三章 基礎訓練 2か月目
訓練兵になってから、1か月が経った。いつもの訓練をこなし、少しずつ成果が出てきていると感じるのはオッフルだった。
あれから毎日厳しい訓練を乗り越え、オッフルは成長していた。相変わらず運動はできないが、それでも少しずつランニングのタイムが縮んでいた。カムラッドも同様で、今でも同時にゴールしている。
今は剣の稽古中だ。ここ最近少し変わったことがある。それはジーニアスに剣で挑むやつが現れたことである。
カコン!という木刀のぶつかり合う音が聞こえる。今、ジーニアスとその挑戦者が戦っている。長くて黒い髪のクールな女性で、運動、頭脳ともに高水準な女性だ。
挑戦者が木刀を横に凪ぐと、ジーニアスはそれを受け太刀し、重心を思いっきり相手の力が向かっている方向へ移動させた。驚いた挑戦者はよろめき、ジーニアスの剣が突きつけられる。
「そこまで!ジーニアスさんの勝ちです!」という女性は挑戦者とは違い、柔和で明るい顔立ちをしていた。こちらも黒髪だが、髪を結んでいてかわいらしい姿だ。
「ありがとうアステール。ニア、勢いを乗せすぎると今みたいによろけさせられるから気を付けて」とアドバイスするジーニアス。
挑戦者の名前はニア・セイヴァという。ジーニアスがフリューゲル達と戦ってから、その強さに見惚れて毎日稽古に挑んでくる。
アステールという女性はアステール•ピスティスという。元々ニアと訓練をしていたが、ニアがあの調子なのでついてきている。
「もう1回お願いジーニアス。次は勝つ」と意気込みながら再戦を挑むニア。いつもの光景である。
「いいわ。かかってらっしゃい」とジーニアスも乗り気だ。
今までの戦績はニアの379戦0勝379敗である。一度も勝てていない。だが、何度も挑むので、ものすごい対戦数になっている。ジーニアスはニアが確実に成長しているのをわかって相手していた。
☆
あれから訓練が追加された。スナイパーライフルとハンドガンの狙撃訓練である。この訓練で目を引くのはディーテルだった。なんと彼女は狙ったところそのまま当てるという神業を平然とやってのける。当然、成績は1位である。
オッフルもこの訓練はいい調子だった。最初は弾が当たらなかったが、今では的には当てられるようになっている。
アパルやサクリもオッフルほどではないが銃を使いこなしていた。
「やればやるだけ上手くなる。俺はこの訓練が好きだ」とオッフルが呟いた。実際、オッフルの成長速度は速かった。
「オッフル、ほんと上手くなったなぁ。関心や」とディーテルがオッフルを褒めていた。
すると隣で2丁の拳銃で的を正確に射抜く女性がいた。ディーテルほど正確じゃないが、2丁同時に使ってこの精度なら驚くべき才能である。
「あんたすごいなぁ!2丁の拳銃でこんな正確に撃つなんて!」とディーテルが女性をほめた。その女性は銀髪で髪は短い、クール系の美人だった。
「ありがとう。あなたに褒められるとは光栄だわ」と返す女性。純粋にうれしいのだろう。
「私はケヴェア•デュア。好きに呼んでくれたらうれしいわ」と女性は自己紹介をする。
「ケヴェアちゃんかぁ!かわいい名前やなぁ!仲良くしてぇや~」とディーテルが彼女に返す。ディーテルは純粋に仲良くなれるのがうれしそうだ。そんなケヴェアを見て、ライバル視するオッフル。
「ケヴェア、俺と勝負しようぜ」とオッフルが勝負を持ち掛ける。
「いいわよ。やりましょう」とケヴェアが勝負に乗ってきた。奮闘はしたが、ケヴェアのほうが何枚も上手で負けてしまったオッフルだった。
☆
もう1つ追加された訓練がある。それは座禅を組むことだ。1時間ほど座禅を組ませられる。そして教官は告げる。
「魔法をイメージしてみなさい。珠が具現化され、その珠を自在に操るイメージを」とザイゲン教官は告げた。正直何の意味があるのか全く分からなかったが、訓練なので必死に行うオッフルや訓練兵たち。
珠を作り出して、その珠を分割して相手に向けて発射するイメージをした。こうやって攻撃するのだろうか?と思い想像する。
教官は正解を教えてはくれない。ただ、集中を乱したときはしっかりお仕置きをされる。なので本気で取り組んでいた。
これは精神を統一するだけでなく、後に活用することとなるとはだれもこの時は思っていなかった。
翌日になった。またいつもの訓練が始まる。
一般教養の訓練をしているときに思ったことがある。それはサクリとジーニアス、カムラッド、ディーテル、レクエルド、フリューゲルが群を抜いて解き終わるのが早いことである。
オッフルも早いほうなのだが、10分以上差をつけて解き終わっている。
(サクリはともかく、ほかにも頭いいやつが多いな……)と思うオッフル。サクリは頭がとても良い。よくオッフルの家で勉強や読書をしていた。町ではかなり賢いと評判だった。なので納得だ。
