008 襲撃
何気ない様子で立ちながらも、私は離れた所から常に彼等を観察していたわ。
一昨日の雑貨商のような下心のある態度をチラとも見せない彼等に安堵するとともに、彼等が纏う不思議な雰囲気があまりにも気になるからだった。
動転していた事もあり、あの日は細かい事を気にはしていられなかった。それに初対面の男性を正面からじろじろ見つめる勇気も……殆ど残っていなかったし。
ただ、旅の途中で泊まる宿の都合からという理由で、彼等兄弟との相部屋をと希望された時は流石に逡巡したわ。
結局は彼等のその不思議な雰囲気に流されて承諾してしまったのだけれど。
中流商家の息子だと名乗った2人の若い男性は、兄弟だというにはあまりにも似ていなかった。
初めての晩に逗留した宿で、改めて二人をまじまじと見つめて、いいえ、見比べてしまったくらいに。
兄だと名乗り宿場町で私を助けてくれたファドラーン・アルマンスールはとても背の高い男性で、話をしようと思ったら少し上を向くどころか見上げなきゃならない。
けれどただひょろ長いという訳でもなく、背中や肩の厚みや姿勢のよい立ち姿などからしてもバランス良く鍛えられた体つき、という印象だった。そして髪の色は少し明るい赤茶色、瞳の色は黒っぽく見えるものの時々明るい緑色が掠める。
対して、弟だと紹介されたラウドラチャクリン(ちょっと変わった名前だけれど)は、後ろから見たら女性かと思うくらいに長い黒髪の持ち主だった。
この辺りでは長髪の男性は多いらしく、確かに時々腰まである人も見かける。
ただ特異なのは、ラウの前髪が少し染めた様に青みがかった紫色に変色している事だ。
何かの意味があってそうしているのか、生まれつきなのかは判らないけれど。
……他にも色々と彼は人目を引く男だった。常にマントのフードを深く被っているのもうなづけるくらいに。
体格はファドラーンより少し小柄、もちろんそれでも決して低い身長ではないわ。
体つきにしても、細身で、でもしなやかな身のこなしから只の優男ではない事が伺える。
そして普段はフードで隠しているその面差しは実に整った、端正なものだった。
無口で取りつく島も無さそうだけれど、それでもきっと彼に群がる女性は多いのだろうな……と考えてしまうくらいに。
実際、宿泊していた宿の下働きの女性などがとても熱心に二人や他の隊商のメンバーを見つめているのに気が付いていたし。
出発前の打ち合わせかしら、2人の廻りには一行のサブリーダーだと紹介されたミシェイルさん、それに何人かの男達が立ち、厳しい表情をラウドラチャクリンに向けている。
その視線に押される風も無く口を開き指示らしいものを出している彼やファドラーンに応じて、彼等は歯切れの良い返事を返すとそれぞれの持ち場に就き……かさばる剣すら扱い慣れた風情で馬へと跨がった。
気を引き締めた表情でラウドラチャクリンに返事をした男達は、まるで兵士のよう。
皆が剣を身に帯びているから余計にそう感じてしまうのかしら。
でも、明らかにこの隊商の指揮系統をファドラーンと二分しているらしいラウはその態度からしても、只の弟とは思えないわ。
見せ掛けとは違う何かがあるの、彼等には。
そんな気持ちが改めて確信めいて感じられた。
その日は何事もなく過ぎて、私達の一行は無事に街道沿いの次の宿に入る事が出来たわ。
私は緊張してばかりいたのに、廻りの人達はそうでもないみたい。穏やかに食事を済ませて、私にも挨拶をしてくれる隊商の人達。
皆の年齢はファドラーンと似たり寄ったりなのか、比較的若い男性ばかりで構成されているこの隊商。一番年上に見えるのはサブリーダーのミシェイルさんかしら。
逆に一番歳が若く見えるのはヨシュア、と呼ばれていた黒い髪とくるりとした茶色の瞳が印象的な男性かしら。まぁ、若いと言っても私よりは年上だと思うわ。
そんな男性ばかりだというのに私の事情を突っ込んで聞いてくる人もいなくて、正直居心地は悪くない。
まだ夜の同室者には慣れないけれど、私はこんな風に穏やかな旅の日々が続くのだと思い込み始めてしまっていたの。
けれど次の日の午後、大きな森を抜けかけた所でその出来事は起こった。
木々の影で薄暗い木立の間を皆が隊列を乱す事なく進んでいく。特に急ぐ風もない馬の速度と、隣に居るファドラーンの特別気負いのない姿に私は随分と警戒を怠っていた。
ふと、空気に何か……唸るような音が加わり、それが弓矢の羽音だと私が理解する前に隊商の男達が幾人かそれぞれ慌てたような声を上げ、馬から落ちた。
「きゃあっ」
どこかぼんやりと他人事の様にその事態を眺めていた私は、突然隣から力強い手でバランスを崩され……鞍から放り出された。
鋭い音と共に今の今迄自分が座っていた鞍に矢が刺さるのを、目の隅で確認しながら地面に叩き付けられる痛みを覚悟する。
昔、乗馬を習い初めてすぐの頃、落馬して強かに体を打ち付けた時の痛みが記憶に蘇ってくる。
しかし今回はその衝撃は無く、むしろ優しく抱きかかえられて私はファドラーンに地面に組み伏せられていた。すぐ隣で彼が、驚きに前足を上げていた私の馬の手綱を取りつつ、いつでも剣を抜けるような姿勢で身を低くするのが目に入る。
飛んで来る矢の到達点を見切り、こんなに素早く動ける男が只の商人だと……?
この光景を目の当たりにして彼等の言い分を信じろと言うの?
現在の状況も忘れて衝動的に問いつめてしまいそうになった……「あなた方は何者なのか?」と。
それでも……なんとか言葉を飲み込んで口をつぐむ。
私も彼等を偽ってここに居るのだもの、問えた義理ではないはずなのよ。
それにしても野盗の襲撃の直中に居るというのに、不思議と恐怖を感じない。
意外にも冷静に事態の推移を見つめている自分に驚き、肝が据わったものだと……苦笑してしまう。馬達ですら、驚きで前足を上げはするものの暴走する気配もなく、不思議な程落ち着いている。
矢音一つで暴走し、乗り手を放り出すものだわ。馬と言う臆病な動物は。
アルマンスールの馬は馴らされた、訓練された軍馬並みなのではないかしら。
もう何本かの矢音がして、1人2人と馬から落とされた。
心なしか、うめき声が妙にわざとらしく聞こえるのは気のせい?。




