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一杯飲む?

「え? 吸血鬼? ええ~?」


 ゲオルクはラーダの言葉に驚いた。ゾラはラーダに宥められたので、口にこそ出していないが、明らかに嫌な顔をしている。


「私……あっちのテントに戻る」


 そう言うと、ゾラは一人で馬車から出て行ってしまった。


「ちょっと待って。ベルキも連れてってっっ」


 そう言いながらラーダは慌ててジプシーの少年を連れて馬車から出て行った。するとゾラとラーダが少し揉めているのが聞こえてきた。


 ゲオルクは、バツの悪い思いをしたが、それよりも馬車の奥にいるハゲ頭の吸血鬼が気になった。

 そのハゲ頭はゲオルクから見ると後ろ向きで座ってかがんでいるので、ゲオルクからはハゲ頭の先っぽしか見えない。そしてさっき見た時に見えていた湯気はもう出ていなさそうだった。

 その横に座っているオジさんは何か腕をモゾモゾと動かしているが、手前にいろんな生活用品が置いてあるので、やっぱり何をしているのか分からない。

 ゲオルクはそんな二人の頭を見て、さっきまで街の中であのハゲ頭と話していたのがウソだったんじゃなかろうか? とまで考え始めてしまった。それくらい混乱していた。


 吸血鬼の存在は話には聞いた事はある。しかし戦場も経験したゲオルクは、見た物しか信じない、かなり現実主義な性格。吸血鬼など一部の人間の抱いた恐怖からの虚像だと思っていた。


 しかし、現に今、目の前にいるその顔色の悪いハゲ頭の男は、自分をホーエンザルツブルク城のアパートの前から、城壁の外のジプシーのテント群まで運んできた。

 ……と思われる。夢でなければ。


 ゲオルクは混乱する一方だった。


 そうこうしているうちにラーダがため息を吐きながら馬車に戻ってきた。


「もう夜も遅いしね。今日はあの子たちは私のテントで寝てもらったわ」


 そう言うとラーダはゲオルクの横に座ったが、ゲオルクもだいぶ混乱している事に気がついた。


「フフ……まあ~そうなるわよね。一杯飲む? 戻したばっかりだけど?」

「お願いします」


 もうゲオルクは平常心でいられる自信がなかったので、飲まずにはいられなかった。

 そういう事でゲオルクはジプシーたちのお酒をラーダに持ってきてもらい、お酒を飲みながらハゲ頭の吸血鬼をよく観察した。

 すると彼も何かを飲んでいる事に気がついた。

 よく見ると、吸血鬼の口元から赤い液体が垂れている。


「血! あ、あのハゲ! 今、血を飲んで……っっ」


 混乱し、腰の短剣を抜こうとしたゲオルクをラーダは慌てて止めた。


「こんな所で剣を振る気? 今、あの人にはあれが必要なのよ!」


「な、なんでっっ?」


「あなたを運んできたから、全身に火傷を負っちゃってるのよ! だから今、オジさんに少し血を分けてもらってるのよ!」


「ええ~?」


 ゲオルクは奥に座っているオジさんを見た。

 すると、オジさんは笑顔で腕の傷を見せてくれた。よく見ると、オジさんの腕は切り傷だらけ。もう何が何だか分からない。

 ゲオルクは手に持っている酒を一気飲みした。


「もう一杯いる?」

「ありがとう」


 馬車から出て行ったラーダは、今度は自分とオジさんの分のお酒と、おつまみになる肉の燻製も持ってきてくれた。

 ゲオルクも酔いも少し回っていたが、全く理解が追いついていない。しっかり腰を据えて話を聞く事にしようと心に決めた。

 この場合のこの酒とおつまみがゲオルクには最高に思えた。


 オジさんの話はこうだった。


 自分たちはワラキア公国の人間で、昨年末にワラキア公国で起きた政権交代の内乱により、ヴラド公が亡くなり、ヴラド公側についていた自分たちは国を追われる事になった。

 どうやらそのドタバタの中で、ジプシーの少年ベルキとオジさん、そして吸血鬼のオロロックという男は共に行動をする事になったらしい。


 つまりあの吸血鬼はワラキアの男で、ワラキアの言葉しか通じない。それをオジさんがジプシーの言葉にして、その言葉をザルツブルクの言葉にと、通訳が二回必要というとても面倒な事態に、ゲオルクは気がついた。


 そしてベルキとオジさんは血縁関係は全くないとの事も理解した。


 その後、隣国のハンガリーで落ち着こうと思ったら、今度はハンガリーがオーストリアと戦争を始めてしまい、また逃げるようにこのザルツブルクにたどり着いたという事だった。


