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暁の銀嶺と黄昏の蒼  作者: 天野原 唯
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093 消息と好奇心


 二人きりではぎこちなくなりそうだったお茶の時間も、かなり無難に過ぎていった。

 まぁ、ティセルのお陰だとは言うまでもないわね。

 ファドラーンもとても穏やかな表情を見せてくれて、自分達の仕事の内容……と言うよりは、主人であるチャクラヴァルティン殿がこの仕事に関わっている理由の一端を、ほんの僅かではあったけれど教えてくれたのが意外だった。


 とはいえ、昨日の出来事や、一緒に旅をしていた頃の出来事などから推測しても、彼が教えてくれた内容がほんの一部でしかない事は私でも流石に判るわ。

 隠す気でいるらしいのも判ってしまうけれどそれに対して怒る気が起きなかったのは、彼等が国の者達を心配させまいとしているからなのだと、そう感じたから。

 勿論、本当の事を話してくれてもいいのになんて思いが無かった訳ではないの。


 そんな、奥歯に何か挟まったような少しばかり歯がゆいお茶の時間を、そろそろ終わりにしようかと思いかけた頃、ティセルがごく内輪の事を思い出したかのように口にした。


「……そういえば、ジェイルさまのお子は男の子でしたの。パドマさまがおっしゃった通りになりましたわ」

「いつ生まれたんだ?……確か……もう少し先の予定だったと思ったんだが」

 何かを計算しているらしく、思い出そうとしているファドラーンの顔は眉間にしわを寄せている。

「皆様がお戻りになる2日前でしたわ。徴候が予定よりも早かったので、ジェイルさまは陣痛が始まった日からお休みを頂いて付き添いをしていらしたのです。ミュゼナさまの強いお言い付けだったようですが、ジェイルさまはしぶしぶで。でも……かなり難産だったようで、奥方の傍に居てあげられたのは良かったと思いますわ」

「それで、奥方の……アリシャの容態は?」

 難産だったと聞いて慌てたような表情になったファドラーンに、ティセルはにっこりと微笑む。

「大事ないと、知らせが届いておりました。お子もとても元気な様子だと」

「それなら良かったよ。でも道理で奴の顔を見なかったんだな、ミュゼナ殿の腰巾着とまで言われた男が」

「ずいぶん失礼な事を言うのね……?」

 気安い仲らしいものの、その人物を侮っていると取られかねない彼の言葉遣いに、私は流石に咎めるように口出ししてしまった。

 

 黙って話の流れを追うだけにしようと思っていたのに。

「ああ……大丈夫。ジェイルと言うのはミュゼナ殿の片腕でね、この屋敷の執事のような役割を果たしている人物なんだよ。君に彼女を紹介する時に一緒に会えると思っていたんだが……居合わせなかっただろう?それが少し引っかかっていたんだが」

「ジェイル殿自身も、侍女長との繋がりが密でなければ務まらぬお役目故……その呼び方も甘受すると、苦笑していましたものね」

 私の言葉ににやりと応じただけのファドラーン。

 助け舟を出すように、その時の事を思い出してでもいるのだろうか、可笑しいのを堪えている風情のティセルが言葉を補う。


「それで結局、子供はどっちだったって?、パドマさまの言った通りになったと言う事は2人目も男の子だったってことかな?」

 彼は更に思い出したと言うようにティセルへと向き直った。

「ええ、長男のラシャの次は可愛い女の子が欲しいって、ずっと言っていたんですが……こればっかりは思うようには行かないものですわね」

 残念そうに肩を竦めたティセルは、そのまま私の方へと視線を寄越した。

「でも、ラシャもとても可愛いんですもの。今度のお子も皆とても楽しみにしていますの」

 如何にも楽しみだと言うその表情に子供好きな女性なのだなとありきたりな事を考えながら、ふと、ファドラーンの考え込む表情にも気が付いてしまった。


「お祝いか、お見舞いに行きたいのならば、行ってくればいいんじゃない?」

 普通に親しい間柄の者達ならそうするだろうと思っただけなのに、彼は少しばかり意外そうな表情を向けて来た。

「どうせ、ラウ……じゃないヴァル殿の事を考えていたんでしょ?彼も一応この屋敷の主人として報告は受けているのでしょうし、彼を引っ張って明日の午前中にでも一緒に行ってくればいいのよ。主人だとか王族とか言わずに友人としてなら問題ないんじゃないかしら。どうせ置いて行ったら拗ねるかもだし。それなら名目上無理も無いし、ヴァル殿だって幾ら忙しいからってお祝いに行くのを拒んだりはしないでしょう?」

