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暁の銀嶺と黄昏の蒼  作者: 天野原 唯
92/110

092 柔和



 時々手慣れた仕草でお茶をサービスしてくれる以外は、侍女としての振る舞いを押さえる事にしたらしいティセル。


 彼女の同席を言い出すまでは奇妙な緊張感を身に纏っていたイェライシャも、今は娘らしい微笑みを浮かべてティセルの話に相づちを打っている。

 それにしても先程の、わざとイェライシャを怒らせるようなティセルの態度には正直びっくりしてしまったのだが、今の彼女はそんな事はまるでなかったような素振りで笑顔を浮かべている。

 ティセルはずいぶん打ち解けた様子で自分の仕事の事や、他の者達の仕事の内容、そして侍女長ミュゼナの人柄などさしあたって当たり障りの無い範囲でイェライシャの質問に答えていた。


「主人さまのお留守ですか?そりゃもう、年の半分以上は確実に屋敷にはおいでになりませんから……お仕えする者達が気を緩める事の無いよう、ミュゼナさまはとても気を使っておいでですわ。それに時々は今回のように突然お戻りになる事もある主人さまですから……気は抜けませんもの」

 この屋敷の主人に話が及ぶと、そう言ってティセルは肩を竦めた。

「……辺境守りと言うお役目はそんなにお忙しいのですか?」

「こんなにお留守が多いのでは、奥方になられるお方がお可哀相ですわよね。ただ、このお役目はもともと前例のないものだとかで……。主人さまが国王陛下と相談の上、幾つかの部署をまとめて管轄としておられるのだと伺っております」

 あまり詳しくはないのだと仄めかすティセルの答えでは納得出来なかったのか、俺はイェライシャの視線が俺に向けられるのを黙って受け止めた。


「……聞いても良い?」

「俺に答えられる範囲でいいのなら」


 そう答えると、彼女は真剣な表情でうなづく。

 とは言え様子を探るように、下手に出て来た彼女の仕草が可愛いからと言ってほいほいと話す事は出来ない類いの話題だ。

 どう説明するかをしばらく考えてから、俺はゆっくりと口を開いた。


「もの凄く大雑把に言ってしまえば、この国の国境の管理と警備、そして入出国の監督……ってところかな」

「それでどうして貴方達は他の国を旅して廻っているの?……商人を装って」

「閉じ籠っているだけでは世の中が判らなくなってしまうだろう?」

 妙に納得がいかないらしい彼女の言葉に返事を返すと、少しばかり居心地悪くて俺は組んでいた足を組み替えた。

 決して嘘を吐いている訳ではないのに。

 ただ、今自分が口にした仕事はあくまで表向きの、お綺麗な建前の仕事だ。

 その裏側のドロドロしたものをわざわざ披露するまでもないし、気が付いていないのならばその方が良いに決まっている。まるで自分に言い聞かせてでもいるかのように俺は一人ごちて居た。


「じゃあ……どうして?前例のない役職を作ってまでして……彼は何をしようとしているの?」

  

 だから、彼女のその問いは全くの不意打ちに近かった。

 そんな風に受け止めるとは思っていなかったから。

「自分自身が前例のない存在だから……これまでと同じ事をしていては、意味が無いだろうと言ってね。本来の彼の仕事の内容とはあまり関係がないような……外遊を繰り返すのにも、彼なりに追求したいものがあるかららしくて。……まぁ、俺達もずいぶん彼に振り回されているんだよ」

 薄々気付いている者も居るのだろうが、あまり他の者には言った事の無いプライベートな内容を少しばかりこぼして、仕方が無いだろう、と俺は肩を竦めた。

 ……そんな俺にイェライシャは小さな溜め息を一つ、してみせる。


「何だかんだ言っても、貴方も付き合いがいいのね」

「一応、俺は彼のお守役だからね」


 困ったような視線で彼女に見つめられ、平静を装ってそう切り返す。

 その言葉に柔らかくにっこりと微笑んだイェライシャの反応に、今まで俺が説明した事以外にも多くを理解してくれているのかな、とも思える。

 気が付けば、同じように穏やかな微笑みを彼女に返していた。  



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