笑う。が、すぐに恥ずかしくなって帽子を深く被り直した。

「ば、馬車の支度は出来ているのかしら!?」

「はい、外に待たせております」

 メリルはこちらの動揺にはお構いなく、淡々とお辞儀をしながら受け答えをする。余計に恥ずかしくなる。

「すぐに行くから……って、あなたのそのカバンは?」

 よく見ると、メリルの脇には大きな革張りの角ばったカバンが置かれている。

「私の荷物ですが?」

「あなたも行くつもり!?」

「もちろん、私はカナリィ様のメイドですので。では先に外でお待ちしております」

 そう言うと大きなカバンを苦もなく持ち上げて、颯爽と部屋から出て行った。この年にもなって保護者付きとは……。それにしてもあのカバン、一体何が入っているのだろう。

 さて、のんびりと構えてもいられないので自分の手荷物を確かめる。腰に提げた紐でくくった基礎呪文中辞典、1つ目のポーチには触媒の貴金属。2つ目には貴重な魔樹(まじゅ)の枝葉。それと水の入った小瓶が数本。ベルトにちゃんと固定してある。よし。

 そして、窓に面した卓上に向き直る。置きっぱなしになっていた魔具(まぐ)に手を伸ばす。これも、お父様が用意してくれた、魔術学校の卒業を共にしたワンドだ。指先から肘までの長さの杖の、革巻きの持ち手をぎゅっと握る。持ち手の下に埋め込まれた宝石のごつごつした手触りが馴染むように手のひらに吸い付く。

 世の中には変わった形の魔具もたくさんあるけれど、やっぱり私は基本のこの杖が気に入っている。腰のケースに差し込んで、卓上に転がっている指輪をはめた。

 よし、準備万端!

 開け放たれたままの戸を駆け足で走り抜けた。開かれた窓からは春の柔らかな日差しと共に、リンドラの花の甘い香りが主の離れたベッドの上を通りぬけた。

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