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三十五歳独身!

 シュテルン卿のアパートに侵入したゲオルク。

 アパートの中は玄関からランプが灯っており、先程とは打って変わって視界が開けている。

 しかし、玄関から入ったところでも、誰の気配がない……


 ゲオルクは慎重に歩みを進めた。

 その時、この建物の床は一歩踏み出すごとに妙にキィキィと音を立てる事に気がついた。


 あ……もうこれは気づかれたかな……


 ゲオルクはそう思いながらもと歩みを進めるが、やはりキィと床は鳴く。困ったなと思い、その床の音を出さないようにさらに慎重に歩き始めたが、ビッコを引いた右足が、慎重になればなるほど疲れがたまってしまう。


 そんな感じで歩みを進めると、すぐに半開きのドアまで来た。

 ゲオルクは慎重にそのドアを注意深く開けた。

 すると、そこはどうやら使用人の部屋だったようだった。

 ただし、その使用人は、机に伏せて、背中から血を流して動かなくなっていたが。


 ゲオルクは、この状況を想定していたので、特に驚く事もなく、先に進んだ。


(確か、オロロックは四階を指差してたな。という事は、それまでの階の人間たちは、全員死亡している可能性が高い。これだけ床の音がしているのに誰も自分を見に来ないし、静かすぎる……)


 ゲオルクはゆっくりと静かにこのアパートの一室一室を確認しながら、移動した。


 一階の使用人……二階、キッチンの使用人二人……それとシュテルン卿の奥方……三階、書斎にはシュテルン卿……全員死亡……


 ゲオルクは四階まで上がってきて、この大惨事を起こした犯人は、相当に腕が立つと理解していた。

 四階は客室か何かなのだろう。この廊下から見る限り、ドアは三つ。しかしここまで全ての階で灯りがあったのはかなり助かった。

 ただ、ここに来て妙な違和感を覚えた。


 まさか、分かっていて、全ての灯りをつけてるんじゃないよなあ?

 この床もいい目印になるはずだし……


 そう感じたゲオルクは、さりげなく戦闘体勢に入った。すると、一番奥の部屋のドアがかすかに開いている事に気がついた。


「あ、ヤバ」


 ゲオルクは急いで後ろに引き下がり始めたその時、


 シュ!


 一本の矢がゲオルクめがけて飛んできた! ゲオルクは一瞬の判断で避ける事ができ、とのドアから死角になる階段まで下がった。


「おお~……危なかった~~っっ! オロロック! その窓! 壊しちゃって!」


 ゲオルクは大声でハンガリー語でオロロックに伝えた。


 すると、ドアの向こうから、バキバキガシャン! と大きな音が聞こえてきて「わあ! アイツもいるの~~?」と妙な声と共に、背の低いガリガリだけど下っ腹の出ていて、やたら大きな鷲鼻の男がドアから出てきた。


「ああ~もう! 小生あんな気持ち悪いハゲ見るの初めて! くそ~! ここまで来たんですから追っ手も倒したいのに~~っっ」


 なんか変な男が出てきたな。あれにみんな殺されたのかと思うとちょっとやだな~……


 そう思いながらゲオルクは、まだドアの死角の階段からその男に声をかけた。


「おい! そこの男! おまえがカスパールとハンスの奥さんを殺した犯人だな?」


 するとその男は深い息を吐いた。


「グフフフ……まあ~仕方がないですね~。そう! 小生こそ、ザルツブルク大司教暗殺の命を受けてやってきた放浪の男、オットー・フォン・ニーマン三十五歳独身! 小生、請け負った仕事は必ず成し遂げる事をモットーにしておりましてから、あなた様にも死んでもらうんですのよホントに!」


 なんかごちゃごちゃうるさいヤローだっっ。


 ゲオルクはまだ死角に隠れながらも、聞きたい事が沢山あった。


「おい! ええ~……名前なんだっけ? そこの男! おまえ、なぜハンスの奥さんとカスパールを殺した? まだおまえが大司教の暗殺を企ててるなんて、カスパールも分かってなかったろ? それに何でシュテルン卿まで殺した?」