「……どうして主人さまが拒まないと、言い切れるのですか?」

 ファドラーンと同様の表情を見せるティセルに、私の方が不思議になってしまう。

「私がこの三か月近くの間見て来たひとは、そう言う事にも気を配る事のできるひとだと、そう思うからよ?確かに無愛想に見せては居るようだけれど……成功しているとは言い難いもの」

 自分がこれまでの旅の間に見て来た人物は、本人がどう装っていようと、そういう本質を持つ人だと解釈していたから。

 私はいつになく強気な態度で目の前の2人にそう答えてみせた。

「本人が耳にしたならどんな顔をするのか……見てみたいような台詞だな」

 どう反応するかしら?と思っていた2人の内、ファドラーンはそう言ってよく見せる悪戯っぽい微笑みを浮かべる。

 一方、ティセルはと言えば微笑みを浮かべては居るのに、何処かぼんやりとしていた。

「……ティセル、私はそんなにおかしな事を言ったのかしら?」

 つい、そう声を掛けてしまった私に彼女は穏やかな瞳を向け、今度ははっきりとした笑みをくれた。

「あの方を……そんな風に見て下さる方がいらっしゃるのなら、あの方の奥方になって下さる方もきっといらっしゃると思って、安堵しましたの」

「……それは……」

「……どうだかなぁ」

 あまりに本心から安堵したという表情を見せる彼女に、否定する事もできなくて曖昧に言葉を濁そうとした私の後をファドラーンが引き取る。

 彼は今度は明らかに面白がっているらしい。

 限りなく可能性が薄いと言いたげなその返事に、ティセルは仕方がないとばかり肩を竦めてみせた。

「まだまだ当分は無理な話だって……判っては居るんですけれどね」

 少しばかり諦めの混じったその口調に引っかかる。

 当分の間って、どういう事なの?

 それでも訊ねればチャクラヴァルティンのプライベートに踏み込んでしまうのだろうと判っていたから、私は何かを呑み込むように、その質問を我慢していた。

 ティセルはと言えば挑発するようなファドラーンの言葉にも特に反応する訳でもなく、諦めにも似たため息を一つ吐くとテーブルの上のカップを片付けはじめる。


「聞かないの?なんの事だか」


 ついさっきまでティセルに向けていた口調のまま、ファドラーンが私に問い掛けた。

 片付けた器をのせたトレイを持ったティセルが静かに部屋を出ていく。その背中を見つめていた私は、そのままの姿勢と逸らしたままの視線でそれに答える事にした。

 眼を合わせれば、好奇心で一杯の心を読まれてしまうのは判り切っていたもの。


「……そのうちに判る、でしょ?」

「まあね」

 視線をそらしたままだったので見えてはいなかったけれど、気配で苦笑したらしい彼もまたいつもの身のこなしで立ち上がると扉へと手をかけた。

「何処へ行くの?」

 心細そうな声は出さなかったつもりなのに、振り向いたファドラーンは余裕の笑みを浮かべているのが少しばかり口惜しい。


「ここの敷地内にある……兵舎のような所だよ。戻ったからには一応顔を出しておかないとね。……俺がいない間に規律が弛んでいると困るし」

「警備とか護衛の為の人たちの事ね?」

 彼がいなくてもきっと代わりに纏める立場の者が居るはずなのに、と喉元までで掛かったのを違う言葉で誤魔化してみる。

「王族の護衛だから一応所属は近衛になっているんだけど、殆どヴァルさまの親衛隊のノリでね。結構皆好き勝手やってるんで、手綱は握っておかなきゃならないんだ」

 どうやら私の呑み込んだ言葉には気が付いていたらしい。そして、思い出したとでも言うように付け足した。

「そうそう、さっき会ったセグリエスやガティノワ達も交代して戻って来ているだろうから……君も来るかい?夕食前までは君の自由時間だから休息に充てても良いし」

「長くかかるの?」

「そうだなぁ、少し身体を動かす事になるとは思うから……2時間くらいかな?君さえ良ければ」

 セグリエスさんにガティノワさん。その名前を聞いて、一瞬昼前に会った彼等の視線を思い出し、尻込みしかけたのは否めない。でもここに滞在している間中彼等の視線から逃げ続けている訳にも行かないのだから、と覚悟を決めた。


「……行くわ」


 そう言葉にする事で自分に踏ん切りを付けた私に、ファドラーンは少し瞳を細めた視線を向けて来た。値踏みされているようなそれを、負けるものかと意地っ張りな気持ちで黙って見つめ返す。


 そしてそのまま、数秒間。

「じゃあ、行こうか」

 ふっと、微かな微笑みを漂わせた彼はそれだけを言うと、背を向けてさっさと歩きはじめた。


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