そのサクリに並ぶ人たちが5人もいて驚いている。(世界は広いな)と思うオッフルは問題を解き終わり、外へ出た。
☆
またランニングが始まった。山道なので、危険が伴う。そんな道をひたすら走る訓練兵たち。
オッフルほどではないが、アステールは運動が苦手なため、この訓練が苦しかった。
(苦しいなぁ……でも頑張らないと!)と自分を鼓舞するアステール。
そんなことを考えながら走っていると、足元が崩れ、急斜面を転がり落ちてしまう。アステールは進路外の森の中に入って行ってしまった。アステールは意識を失った。
☆
オッフルとカムラッドが同時にゴールするいつもの光景を見て、皆がこの訓練は終わることを悟る。しかし、ジーニアスとニアは違った。アステールの姿がないのだ。
ザイゲン教官にそのことを伝え、日が暮れるまでコース内を訓練兵皆で捜索することになった。
山道での遭難は死を意味する。もし、見つけられなければアステールが死んでしまう。それは大変よろしくない事態である。
ジーニアスは全力で走りながら周囲を見渡す。来た道を一周すればわかるかもしれないと。ニアもそれになんとかついていく。
コースを走り、30分ほど経過したが、アステールの姿は一向に見えない。ジーニアスは考える。
(コースにいないとすれば、……森?)と考えた。
「ニアはこのままコースを見てくれる?私は森に入ってみるわ」とジーニアスが言う。それは自殺行為だ。森には魔獣がいるのだから。
「しかし……」とニアは制止しようとするが、ジーニアスが森の中に入って行ってしまった。ニアは不安になりながらジーニアスについていくことにした。
「ニア、あなた……」と元に戻るように促すが、「コースはほかの隊員が見るわ。あなた一人死なせるかもしれないなんて嫌」とニアは返した。ニアの言葉を聞いて、ジーニアスは仕方なくニアの同行を許した。ジーニアスは腰の剣に手を当てる。訓練中もずっと持っている愛刀を手に、森の奥へ進む。
☆
目を覚ますと日が暮れそうになっていた。アステールは死を覚悟した。
(ここで死んじゃうのか……父上、母上、ごめんなさい)と両親に謝っていた。体を動かそうにも、動かなかった。よく見ると全身大けがをしている。血だらけの体で周囲を見渡す。誰かの声が聞こえる。それは聞きなれた声だった。
アステールは声を絞り出した。「ここにいる!」と。その声を聴いて、「アステール!今行くわ!」と聞きなれた声が返ってくる。数分後、ジーニアスとニアが来てくれた。
「酷いケガ……!私が運ぶわ。ニアは教官を呼んできて!」と指示を出す。
その直後だった。大きなカマキリのような魔獣がこちらに迫ってきた。
「?! こんな時に……!」と愚痴を漏らし、剣を抜くジーニアス。そして「アステールを連れて逃げなさい!」と叫ぶ。いつも冷静なジーニアスが焦っている証拠である。しかも、ニアは動けずにいた。初めての魔獣である。無理もない。
ジーニアスはすべてを察し、戦闘態勢に入る。まずは標的を自分に移すことだけを考えた。
ジーニアスと魔獣の距離は30mといったところか。自分に引き付ける余裕はあると考えた。
ジーニアスは全力で横に走った。それを見た魔獣がジーニアスに向かっていく。30mの距離を一瞬で詰められる。
魔獣の足の速さに驚いたジーニアスは剣を構える。相手はカマキリのような姿をしている。下手に切り込めば二刀流の刃にやられるからだ。
素早い刃の攻撃がジーニアスめがけて襲い掛かる。それを見てサイドステップで振り下ろされた刃の方向へかわす。隙が生まれたところをジーニアスが一閃。ジーニアスの刀は魔獣を切り裂き……はせず、傷1つつかなかった。
「?! なぜ?!」と驚きを隠せないジーニアス。次の攻撃に備えた、魔獣の刃が振り下ろされる。それを受け太刀すると、剣が折れてしまった。
「クソ!」と珍しく汚い言葉づかいでジーニアスが悪態をつく。こちらの攻撃は全く通じない。3人とも死んでしまう。それだけは避けなければ。
その直後、魔獣に弾があたり、魔獣がよろける。その光景にきょとんとする3人。崖上を見ると、ザイゲン教官が杖を構えながら珠を操り、魔獣に弾を何発もお見舞いした。魔獣はチリとなって消えていった。
【コース内の捜索といったはずだが?】と教官は言う。とにかく助かったのだろうと3人は思った。
☆
ジーニアスがアステールをおんぶして歩いていた。アステールは「ありがとう。死ぬかと思ったよ」と泣きながらジーニアスに感謝を告げる。
「私は何もできなかったわ。教官に感謝なさい」とジーニアスは返した。自分の力では何もできなかった。それが悔しかった。
「魔獣には魔力で作り出したものでしかダメージを与えられない。もう少し後で講義するつもりだったが、私の失態だ」とザイゲン教官は告げた。だから剣では傷1つつけられなかったのかと納得したジーニアス。
