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暁の銀嶺と黄昏の蒼  作者: 天野原 唯
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099 緊張と油断の微笑3 


「そ、そんなに笑わなくても良いじゃない」


 実際何が面白いのか判らないけれどファドラーンは随分と笑ってくれた。

 そんなに笑われてしまうと、私は自分の自意識過剰ぶりを嗤われているような気がしてくるわ。

 真面目に向き合っているつもりなのに、取り合うまでもないとあしらわれているみたい。

 ましてや周りからの視線が痛い程なのは相変わらずで、ここでこれ以上ファドラーンに食って掛かる訳にもいかないじゃない。


「ご機嫌ですね、ファドラーン」

 そうこうしているうちに、こちらへと歩いて来ていたラズィルさんがファドラーンの隣へと立った。

 低めの声がファドラーンの様子を伺っているみたい。それに言葉遣いは丁寧だけれど、補佐役と言うよりは対等の立場に立つ者のよう。

 どうしてかしらと見上げていたら、身長も同じくらいの二人はそれぞれの右手の拳を軽くぶつけ合い、そしてにやりと笑みを交わし合う。

「……その笑い方、誰かさんに似ているわ」


 そう、何と言うのか彼等の主人にそっくり。

「仕方ないだろう、気が付いたら伝染ってたんだ」

「特にファドラーンの方がヴァルさまとの付き合いが長いから、無理もないですね。子供の頃からだそうですよ?」

 特に気にもしていない風なファドラーンの返事にラズィルが相づちを打ち、続けた言葉が私に向けたものである事に気が付いた。訝しげに見上げてしまったのは、初対面にしては馴れ馴れしいその態度に戸惑ったから。

 お互い自己紹介もしていないわ、それなのに。


「……おや、失礼でしたか?さっきファドが私を指差していたから、てっきり紹介済みだとばかり思っていましたが」

「お前がそんな態度を取るとは思わなかったからさ。相手はユグドラセアの淑女だぜ?」

 私の表情に気が付いた彼は、少しばかり意外そうにファドラーンへと視線を向けた。

 咎めるような彼のその視線を涼しい顔で受け止めたファドラーンはさらりとそう流すのだが、私としてはさっきの私の失敗を当てこすられているような気がしてならないわ。


「では改めて、私はヴァルさまの親衛隊の統括を任されております副隊長のラズィル・シアルウィール。以後お見知り置きを」

「セシリア・イェライシャ・グレンフォードです。よろしく」


 ファドラーンの言葉に特に気を悪くしたふうもなく、ラズィルは自分の胸に右手を当てると軽く上体を倒してみせた。

 これがこの国の習いなのねとその礼を受けた証として、私も腰を屈めるといつもの礼を執る。そしてようやくラズィルを見上げた。

 勿論新しく知り合いとなった人物へ向ける微笑みも忘れないわよ?

「ごめんなさい。堅苦しいと思われるかもしれないけれど、やっぱり落ち着かないの」

「随分と礼儀正しい方なんですね。さっきセグリエスにはとっても優しい微笑みを見せていらしたから、俺も期待していたのに」

 だのにそう言葉を続けられてしまって、私は自分でも笑顔が引きつるのを自覚していた。 隣ではやはりファドラーンが笑いに肩を震わせている。

「どうかなさいましたか?」

「……それは」

 余りの目敏さに、言い淀んでしまった私。この人は物腰は柔らかだけれど、なめてかかったら絶対痛い目を見るタイプの人だと咄嗟に思う。


「そのセグリエスへの微笑みは、彼女曰く大失敗なんだそうだ。緊張し過ぎで…うっかり笑顔の安売りをしてしまったと気に病んでいる所だよ」

 迂闊な事を口にして揚げ足を取られると困るし、と言い淀んでしまった私の代わりにファドラーンがラズィルへと口を開いていた。まるで冗談を飛ばすような口調で、如何にも大した事じゃないかのように。

「……あの程度で大盤振る舞いですか?この国ではあの程度挨拶レベルですよ。誤解されたくないと言うのならばセグリエス以外の者にも同様に微笑んでおやりなさい。あいつも自分にだけ微笑んでくれた女性がいたからって、のぼせ上がるようなお調子者って訳でもないですから。大丈夫ですよ」

「ほらね?」

 気にする事ではないとばかりの口調でファドラーンの言葉に応じたラズィル。

 それに同調していたファドラーンだったが、その後に続けられたラズィルの言葉には見事に裏切られてしまった。  


「まぁ……ヴァルさまがそんな事をお気になさるとは思いませんが。それとも、貴女が他の男に必要以上に愛想良くするのを嫌がる誰かがいる、と言うのなら話は別ですけれどね」

 この人も何かを探ろうとしている、と漠然と感じる。

 ただ、穏やかなラズィルの口調には余裕が残してあった。私が彼のその言葉を素知らぬ振りでやり過ごしても特に角も立たない程度の隙間が。

 それが意図的に残されていたものだと知ってはいたけれど、それだけでは私や周りの人たちとの関係を特定出来はしないはずだと割り切って、私は微笑んだままでいる事にした。

 そしてファドラーンもラズィルの突っ込みに狼狽えもせず、余裕の笑みを浮かべている。


「ヴァルさまがお決めになったことだ。イェライシャ嬢の顔見せも兼ねての閲兵を、とね。それ以外の意図は俺に聞くなよ」

「了解」

 ラズィルは、合点がいったとか特別な感情を見せずにそう短い返事を返しただけ。

 先程のツッコミ加減からすれぱ拍子抜けしそうなくらいに素っ気ない返事だったけれど、彼なりに何かを理解したという反応なのかしら。



  


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