007 前触れ
翌朝……やはり彼の起きる気配で目が覚める。
朝の気怠い時間を楽しむ風もなく素早く身支度を調えると、一応気を使っているのだろう静かに室外へと逃れてゆく。
早起きの質なのは良いとしても……この時間を楽しまないなんて勿体ない、と俺は小さくため息をつく。そして、ぬくぬくとしたベッドの中でもう少しだけ夜明け前のひとときを楽しんだ。
……次に目を醒ましたのは身支度を調えたイェライシャが部屋の中の仕切り、彼女のベッドと俺達のベッドを仕切るのに使っていた衝立てを片付ける音だった。
漸く俺も起き上がり伸びをして、彼女の姿を目で追う。
「おはよう、イェライシャ嬢。良く眠れた?」
「ええ、ありがとう。……あら、ラウドラチャクリン殿……弟さんは?」
はにかんだような、けれど素直な口調で返事をくれた彼女は部屋を見回していた。
「少し前に起きて……今頃は馬を見に行っているんじゃないかな。いつもの事ですよ。……申し訳ないが少し待ってて下されば俺も支度が出来るし、食事は一緒に摂りに行きませんか?」
見知らぬ男達と混じって食事をするのも気後れするだろうと思って、そう声を掛ける。
俺の意図を知ってか知らずか……にっこりと彼女が微笑み、カーテンを開けた窓からの朝日にその淡い色の金髪が輝くと、やはり俺の目はその輝きに釘付けになってしまう。
「もう少し切った方が良いかしら?」
「……え?」
何の事か判らず惚けた返事をすると、イェライシャは困ったような顔で俺を睨んだ。
宿を出発して大分経った頃、昼の食事を支度する為に街道から少し外れた所で馬を止めた時だった。彼女はマントのフードを被り直すと、脇からこぼれた金の髪をその中に押し込む。
「この髪です。ユグドラセアでは当たり前の色なのに、バーラートやこの辺りでは物珍しげに見られたわ。一人で旅に出てすぐにあやうく娼館に売り飛ばされそうになって、その時に大分切ったのだけれど……」
「自分で?」
「ええ、そうよ」
後ろ髪が纏ってないのはそのせいだったのかと納得。よほど慌てて切ったのだろうと推測できるが、それにしても娼家とは……。
「……良く我々を信用して下さったものですね?」
いかにも呆れた、といった俺の声色にイェライシャは困った様に微笑んだ。
「あなた方のタイミングが良すぎたのよ。あの商人達にもう少ししつこく絡まれたら、関所のお役人の所へ逃げ込もうと思って、逃げる準備をしていた所だったのですもの。……渡りに船とはこの事だと思ったわ?それに貴方やラウドラチャクリン殿は、他の人たちと少しだけ雰囲気が違って……助けて下さるような気がしたのよ」
「……助ける?何から?」
けれど問い返した俺を何気ないふうにはぐらかし、彼女はそれ以上を追求させなかった。
「その髪を……切ってしまう前はどのくらいの長さだったの?イェライシャ」
思いきってそう訊ねたのは、その夜、次の町の宿での夕食時だった。
大分遅い時間に宿に着き、皆で食卓を囲んだ時の事だった。一行の男達も彼女の存在に馴染み、イェライシャも警戒を大分緩めた頃だったろうか。
彼女は随分遠い眼差しで天井を見つめ、それから俯いて答えた。
「私のひざ下位かしら。ユグドラセアの女性は皆伸ばした髪を昼間は結い上げて、夜寝る前にはほどいてお下げにするのよ。手間だけれどまぁ、最低限のたしなみってところね」
ふと俺の視線に気が付いたのかにっこりして付け加えた。
「まぁ……今の長さも楽と言えば楽よ?旅の途中で髪に時間はかけられないしね」
俺はそんなに罪悪感いっぱいの顔をしていたのかな?彼女の答えにそう考えてしまった。
しかし、一方で髪の長さを惜しむ風情を見せた彼女に、何か改めて釈然としないものを感じても居た。
ふと視線を感じ見遣ると、ラウドラチャクリンが意味ありげな微笑みを見せる。
今頃その疑問を抱くのか?……そう言いたげなその微笑みに、正直どう対応すべきなのか迷う。
「どうやら明日のようだな」
翌朝、出発の為馬を見に行ったラウはそう言いながら愛馬ヴァージャの鞍頭に止まった小鳥を見やる。
偵察の為の先遣りに出した男達に預けた連絡用の小鳥だ。
……二日の日程分先に進んでいる彼等は、他の隊商と同行しており、その隊が盗賊に襲われるか、盗賊に関する情報を手にした時点で連絡をしてくる事になっていた。
誰が指示する訳でもないが、小鳥の足に結わえられた通信文を読むラウの元へ隊の主立った者が自然と集まる形になる。
「昨日のうちに同行していた隊が襲われたらしい。……賊の人数が思っていたより多いようだな、気を締めて掛からねばならん。……ファド、お前はあのお嬢さんを守るんだ……判ってるな?」
きっぱりと真正面から言い切られては頷かざるを得ない。
「同じ街道沿いでこうも続けざまに隊商を襲いますかね?」
「根城か縄張りを変えるつもりなのかもしれんな。同じ国境沿いでももう少し北のルートはここの辺りよりも更に王国兵の守りが薄い」
サブリーダーとして隊を纏めているミシェイルの問いにラウドラチャクリンはそう答えてにやりとした。
甘えるようにラウの廻りを飛び回っていた小鳥は、次の用事を言い付けられたのか彼の肩から飛び立って行く。
それを目の隅にとらえながら俺は少し声を大きくしていた。
「実入りのいい場所を手放すつもりなら手加減はしてはこないだろうからな……奴らに最後の一儲けをさせてやる気はない。逆に奴らを潰すつもりで行くぞ、ミシェイル」
「……はい」
いつもながら、のんびりした返事だ。
少し睨んでみたら、穏やかな微笑みを返して来る。もう少し緊張してもいいと思うんだがな?
タイトル記入を忘れましたぁぁぁ・・・・追加しています。




