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暁の銀嶺と黄昏の蒼  作者: 天野原 唯
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097 緊張と油断の微笑



 理由は判らないけれど何となく落ち着かなさげに腕を組んでしまったファドラーンを視界の隅に捉えながら、私は目の前の広場を見渡した。

 そしてこんな場所で自分の親衛隊の騎士達と一緒に鍛錬をするヴァル、次期国王陛下……を想像してみる。

 自分から身体を動かしに来ると言う事は、腕は悪くないと言う事なのかしら。ナイフ投げの腕が良いのは以前目にした事だから確かよね。

 そして改めて考えてしまう。

 確かに身分ある人物、主君としての立場での行動としては奇妙かもしれないわね。

 それでも彼がどんな人かを知ってしまっている今となっては、たいして違和感を感じない。


 丁度目の前の下生えの草が踏み荒らされて地面が顔を出している辺りには、確かに馬の足跡と思しき踏み痕が幾つも見て取れる。

 武術の鍛錬と言うものがどういうものかあまり判っていない私は、馬を使ってどんな訓練をするのかしらと考えながら、ふと、空を見上げた。

 昼食も済ませた昼下がり。

 曇りともいえない明るさの空は一見した限りでは雲に覆われていて、とても奇妙な印象を受ける。でもこの国は氷河の下にある、とファドラーンは言っていたわ。

 だとしたら空なんてあるはずがないじゃない。


 今頃そんな事に気が付いてしまい、隣のファドラーンを見上げる。ふと、微かな風が頬を撫で、同じようにファドラーンの髪を一筋浮かび上がらせた。

 では……この風は何処から来たものなの?

 一つ疑問が浮かぶと、やはりそう考えてしまう。

 今のファドラーンにはこの質問に答えをくれるだけの余裕があるかしら、と見上げて彼を見つめた。


「ようやく来たみたいだよ」

 けれどタイミングが悪かったみたい。

 見上げた私にそう彼が口を開いてすぐ、背後にしていた建物から人の気配が近付いて来るのに気が付いた。仕方がないわね、質問は後回しということだわ。

 そう自分の中で順番を決めて、振り返るように巡らした視界には二十人以上の若者が揃ってこちらへと向かって来る姿が映る。皆お揃いのティールブルーの制服に身を包み、きちんと帯剣しているのは先程会った二人の若者と同じだわ。

 その一団を先導しているのはファドラーンより少し年上かと思える黒髪の男性で、身に着けている衣装はほかの若者達のものと大して違わない。細部に確かに差は付けてあるのだけれど遠くから見たら見分ける自信はないわね。

 そして彼を含めて皆が膝下までのブーツを半分折り返している。

 と言う事は今日は馬には乗らないと言う事ね、とこれまでの旅の間に得た知識で判るのはそれくらいの事でしかなかった。


「整列!」


 低めの声で先頭の男性が号令を掛けると、大して乱れてはいなかった隊列が私とファドラーンの前で更にしっかりとまとまる。

「この人数で全体の三分の一くらいかな。残りは非番でここを離れている奴らと、今現在屋敷の警護に当たっている奴ら。全員あわせて七十人くらいがヴァルさまの親衛隊に所属しているんだ」

 いつの間にか私の後ろへ半歩下がってしまっていたファドラーンが小声でそう説明をくれるのだが、彼に視線を返すとか相づちを打つとかいうリアクションはとれなかった。

 なにしろ目の前の親衛隊の視線が私に集中しているのだもの。

 あからさまに思惑を感じさせるものではないにしても、押さえきれない好奇心を多く含むその視線に落ち着かないというよりは、今すぐ逃げ出してしまいたいと思う程に緊張してしまった。

 それでも逃げ出さないで何とか踏んばっていたのは、先程口にした代償と言う言葉故だった。これもその一部になるのだろうと察していたから、尚更無様な姿を晒す訳にはいかないわ。


「敬礼!」


 再び黒髪の男性が大きな声を出して自分の右腕を上げ、胸に添える。

 一瞬遅れて彼の背後に並んだ若者達もそれに倣い腕を上げた。


「略式の儀式だけれど……君からも返礼をしてやってくれる?」

 どんな表情をしているのか伺うべくもないのだけれど、少し潜めたような低い声で背後のファドラーンが指示をくれる。

 私はと言えば、もうどうして良いのかも判らなくて、ただ身体が覚えているままに故国ユグドラセア風のドレスに手を添えて腰を低くするいつもの礼を執るのが精一杯だった。

 ごく普通に、同じくらいの身分の男性に対してするのと同じレベルの礼を執り、ゆっくりと身体を起こす。そしてふと見覚えのある顔を見つけ、視線があったその人物をつい見つめてしまっていた。

 たしか、セグリエス・ティルガと名乗った彼だったわ。

 さっきの話題になっていた、ガティノワ・エブランデティオスと一緒に屋敷の警護に当たっていた人だ。

ガティノワと言う人は多分……自分の身内に情報を伝える為に外出したのだと考えられていたが、この人はそうではないらしい。

 特別名前も出ていなかったし、つまり、彼は少なくとも警戒されてはいないと言う事なのよね。

 頭の隅っこでそんな事を考えながら、私は社交用の微笑みを無意識のうちに浮かべていたらしい。


 それに気付いたのは、セグリエスさんがぱっと嬉しそうな微笑みを返してくれたのを訝しく思った時だった。

 咄嗟にしまったと思ったものの、後の祭り、だわ。

 自意識過剰な訳では無いけれど気安すぎる微笑みなんて振りまいていたら、誤解されて余計な騒動の元になるだけだわ。ヴァルやファドラーンの迷惑になってしまったらどうするの?

 相変わらず間抜けな自分に嫌気が差して、口元に力を入れた。もう間違ってもへらへらとした微笑みなんて浮かべてしまわないように、厳めしい表情を心掛けることにするわ。


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