ラーダんとこ
「で、どこに行くんで?」
「ラーダんとこに行く」
ゲオルクは大司教の返事に少し驚いた。
「ラーダ? あのジプシーのとこですか? もう日が落ちるのに?」
「そうだ。夜の方が人目もなくて都合がいいだろ?」
「……というか、さっき大司教、夜間外出禁止令を出したから、誰も歩いていませんよ」
「ああ、そうだった」
二人は笑った。しかしジプシーの居場所はザルツブルクを囲っている街壁の外。川を渡った先の草原。
しかしザルツブルクの街は日の入りと共に全ての門が閉まり、人の行き来はできなくなる。
かと言って門が開いている時に外に大司教が出て行って、戻って来なかったら場合、門番が心配をして大騒ぎになるのも明白だったので、二人は門が閉まったあと、聖ピーター僧院教会の裏にある岩山メンヒスベルク山をくり抜いた地下墓地の先にある聖職者用の小門を使って外に出ることにした。
その地下通路は、その岩山の上に建っているホーエンザルツブルク城とも繋がっていて、この聖ペーター僧院教会とも行き来ができる。しかし聖職者などの限られた人間しか通る事は許されておらず、またその存在も知る人間は少なかった。そして、その地下通路は街壁の外にも繋がっており、その小門は基本的には常に門番役の修道士が一人が常駐していた。
その小門なら修道士に多少見られたところで「いつもの事だ」で片付けられたし、特に問題が大きくなる事はなかった。
そんな訳で二人は日が落ちて、皆が寝静まる時間までしばらくホーエンザルツブルク城で待機する事にした。その間に二人は黒いフード付きの外套に着替えた。もちろんゲオルクは剣も腰に巻いた。
「よし、行くか」
「はいはい」
こうして二人はホーエンザルツブルク城から直接、地下通路に入るルートで城内の小門まで移動した。そこには当然門番がいたが、軽く挨拶をすると、案の定「またか」と言う顔をされて、小門を開けてくれた。
こうして小門をくぐると、背の高いゲオルクにはかなり歩きにくい天井の低い、そして人がすれ違う事はかなり難しいくらい細い岩をくり抜いた洞窟が奥深くまで続いている。
「あ~……相変わらずなんか冷えるなあ、ここはっっ」
そう大司教は愚痴をこぼしながらもランプで足元を照らしながら、ゆっくりと進んで行くと、いくつかの分岐点に出た。しかし大司教とゲオルクは迷う事なく歩き続けて、ひとつの木の扉と、修道士が一人で門番をしている場所に来た。
何も聞いていない修道士は一瞬驚いたが、「あ、またか」という顔をすると、すんなり門を通してくれた。
こうして二人は狭い洞窟から解放されて、ザルツブルクの街を囲むメンヒスベルク山の小道に出た。
この岩肌むき出しの小道は、ほとんどの人が知らないし、数少ない人しか使わない。そのため、非常に荒れており、五十代後半の大司教と、右脚を常にビッコを引いているゲオルクの二人には、とても辛いルートであった。
まして暗闇にランタン一つでこの小道を歩くのはいささか危険であった。
「あ~っっ! ったく! なんでこの道はいつもこう歩きにくいんだ! よく見えないしよお! あ、蚊が飛んできたっっ」
「大司教、蚊より足元気をつけてくださいよ」
「あ~あ、もうちょっと世の中が安全なら良かったんだけどなあ~」
すっかり愚痴モードの大司教だが、難題が山積みのこのザルツブルク市の事を常に考えなきゃいけない立場の人間なのを思うと、愚痴が出るのも当然と、ゲオルクも少し同情していた。
こうしてメンヒスベルク山の荒れた小道を下りきると、目の前にはザルツブルクの真横を流れるザルツァッハ川の川沿いに出る。
ここまで来ると、一気に視界が広がり、上を向けば満点の星空、前を見れば左右に広がるザルツァッハ川。その水の流れは満点の星空の光をキラキラと反射し美しい。そしてその川の向こうに広がる闇の世界。しかしその闇の世界にいくつかのかがり火が見え、そこから笑い声や音楽が聞こえてくる。そこにラーダはいる。
「お~~、やってるなあ~~。早くオレも混ざって酒飲みて~なあ」
「フ。現金ですなあ」
ジプシーたちの音楽を聴いて、さっきまで疲労困ぱいだった大司教は、すっかり元気を取り戻した。
ゲオルクも鼻で笑い、二人は川にかかるボロボロの橋を渡ってジプシーたちのテント群に向かった。
ジプシーのテント群に近づくにつれて、どんどんと笑い声や音楽が大きくなっていくと同時に、ジプシー特有の樹脂を焼いた匂いと動物の皮の匂いと、甘い匂いが合わさったなんとも言えない独特の匂いが漂ってきた。
「あ~、アイツらの匂いだな~~」
「大司教は嫌いですか?」
「いや、ちょっと憧れる」
二人は笑いながらテントに向かった。かなり近くに着くと、ジプシーの見張り役の男性が二人に気がついた。
「あ! 大司教じゃないですか! これまたいらっしゃい♪ どちらへどうぞどうぞ!」
そう促されて二人はかがり火を囲んでドンチャン騒ぎをしているジプシーの輪の中に入って行った。
「お~! みんな楽しそうだなあ~! もう今日はここで飲んで帰ろう! な! ノッポ!」
「いやいや、どうせ飲むでしょうけれども、何か話があったんでしょ? それはして下さいよ」
こんな話をしている間に、しっかり二人の手には酒の入った木製カップを持たされていた。
「あらローアさん。今日も来てくれたのね♪ 護衛のノッポさんもご一緒ですわね♪」
そう声をかけてきたのはラーダ。
現在三十代中盤らしいのだが、どう見ても二十代前半にしか見えないその美貌で、ザルツブルクの街にも隠れファンの多い占い師。また、その占いもよく当たると評判で、昼には常に誰かが占ってもらっている状態の有名人だった。
「おう! ラーダ! 相変わらず美人だなあ~! 一発やらしてくれよ!」
「あら、ヤダわあローアさんたら♪ ホントは何か、占ってほしいんでしょ? 中に入りましょ」
この下品なやり取りが二人のあいさつだった。ゲオルクはこの光景を見慣れており、二人がかなり信頼しあっている事も分かっていた。
本当なら占い師のジプシーほど胡散臭い人間はいないのだが、このラーダには、もちろん占い師特有の胡散臭さはあったものの、それ以上に後ろめたさのない誠実さをゲオルクは感じていた。
こうしてラーダと大司教とゲオルクの三人は、ラーダのテントに入った。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました!
今回きら登場するジプシーの方々は、エジプトから来たと思われてそう呼ばれるようになったそうです。
でも実際はインド方面からというのが定説のようです。
という訳で、今回も本当にありがとうございました!!
次回も引き続き読んで頂けると嬉しいです♪♪




