009 襲撃と結末
盗賊達は初めに矢で急襲し、次に剣を持った者が旅人を襲うのが常套手段だと聞いた事があったわ。残された荷をそれからゆっくりと漁ろうと言う心づもりなのかしら。
バラバラと足音がして、見回すと三十人近い男達が手近の木々から姿を現わすのが見えた。
馬の陰でファドラーンに庇われたままの私は、押さえつけられたような態勢のままで彼等の動きを見ていた。
盗賊が特に慌てている様子もなく余裕の表情のように見えるのは、これがいつも通りの手順と言う訳なのだろう。
しかし、流石に今回ばかりは彼等の思惑通りにはいかなかったみたい。
倒れたアルマンスール家の男達の近くを通り過ぎようとした盗賊の何人かが、口々に悲鳴を上げて転倒する。
応じて立ち上がったアルマンスール家の男達はどこにも負傷した様子が無くて。不意打ちで矢を受け、倒れた様に見せかけていただけだったのだ……とようやく私にも理解できた。 この時点で既に四、五人の盗賊が倒されている。
それでも数はまだアルマンスール家の方が劣勢だわ。
しかし、間合いを取ろうとする盗賊達と、幾人かのアルマンスール家の者が剣を交え、さして切り結ぶでもなく相手を倒してゆくのを私は呆気に取られて見つめていた。
私の傍らに居たファドラーンはいつの間にか立ち上がり、周囲を見回しながら幾人かの名を呼び指示を出して行く。それに応じて男達が動き、この襲撃のカタはあっけなく付くと思われた。
一人一人の力の差が歴然としていたのは素人である私にもよく分かったから。
不意にすぐ隣に居てくれたファドラーンが動いた。
吃驚するくらい素早く剣を抜き……刀身が鞘を抜けるときの音と、何かがぶつかる音がしたのはほぼ同時、だったと思う。
地面に落ちたのは綺麗に断ち切られた矢で、それが彼を狙ったらしいとようやく気が付いた。
それと同時に前方の木立の中程、大枝から叫び声とともに何か重いもの……すぐ人だと知れた……が枝を騒がせて落ちて来たときはあんまりびっくりしたものだから、握りしめていた手綱を引っ張ってしまいそうになった。
後を追うように落ちてきた弓からすると射手だったらしい男は、ぐったりとしてそのまま動かない。
首の付け根辺りに細身ながら長い刃を持つ小剣を打ち込まれ、出血しながら、しかし既に絶命しているふうだ。
けれど誰がこの小剣を放ったのかしら。
この状況に不意に合点がいった。
「わざと立っていたのね⁈」
木立に紛れた射手の居所を突き止める為に。……囮として。
ようやく気が付いた私の言葉に彼、ファドラーンはにやりと笑みを返す。
そして私はようやく周りを見回した。
戦いという程規模は大きくなかった事態は既に終わっていた。
飛び散った血潮は全て盗賊のもの……なのよね。
射手を仕留めた事で弓矢の心配をしなくても良くなったからか、ファドラーンは私に手を差し伸べて立たせてくれたのに、情けない事に私は足が震えてしまって自分だけでは立っていられなかった。
彼にしがみつく訳にもいかないから、馬の手綱を頼りにして、馬に縋り付いて廻りを見渡す事にしたの。
独特の血の匂いに膝から力が抜けそうになるのを、やはり馬の手綱でごまかす。
半分以上の野盗が切り伏せられ、その内の命永らえた者は道の一角に狩りたてられ、縄を打たれている。それらの動きすら手慣れていて、手際の良過ぎるという感覚が拭えない。
それでも彼は暫く私の隣りに居てくれたわ。
大体の成り行きが片付いたと思われた頃ようやくファドラーンは私の側を離れ、木の根元で息絶えている射手の首から小剣を抜き取ると、刃先の血糊を死体の衣服で拭い柄を差し出した。
ラウドラチャクリンに向かって。
「相変わらずの腕だな」
褒めているのか、呆れているのか判らないファドラーンの言葉には直接答えず、受け取った刃を自分のブーツに隠していた鞘に納めたラウドラチャクリンはにやりと笑みを返し、自分の馬の元に戻ってゆく。
何をするのかしらと見つめていたら、今の騒ぎで傷付いては居ないかと馬の身体を熱心に検分している。……それも呆れる程の熱心さで。
私の心を読んだかの様に、かすかに笑いを抑えたファドラーンの声が隣の上から降って来た。
「……馬にあれだけこだわる男は女性にもうるさい好みが有るらしいが、惚れたらそりゃあ尽くすだろうってのが我々の意見でね。あいつがどんな女性に骨抜きにされるかを見届けるのが目下の俺の最大の楽しみだな」
探る様に見上げると、優しい笑顔に出会った。こんな修羅場のまっただ中だと言うのに、我知らず頬が上気して、気まずさに慌てて俯く。
それに気付いているのか居ないのか、隊の男達に指示を出す彼の声が頭の上で響いた。
「負傷した者は癒しが済んだら出発の支度を。次の街に着き次第、王国の兵に出てもらわねばならんからな……なるべく急いで」
……癒し?
聞き慣れない言葉の意味が理解出来ず、きょとんとしていた私には構わず、幾人かがラウドラチャクリンの元に集まってゆく。それぞれが衣服の腕や肩を捲り上げているのからすると、どうやら僅かだが打ち身や切り傷をこしらえた者達らしかった。
改めて倒木に腰を下ろしたラウドラチャクリンの周りに座り込んだ彼等の、何か不思議なその情景に惹かれたのか、或いは恐いもの見たさの好奇心からか……私もその傍らに近寄ってみる。
そしてそこで見たものは今迄の自分の生活、或いは文化には無いものだった。