「もうそれは簡単でございますわよ。ハンスの家に厄介になっている時に、あの死体がハンスと分かって、あの二人がハンスがなぜあんな場所であんな格好でいたのか調べ始めたので、まだ小生が怪しまれる前に、殺しちゃったってだけの事ですのよ♪ それにシュテルン卿はそもそもザルツブルクの硬い鉄壁の一部となってるから、最初から利用したハンスもシュテルン卿も一族みんな殺す予定には入ってたって訳♪ ただ大司教より優先順位は低かったんですけどね~グフフフ♪ これよりも小生の名前はオットー・フォン・ニーマン! せっかく名乗ったんだから覚えてちょーだい!」


 ああ~……そんな理由をあんな口調で話されると、本当に腹が立つ~……


 かなりイラついたゲオルクだったが、こういう時は平常心が欠けた人間が負ける事も充分承知していたので、なんとか冷静を保とうとした。


「じゃあなんでおまえたち! ああ~……とハンスと~……おまえの名前なんだっけ? は、あの日、大司教を狙った時にワラキア語でやり取りしてたんだ? ハンスはワラキア語なんて話せないだろ?」


 その言葉に男は少したちろいだ。


「あ~~もう! さっきからもう~~! だから小生の名前は、オットー! オットー・フォン・ニーマン! それよりだから窓の外にあの時のハゲチャビンがいるのねえ~~。全部あのハゲチャビンからお話を聞いたって事~~! だから小生をここまで追っかけて来れたのね~~。まあ教えてあげますから、名前を名乗りなさいよ! 小生もオットー・フォン・ニーマンと名乗ったんですから! 今から正々堂々と、この明るい廊下で勝負しようってんじゃないの!」


「そう言って、おまえ今、弓矢を引いてるだろ?」


 ゲオルクはかすかな弓矢を引く音をしっかり聴いていた。


「もう~~あなた様もやりよるのね~~! あなた様もタダモノじゃありませんのね~~! もう名乗ってちょーだい!」


 まあいっか~……とゲオルクは名乗る事にした。


「ゲオルク。ゲオルク・グルーバー」


 その名前を聞いてオットーは大きく息を飲んだ。


「ええ~~! 今そこにいるの! ゲオルク・グルーバー? あのハンガリーやスイスで最強の傭兵と言われた! あのゲオルク・グルーバー! まあ~~、なーーーんて事でしょ! そんなすごい人が小生の目の前にいるなんて!」


「そんな褒めてくれなくてもいいから、その……オッホー、さっきの質問に答えたらどうだ?」


 それを聞いたオットーは、少しイラだった様子。その証拠に、近づかなくてもいいのに、かすかな床の音で、オットーが近づいてきているのをゲオルクは感じていた。

 そして、廊下の灯りのおかげでオットーの影が階段の壁に入ってきて、どの位の位置か把握しやすくなった。


「あ、ああ~、さっきの質問。それも簡単な事ですのよ。ここの人間に聞き取れないように、ワラキアの言葉でやり取りしていただけの事。もちろんハンスも話せないから、ハンスには暗号のように分かる言葉だけ教えておいたのよん♪ 分かってもらえたかしら? それよりも、小生の名前はオットー!」


 オットーは廊下から階段に向かって剣を振り下ろした! しかしゲオルクはそう来るのを灯りの影で全て見ていたので、あっさりと避け、左手の短剣のタング(持つところ)の先をオットーの腹めがけて打ち込んだ。


「グエエッッ!」


 オットーは体勢を崩して廊下に仰向けに倒れ、ゲオルクはその首筋に剣先を当てた。


「おい小生さん。勝負あったな。おまえにはまだ聞きたい事が山ほどある。殺されたくなければこのまま捕まるんだな」


 オットーはニヤリとした。


「もう~、ゲオルク・グルーバーとはもう少しちゃんと勝負したかったのに、こんなにアッサリ負けちゃうなんて小生情けないっっ! しかもあなた様はビッコを引いていたのに! 小生も暗殺ばかりしてたから真っ向勝負が弱くなっちゃったのかしらっっ。でももしあなた様に勝てたとしても、外のハゲチャビンにやられちゃってたわよね~」


「まあ……そういう事だ」


 こうして殺し屋オットー・フォン・ニーマンはあっさり捕まった。

ここまで読んで頂いて、本当にありがとうございます!

ここからまたお話が動いていきますので、宜しかったら次回も引き続きお付き合い頂けると幸いです。

では今回も本当にありがとうございました!!

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