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神の皮をかぶった悪魔

 オロロックの入れない城内礼拝堂に、ゲオルクは一人で正面入り口の扉を開けて中に入った。

 礼拝堂は各ロウソク立てにちゃんと火が灯っており、暖かい灯りが礼拝堂全体を照らしている。そして礼拝堂特有の匂いの中に、ジプシーの匂いも混ざっている事にゲオルクはすぐ感じた。

 そんな礼拝堂の奥、祭壇の所で赤と黒のチェックのスカーフを巻いた子供の仁王立ちの後ろ姿が目に入った。


「ベルキ!」


 ゲオルクはハンガリー語で話しながらベルキに駆け寄った。

 ベルキは両手で短剣を構えており、その剣先にはクラーマーの怯えた顔があった。


「え? どういう事だ?」


 ゲオルクがベルキの顔をよく見ると、ベルキの目は涙で溢れていた。


「よ、よかったゲオルクさん! ワ、ワタクシをた、助けてくださいっっ」

「おまえ……何した?」


 ゲオルクは周りをよく見渡した。すると礼拝堂の長椅子と長椅子の間に横たわっている女性の足を見つけた。


「ちょ……ちょっと待ってろ」


 ゲオルクはその女性の所まで駆け寄った。そこには半裸で横たわって目をつむっているゾラの姿。


「ゾラ? ゾラ?」


 ゲオルクは慌ててゾラを抱えて揺さぶると「う……」と小さな声がもれ、反応があった。


「よかった! 生きてるっっ」


 ゲオルクはベルキの元に戻った。


「ベルキ、ゾラは生きてる。大丈夫だ。だからその剣を下ろすんだ……」


 ゲオルクは優しくさとすも、


「嫌だ! ゾラを……ゾラを……」


 ベルキは片言のハンガリー語で何とかゲオルクに伝えた。


「分かった……分かったよ……」


 ゲオルクはそう言うと、ベルキの剣を何とか下ろさせた。そして目の前のクラーマーの顔面を思いっきり蹴った。

 その衝撃でクラーマーは祭壇の横に転がり込んだ。


「な、な、何をするんですかゲオルクさん! ワ、ワタクシはドミニコ会異端審問官のハインリヒ・クラーマーですよっっ! 気でも狂ったんですか?」


 ゲオルクは睨みつけた。


「あんたこそ、ゾラに何をした? そのドミニコ会異端審問官様なら、何をしても許されると思ってんのか?」


 クラーマーは、仰向けのまま、少しずつ後ろに後退しながら話を続けた。


「い、いや、やっぱりあなたは悪魔に取り憑かれている! 黒魔術で吸血鬼を呼び出し、大司教を暗殺しようと企んで、あくまでオットーにだけ手を汚させようとしたんだ! ワタ、ワタ、ワタクシは、ゾラの中にもいた悪魔を取り除こうとしたんですよ! あの年齢にしてあの美しさ! 悪魔が宿っているに決まってる! あの、あの娘はねえ! ワタ、ワタクシを惑わそうとしたんだ! イ、イロ、色目を使って! そんな事はワタクシは許さない! ワタクシは、あなた方黒魔術師の一味の一人でもあろうゾラの悪魔を取り除こうとしたまでです!」


 ゲオルクはもう一度顔面を蹴り飛ばした!


「ゴハアアアッッ!」


 クラーマーは衝撃で壁まで吹っ飛んだ。


「やめ、やめてっっ……やめてゲオルクさん……」


 クラーマーは口から鼻から血を吹き出しまくっている。しかしゲオルクの怒りは収まらない。


「あんたのやった事はな! ただの強姦なんだよっっ! あんたこそ悪魔じゃないか!」


 この言葉を発した時、ゲオルクの脳裏にオロロックが言った言葉がよぎった。


“コノヒト……イタクナイネ~……”


「オロロックの言った意味が分かったぞ! あんたこそ、神の皮をかぶった悪魔なんだ! だからオロロックは痛くなかったんだ!」


「あ、ああ~! あ、ああ、悪魔に悪魔呼ばわりされたくはありませんね! な、何の話かわ、分かりませんけどっっ! ワ、ワタクシこそ、か、神に選ばれた者! ゲ、ゲオルク! ワタ、ワタクシが調べた限りでは、悪魔は口で人を騙すとも書いてありました! ワ、ワタクシにそんな愚弄は通じません!」


「あんたオットーに充分騙されただろうが!」


「もうやめとけノッポ!」


 そこに入ってきたのは大司教ローアだった。横にはアンナもいる。

 そして複数の修道士や修道女がぞろぞろと入って来て、ゾラとベルキを保護した。


「だ、大司教……今までどこに?」

「ああ、おまえが行ってからな、補佐司教に起こされて地下通路通って聖ペーター僧院教会に隠れてた」

「ええ?」


 ゲオルクはそんな場所に隠れてるとは思いもしなかったので、半ば拍子抜けしたが、かなり安心もした。


「ああ……オットーなら客間で……」

「おう見たよ。あれ、すごかったな」

「アンナも見たの?」

「ううん。周りに止められた」

「分かる分かる」


 安堵の顔を見せたゲオルクの肩を大司教はポンと叩くと、クラーマーの前まで歩いて行った。クラーマーはまだ仰向けに倒れたままだった。どうやら腰が抜けているらしい。


「おいクラーマー。おまえ、オレを暗殺つもりだったオットーを釈放したな? それにオレがいない間に勝手にゲオルクとラーダとゾラの魔女裁判を決めたそうじゃないか?」


「だ、大司教! だってそれはっっ……」


「『だってそれは』じゃねえよ。おまえがオットーを釈放しなかったら、こんなに死人は出てねえんだよバカヤロー! 今から死んだみんなの顔、一人一人見せてやるからついて来い!」


「え、ええ!」


 大司教の命令で、クラーマーは兵士たちに無理矢理起こされて連れられて行かれた。ゲオルクとアンナは、そんな彼らを礼拝堂から出て行くまで見送った。

 そして皆が礼拝堂から出て行くと、すっかり堂内は静けさに包まれた。するとゲオルクにドッと疲れが襲ってきた。


「ああ~……終わった……」


 ゲオルクは、目の前の長椅子に座り込み、幻想的な礼拝堂内を眺めた。そこにアンナがやってきて、隣に座った。


「これありがと。使わなかったけど」


 アンナの手には客間のフォーク。それを見たゲオルクは、無言で頷くと、そのフォークを手に取ってクルクル回し、ボーッと眺め始めた。


「あんた、大丈夫?」

「いや~~……もうダメ。早く家でぐっすり寝たい」

「そうね。そうね」


 ゲオルクはアンナの顔を見ると、涙であふれんばかり。

 ゲオルクはアンナを優しく抱き寄せて背中をポンポンと叩いた。

 その時、礼拝堂の窓の外にオロロックが立っているのが目に入った。


「あ、オロロック」

「え?」


 二人は席を立って礼拝堂の外に出た。広場はまだ兵士やら修道士たちがウロウロといている。

 そんな中、さっきオロロックを見かけた窓の辺りを見ると、もうオロロックはいない。


「んん~……もう帰ったな」

「そか。じゃあ私たちも帰ろ♪ ……帰っていいんだよねえ?」

「何かあったら家まで誰か来るよ。帰ろ」


 こうしてゲオルクとアンナは一日ぶりに自宅アパートに帰っていった。

ここまで読んで頂いて、本当にありがとうございます!

次回、最終回になりますので、よろしければ最後までお付き合い頂けると嬉しいですっっ。

今回も本当にありがとうございました!!

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