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異様な変死体

「ええ? 男が死んでる?」


 ゲオルクがその話を妻のアンナから聞いたのは、大司教との飲みから解放されて、ホーエンザルツブルク城内部、城壁沿いにズラッと建てられた四階のアパートのベッドでひと眠りした後の事だった。

 もう昼も過ぎて部屋の中もすっかり日がさして明るくなっている。


 ああ~~……しんど……


 酒に強くないゲオルクは、大司教の機嫌の良くなった日の最後の飲みに付き合わされるのは、心底困っており、できたら次の日はのんびり自宅のベッドで一日寝ていたいと思っていた。

 しかし今日はそんな事をさせてもらえそうにない。どちらにしろ今日もこれから護衛なのだが。


「なんか凄かったみたいよ。朝からみんなその話で持ちきりなんだから! あんた見れるんでしょ? 近くで?」

「あ? ああ~……朝? 朝かあ。じゃあもう教会に運ばれたんじゃないかなあ?」


 ベッドの横でお昼ごはんも済ませた妻のアンナは、目をキラキラさせながら亭主のゲオルクの顔を覗き込んでいた。


「……奥さん興味あんの? そんなものに?」

「だって! さっきもハンスの奥さんと話してて『いっしょに見に行こう!』って話したんだけど、いざ行こうとしたら私も奥さんも怖くってさあ~! なんかすんごい死に方してたみたいなのよおっっ! 『魔物』だの『黒死病』だの! あたしだって気になっちゃうじゃない。あんた見てきてよ! ほらすぐに」

「あ、ええ?」


 ゲオルクはアンナの話を寝ぼけながら聞いていたが、どのみちそうすぐ護衛の時間だし、大司教にもこんな大げさな話なら耳に入っているだろうからと、デカい図体を起こし、ようやくベッドから降りた。

 そしてアンナの用意してくれた軽い食事を済ませるとすぐに着替えて石造りの四階のボロアパートを後にした。


 アパートの外に出ると、城内はいつにも無く騒がしく、一階のパン屋の主人がいきなり声をかけてきた。


「な、なあゲオルクさん! ま、また黒死病とかじゃないよなあ?」

「まあ~……分かりませんけどな。まだ僕もちゃんとその死体を見ていないもんで。分かったらお知らせしますよ」


 まさかアパートから出た途端にこんな会話をするとはっっ。


 よほど不気味な死体だったのかな?


 そう思ったゲオルクだったが、ここ最近のザルツブルクの外での噂との相乗効果かもしれないと、思い始めた。


 その内容はこうである。


 去年、オーストリアとハンガリーを挟んだ少し遠い国、ワラキア公国の串刺し公ヴラド三世がオスマントルコの侵略戦争のため逝去された。

 ただヴラド三世はろくな死に方をしなかったらしく、彼の怨念が吸血鬼となって民衆を襲い、ワラキアの地を真っ赤に染めた。

 またヴラド三世とは直接の関係はないが、隣国のオーストリアとハンガリーが今年に入って戦争を始めた。

 そしてこの不安定な情勢からホーエンザルツブルク城も数年前から城壁の強化もしている。


 こんなギスギスした世の中じゃ、みんな不安になるのも無理はないか。そうゲオルクは考えた。

 そして大司教の寝室に向かった。

 昨日も夜遅くまで城で酒を飲んでいたから、さすがにあのドスケベ大司教もまだ自分の住居でくたばっているだろう、ゲオルクはこう考えていた。


 するとすぐにザルツブルクの補佐司教クライブルクに呼び止められた。


「あ~! ゲオルクちゃん! どこに行こうとしてるの?」


「ああ。おはようございます補佐司教。大司教を起こしに寝室にね。昨日もハメを外してたからまだガッツリ寝てると思って」


「いやいや、大司教ならそこの現場に行きましたよ。ほら、今朝見つかった遺体。噂はもう聞いた?」


「ええ? 現場に? そりゃ噂は聞きましたけど~……大司教、昨日あんなに飲んだのに、もう外出る元気あるんですか? 大したジジイ……あれ? その死体、教会とかに片付けたんじゃあ……」


「いやあの死体ね。不気味過ぎて誰も手をつけれないみたいでね。仕方なく大司教が向かったんですよ」


「ええ?」


「カスパール君が護衛についてますから、君も後を追いなさい。場所はゲトライデ通りの……たぶん人だかりができてるからすぐに分かりますよ。それと、大司教をジジイ呼ばわりしないように」