 ちなみに同じくハンガリーから逃げたジプシーの人たちもいたそうだが、ハンガリーから抜けた辺りから、みなバラバラになってしまったらしく、ここにたどり着いたのは、この馬車だけだったらしい。


 そしてゲオルクを街から運んだことでの火傷についてだが、吸血鬼の弱点の一つとして、神に仕えている人や、その関係の代物などは、神の力によって攻撃されて、とても眩しくて、針が刺さるかのような痛みが襲ってくるらしい。

 また、太陽の光を浴びると、吸血鬼は燃えてしまうという弱点も教えてもらった。


 ゲオルクはこのあまりに奇想天外な話を聞き、酒がなければ聞いてられない話だと思った。

 そしていくつか疑問も浮かんだ。


「ええ~……っと、じゃあ最近この街で噂になってるヴラド公が吸血鬼になったって噂は~……」


 ゲオルクがその質問をしている最中にラーダがジプシーの言葉でオジさんに話すと、オジさんは「んん~……」と渋い顔でうなずいた。


「ほ、本当なのか~……」


 ゲオルクはまた酒を飲むと、ラーダからおかわりをいただいた。そして更に質問をした。


「ええ? あの君……オロロックくんだっけ? そこの吸血鬼くん。まさか君がヴラド公なんて事はないよねえ~っっ」


 この質問にラーダは少し驚きながらジプシーの言葉でオジさんに話した。するとオジさんは大笑いした。どうやら違うらしい。ゲオルクはそう判断した。

 しかしオジさんとオロロックが何か言い合っている。


「どうしたの?」


 その話をラーダに聞いてもらうと、どうやらオロロックという名前はワラキアではそれなりに有名な貴族だったらしく、ザルツブルクに来たら名前を隠そうという話でまとまっていたらしい。

 しかしオロロック本人の口の軽さが災いして、その話は自分から壊してしまったようだ。


 ゲオルクもラーダも、その間抜けな話に酒も手伝って大笑いし、すっかりその場は柔らかい空気になった。

 しかしゲオルクはここに連れてこられた理由も知りたいし、まだ確信に迫った質問をしていない。

 そこでまた質問を始めた。


「ああ~っと……じゃあそこの吸血鬼はオジさんたちの味方なのはなんとなく理解したんだけどね……でも、人の血は必要なんでしょ? どうすんの?」


 その質問をラーダがオジさんに話すと、オジさんがジプシーの言葉で答えてくれて、それをラーダが訳してくれた。


「だから今までは、悪人とか、敵の兵隊とかを襲ってたそうよ」


 ラーダもこんな込み入った話は初めて聞くらしく、かなり驚きながらも興味津々の顔をしている。ゲオルクは酔いながらも確信をつかねばと思い聞いてみた。


「じゃあ今朝のあの変死体は、やっぱり君の仕業だよねえ? 吸血鬼さん? その事で僕をここに連れて来たんでしょ?」


 ラーダはその質問にかなり驚いた様子だった。やはり今朝のあの変死体の事件は、ザルツブルクの大ニュースとなって、一日で知らない者などいないほど大きくなっていた。

 ラーダは神妙な顔つきで、オジさんに聞いてみた。オジさんは表情を変えず、淡々とオロロックにワラキアの言葉で聞いている。

 するとオロロックは手振りなどを加えてオジさんに説明を始めた。それをオジさんは冷静に聞いている。

 そして聞き終わると、心細そうな顔のラーダにジプシーの言葉で話した。ラーダの表情は、更に心配そうな顔つきになった。


「あのねゲオルクさん。確かにあの男の血を飲んだのは自分だって。それでね、なんで飲んだかの説明なんだけど……あの日の夜にね、あなたの上官……ローアさ……大司教よね。彼を殺す話をその男ともう一人の男がワラキアの言葉で話していて、これは大事件になるって思って襲ったんだって言ってるわ」


「ええ~~?」


「あの日、娼館の前でローアさん……大司教が大騒ぎしてたんでしょ? それをその二人が見てて、あなたと大司教をどう殺すかの話し合いをしてたらしいのよ」


「ええ~~~~っっ!」


 ゲオルクは驚いた。

 どうやら吸血鬼オロロックに命を救われたらしい。

今回もここまで読んで頂き、本当にありがとうございます!

まだ飲み会は続きますので、宜しかったら次回も引き続きよろしくお願いいたしますっっ。

では本当もありがとうございました!!

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