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暁の銀嶺と黄昏の蒼  作者: 天野原 唯
94/110

094 不意打ち


 通い慣れたいつもの道を歩いている、そんな気楽さが漂う背中を見つめながらファドラーンの後ろに続く。

 今までいた主翼と呼ばれる建物を、およそ通用口とは思えぬ程に立派な裏口から出る。

 見渡せばさほど広くはないけれど手入れの行き届いて、落ち着いた雰囲気の庭園が広がっていた。

 バックヤードとして使われているらしいその向こう側には厩らしき建物も見える。


 そちらへと向かうのかと思ったのに、ファドラーンの身体はその脇、整然と整えられた庭園の植え込みの隙間をするりとすり抜けてゆく。


 通い慣れた者ならではの足取りは時々ひょいと方向を変えるので、慌ててその後を追いながらこれがこの屋敷の者達が使う近道なのかしらと推測してみる。

 けれど皆が使う道ならば、芝生のように揃えられて育っている下ばえの緑が踏み荒らされて自然と道が出来上がっていても不思議は無いはずだわ。  

 けれどファドラーンが進むその先に標のような踏み後は見当たらない。

 そう思って彼の足元を見つめ、要領の良さにと言うのだろうか、抜け目の無さに舌を巻いてしまった。


 偶然なのか地面から顔を出しているように見える小石、植え込みの仕切りのような顔をして半分ばかり地面に埋め込まれている木材、そして時々幾何学模様を描くように配置されている陶製のタイル。

 何の脈絡もなく、ただ庭園を構成する素材としてランダムにそこに在る、それだけの筈の物の上を一種独特のリズムを刻むように彼の足が辿ってゆく。


 少し迷って、私も彼のその足取りを真似てみる事にした。

 大柄なファドラーンの辿るそれを自分もこなせるかどうか不安はあったけれど、すぐに付いてゆく事ができて、むしろ拍子抜けしてしまう。

 私が後ろで自分の真似をしながら付いて来るのを承知しているのだろうか、黙ったままのファドラーンの後ろを同じように口をつぐんで、もう少し歩いた。

 大した距離でも、速さでもなかったわ。その間に庭園の植え込みは途切れ、私達は幾棟かの建物の脇へとひょっこりと顔を出す恰好になった。


「ちゃんと付いて来れたね」

 見上げれば、振り向いたにこやかな表情の彼と視線が合う。

「……随分な獣道だったけどね」

 息も殆ど上がってはいないし疲れも無いけれど、そう混ぜっ返すと彼が大きく笑う。

 何となく嬉しそうなのは何故かしら。

 今度は落ち着いた足取りで歩きはじめた彼の隣を、同じ速度で歩きながら見上げてみた。

「この道は、昔……俺がよく使っていた抜け道なんだ。踏み痕で芝が禿げたりして他の者に気付かれないようにとずいぶん自分で工夫してね。石やらタイルやらをこっそり埋めたり、木枠なんかをはめ込んだりしたんだよ。勿論……この屋敷の主人は承知していたし、むしろ面白がっていたんじゃないかな」