「あ、すいません。行ってきます」


 そういう事で、ゲオルクはゲトライデ通りに向かった。すると外れの路地裏に、沢山の人だかりが出来ているのがすぐに目に入った。間違いなくあそこだろう。


「おっと、ごめんなさいよ~」


 ゲオルクは人混みをかき分け通った。

 そこには昨日の二日酔いを感じさせないたたずまいの正装の大司教と、護衛のカスパールがそこにいた。

 そして街の裁判官や、書記官、遺体の搬送係も揃っており、みなで石畳みに横たわる死体を囲っていた。

 

「おう。来たか」

「あ、ゲオルクさん」

「ええ。来ました。あれ、みんないるじゃないですか?」


 大司教は厳しい眼差しで、石畳みに横たわる死体に目を戻した。

 カスパールはあまり死体を見ずに、周りの野次馬を気にかけている。

 そして本来なら死体を調べるはずの裁判官や、書記官、遺体の搬送係たちは、明らかにビビって死体を触ろうとせず、困っていた。

 ゲオルクはため息を吐きながら一応聞いてみた。


「みなさん? このご遺体、調べなくていいんですか?」


「無理! 無理無理無理っっ! ゲオルクさん! この死体っっ、怖すぎですっっ! なんか祟られそう! 触れませんっっ!」


「まあ~……なるほどね」


 ゲオルクはため息をつくと、彼らを差し置いて、死体の真横にその大きな体をかがめると、観察をじっくりと始めた。


 なるほど。これはなかなかの変死体だ。


 その男は服装からして、物乞いかコソ泥のたぐいなのはすぐに分かる。

 しかしその男の死体は、何から何までおかしかった。


 その死体は、左首筋に猛獣が襲われたかのような、引き裂かれ食いちぎられたような大きな傷があった。街には野犬もいるが、それにしては大きすぎる傷なのだ。そしてその首筋を広げたかのように首から頭からが、右胸の上に捻じ曲がって乗っかっていた。その男の顔は恐怖で叫んだような恐ろしい顔で固まっていた。


 しかし一番の不可解な事は、ミイラのように干からびていた事だった。その手や顔が、全ての水分を取られたかのようにペタンコになっていたのだ!

 目は落ちくぼみ、それが昨日まで生きていた人間のモノとは思えない程だった。ただ水分がないからといって、その首筋の傷はまだ出来て間もない事も分かる新鮮さもあった。


 ゲオルクはこの異様な変死体を見ながら、昨夜の事を思い出していた。


「血が飛び散ってないだろ」


 大司教の言葉がいきなり耳に入ってきて、すっかり昨日の事は頭から消えた。

 なるほど、確かにこれだけの傷を負っているのに、この死体の周りには血痕が極端に少ない。まるで死体を後からここに置いたかのようだ。


「ええ、ホントですなあ」


「それにハエ一匹、寄ってきやしねえっっ。こんな事あるか?」


「ええ?」


 ゲオルクは変死体のその異様な様に気を取られて、そこまで気がついていなかったが、確かに今は九月だと言うのに、ハエが一匹も寄ってきていないのは不自然極まりない状態だった。


「ゲオルク。どう思う?」


「んん~……。どう思うと言われましてもねえ」


「こんな無残な殺され方、人間の仕業とは思えないんだよなあ」


「ええ?」


「オレにはなあ、これがバケモンの仕業にしか思えないんだよ」


「ええ? バケモンですか?」


 これを聞いた裁判官たちや護衛のカスパール、周りの野次馬たちが動揺をし始めた。


「だ、大司教様! バ、バケモンとは?」

「オレたちもこ、こ、殺されちゃうんですかいっっ?」


 大司教は神妙な面持ちで、周りの人たちをじっくりと見回した。


「まあ皆さん待ちなさい。まだ現時点でははっきりとは分かりません。しかし今のうちから対策を講じておくと、これからの身の安全が保たれるでしょう。と、言うわけで、今晩からしばらく夜間外出禁止に致しましょう。夜間に外に出なければ、こんな惨事にはすまなくてすみますから! また、事件の進展がありましたら、皆さんにも報告します。と、言うわけで今日は解散! さあ帰った帰った」


 すっかり怯えきった野次馬たちは、慌ててその場から立ち去った。

 ついでにちゃっかり裁判官たちも逃げてしまっていた。


「あれあれ。行っちゃいましたなあ~」

「ええ~~っっ! ちょっと、裁判官さん~~っっ!」


 のんきなゲオルクとは対照的に、カスパールは慌てて裁判官たちを追っかけて行った。

 それを見て、ゲオルクと大司教はクスッと笑った。


「大司教。ホントは娼館に行くのを見られたくないから、あんな事言ったんでしょう? もうみんなにはバレてるのに」


「ゲオルク君。入らん事を言うんじゃありません」


 大司教の目は完全に笑っていた。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

物語はまだまだ序盤ですので、よろしかったら次回も読みに来ていただけると幸いです♪

では今回もありがとうございました!!

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