「ジーニアスが見つけてくれた時、すごくうれしかった。とても安心したの。だから、何もできなかったことなんてないよ。本当にありがとう」とアステールはまた泣きながら伝えた。ジーニアスは嬉しそうに笑っていた。
「ジーニアス、私はあなたを倒したいと思っていた。けど、次からはあなたを守りたい。だからこれからも訓練をしてほしい」とニアがジーニアスに告げた。驚いた顔をしたジーニアスだったが、少しして「期待している」と嬉しそうに返した。
3人はこの日を境に固い友情で結ばれた。世界はそれを親友っていうんだと思う。
☆
次の日、剣術の訓練ではニアとジーニアスが切りあっていた。いつにも増してニアが楽しそうである。そんなニアを見て、ジーニアスはうれしく思った。アステールも楽しそうに切りあいを見ていた。
そんな様子を見ていたカムラッド。楽しそうだと素直に思った。昨日の一件以降、あの3人は一段深く仲良くなったのだろうと誰の目を通しても分かった。
「なんかグループが出来上がってきたな」とカムラッドが漏らす。
ジーニアス中心のジーニアス、ニア、アステール。
オッフルが中心のオッフル、サクリ、アパル。
フリューゲルが中心のフリューゲル、ヒューレン、シャレル、ラピスラズリ。
レクエルドが中心のレクエルド、アウローラ、リフレイン、ハハム。ここは秘密の共有によって中が深まったようだ。
ディーテルが中心のディーテル、ケヴェア、ゲリンゼル。ここはまだわからないが、ディーテルを好きであろうゲリンゼルと、銃で気が合ったケヴェアとディーテルといったところだろう。
そして俺中心のカムラッド、アングリフとその他二名である。
「さゆり、俺と試合しろ。アングリフはオンブラと試合だ」とカムラッドが指示を出す。
「りょーかい」と返したのはオンブラ•デルガード。銀髪の中世的な見た目でとてもきれいな顔立ちをしているが、とても影が薄い。その証拠に今の今まで物語に登場していない。
「承知」と返したのはさゆり・オキルクピーク。黒髪の穏やかそうで、東洋風で儚げのある女性だ。
カムラッドとさゆりが正面を向く。お互いのタイミングで試合が開始された。
☆
結果はさゆりが勝ってしまった。カムラッドよりは運動ができるらしい。
さゆりがカムラッドに手を伸ばす。カムラッドが「サンキュー」と言い、手を握る。さゆりはときめいてしまった。そう、彼女はカムラッドのことが好きらしい。しかし、それを表に出さないようにしている。
(カムラッドの手を握ってしまった。うれしい)と心の中で喜ぶさゆり。そんなことはつゆ知らず、もう一度勝負を挑むカムラッド。それに応えるさゆり。
一方、アングリフとオンブラ戦はアングリフが勝利した。アングリフは運動が得意であり、剣術もそこそこうまかった。オンブラは剣術を最低限こなせるといったところだろう。
☆
一通り訓練が終わり、お風呂上りの時間である。皆牛乳を飲んでいた。……4人を除いて。
「黒歴史だ……」とレクエルドが呟く。彼女のモットーは「他人に強要しない」だが、こいつら3人は自分から欲しがりやがった。めっちゃ迫られて、結局葉巻を渡して今に至る。
「まあ、もう遅いのだしいいじゃない。ばれないようにね」とスキットルで酒を飲みながらアウローラは言う。そうだけどさ……。
「我々ファクト兄弟も嗜んでみたかったのだ。許してくれ」と兄のリフレインが言う。
「兄貴の言う通りだ。この際墓まで秘密を持っていこう」とハハムが言った。
「まぁ、仕方ないか。墓まで同盟ってことでこれからもよろしくな」とレクエルドが言い、3人とも頷いた。
お酒と葉巻はよくないが、仲がいいのは良いことである。
☆
一方、健全組は牛乳を飲んでいた。ラピスラズリがとてもおいしそうに飲んでいた。
「めっちゃおいしそうに飲むやん」とディーテルがラピスラズリに言った。誰が見てもおいしそうで、自分も飲みたくなるほどだ。
「訓練後、お風呂終わりの牛乳って至福だと思わない?このために訓練頑張れる」と返すラピスラズリ。彼女は本気で言っているんだろうなと思ったディーテルだった。
そんな2人を見ながら牛乳を飲む2人がいた。ケヴェアとゲリンゼルである。
「ディーテルさん、本当にコミュニケーション能力が高いな……」とゲリンゼルが漏らした。
「高嶺の花だと思っているの?」と返すケヴェア。純粋な疑問だろう。
「うん。そう思う。誰が見ても彼女はかわいいし、接しやすい。高嶺の花じゃなかったらなんなのさ」とゲリンゼルが返した。
「あなたはあなたなりのアプローチ方法があるはずよ。一緒に考えよう」とケヴェアがゲリンゼルに提案する。
この2人は恋愛相談を通じて仲良くなっていた。ゲリンゼルはあまり交友関係が広いほうではないが、ケヴェアには素で話していた。
その夜は寝室で男子はゲリンゼルの、女子はさゆりの話をして盛り上がったそうだ。