「この屋敷の主人って……ヴァル……さま?」

 まだ馴染まない彼の人の名に戸惑いながらも敬称を付ける。今までの気安さもあって、つい呼び捨てにしてしまいそうだった。

「そう」

「昔って、貴方が子供の頃……?」

 私の言葉のぎこちなさからそれに気付いているだろうに、ファドラーンは気にするふうも無い。 

 それに私としても、彼が話してくれた内容の方に気を取られてしまっていた。

「そんなに子供だったって訳じゃないな、この屋敷に俺の剣の師匠が居候していたのもあって……勉強と修練と行儀見習いもかねて通っていたんだ」

 以前なら隠していたはずの事をあっけらかんと、そう、無邪気にすら見える程にあっさりと肯定されてしまい、それが何を意味するのか一瞬理解出来なかった。

「その時に、彼は……既にこの屋敷の主人だった訳?ヴァルって一体幾つなのよ、それに……こんな事以前には教えてくれなかったじゃない」


「ああ……もう大丈夫かな、と思って」


 幾分感情的になって問いつめた私に、ファドラーンはさらりと言葉を紡ぐ。

「……彼は…俺の爺さんよりも年寄りでね、たしか……あと十数年で百歳になるんだよ」

 その時は盛大に祝ってやろうと思ってね、とにやりとする彼。

「それを喜ぶ人だとは……思えないわ」


「……隊長、ファドラーン隊長じゃありませんか。お帰りなさい」


 どんなつもりでそんな企みを考えているのかは知らないが。

 妙に嬉しそうなファドラーンへとそ異論を唱え彼へと向き直ろうとした時、背後にしていた建物の方から声が掛かる。

 意外そうな、でも明るい声で、若い男性のものだわ。

 瞬間、先程の二人かと思って身構えてしまったが、廻りを見廻しても人影は見当たらない。

 そこから見上げて、ようやく2階の窓から顔を出している人物に気が付いた。

 どうやらさっき会った二人とは別の人物みたい。

 声の感じからして若者と言うよりはまだ少年に近い、のだろうがはっきりとその顔を見分ける事が出来なくてつい見つめてしまっていた。

 かなりはっきりとした金色の髪が輝いているのに、その表情は影になっているのかしら、と思うくらいに色が黒い。

「アルガ、そんな所から見下ろすんじゃない。お客さまに失礼だろう、おりてきなさい」

「はい、済みません」

 やんわりと窘めるファドラーンの言葉に素直に謝罪して、彼の姿は窓から消えた。


「彼の肌の色はそんなに異様かな?」

 その問いかけで私はようやく、彼が生まれつき肌の色が濃い人々の出身なのだと気が付いた。

「もっと濃い色の人も見た事があるわ、確かバーラートで。確かに初めて見た時は怖かったけれど、慣れてしまえば、いろんな話をしてくれる陽気な人たちだって聞いた事もあるもの」

 伺うような、それとも私の反応を試すかのような、だろうか心配そうなファドラーンの問い掛けにそう答える。  

 振り向いて彼を見上げると、案の定彼は安堵したような表情をしていた。

 確かに、私の故国では肌の色に何らかの偏見を持っている人々が多いのは確かだわ。

 私もそんな狭量な偏見を持っているのではないかと案じたらしい彼の、その気持ちも判らなくもない。

 より肌の色が薄い自分達の方が優位なのだと、そんな根拠のない優越感から他の民族を蔑視する者が居る事を知っている。

 誰かより自分の方が優れていると、そう思い込むのは容易いし、何と言うのか……心地よくさえあることも。  

 でも変よね、自分自身がそれで本当に優れた人間になれるはずもないのに。


「先程は失礼致しました。改めてお帰りなさい、隊長」

 正面の入り口の方から回り込んで来たのか、先程の彼がすぐに小走りで姿を見せた。 

 私達が来たのとは逆方向から彼が現れた事からしても、今私達が通って来た道が裏道中の裏道である事は間違いない。

「近道、と言って欲しいね」

 私の耳元にそう言葉を送り込むとファドラーンは彼に向き直る。

「イェライシャ、彼はヴァルさまの客分としてこの屋敷に住んでいるアルガ・ペーシア。早くに両親を亡くしたので、成人するまではヴァルさまが後見を引き受けたんだ。今は一応近衛の見習いとして、必要な勉強や修練を受けている所なんだ」

「そして、アルガ。こちらはヴァルさまのお客さまで……セシリア・イェライシャ・グレンフォード嬢。さて……彼女がどちらの出身か判るか?」

「……え?出身ですか?」

 思いがけない問いかけだったのか、アルガはきょとんとした表情でファドラーンを見上げている。どうやらアルガの身長は私と同じ位のようだわ。

 そして彼のその愛嬌のある瞳は明るい青色。

 ヴァルの昏い蒼の瞳とは対照的と言ってもい良い程に爽やかな色だ。

 にっこりと笑っているファドラーンと私とを交互に見つめて、困った表情を浮かべている彼にとうとう笑いが堪えられなくなった。

「……私はユグドラセアの出なの。このファドラーンだって初めは判らなかったくらいだもの、気にしなくても良いわよ」

「そんなにあっさり白状してしまったら、つまらないじゃないか」

 突然そんな事を訊ねられて困り果ててしまったらしい彼に、吹き出してしまいそうなのを我慢してそう種明かしすると、アルガの表情はぱっと明るくなった。

 隣のファドラーンは如何にもつまらなさそうにそう言い、そして少しばかり肩を竦めて見せる。

「随分……旅慣れているふうな貴方だってすぐには判らなかったのだから、まだ若い彼が知らなくて当然じゃない。そんな意地悪さんだとは知らなかったわ」

「せめて、もう少し推測させてから教えようと思ったんだよ」

 睨み上げて見せると、ファドラーンがそう付け足す。

 でも、難しい質問に狼狽える生徒を楽しんでいただろうというのは、その表情で判るわよ。


「初めまして、お客さま。あの……貴女がヴァルさまの……お妃候補だって噂はホントなんですか?」



  

 お約束のご長寿ネタで

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