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暁の銀嶺と黄昏の蒼  作者: 天野原 唯
85/110

085 衣装部屋



 再びミュゼナの後に続いて、与えられた客室からかなりの距離を歩いた所へと案内された。

 大きな屋敷だし、建物の配置も知らないのでここがどの辺りに位置しているのかはとうに判らなくなっている。


「先にこちらにご案内した方が良かったかしら……」


 呟くようにミュゼナが扉を開けると、私はその先の光景に暫く言葉が出なかった。

 正直、呆れたような表情になっていたのではないか、とも思う。

 開いた扉の先にあったのは、かなり広い部屋とその中を埋め尽くす程に並べられた色とりどりの衣装だったから。そして、待ち構えるように四人の年配の女性達。


「お待ちしていました」


 彼女達はそう言葉を並べ、次には手にしていた何着かの衣装と私とを明らかに見比べている。


「金髪の方だと伺っておりましたが、思ったよりも淡い色合いの髪の色ね。瞳の色も綺麗な金色だから……本当に似合う色はかなり限定されてしまうかしら」


 そうなのだ、この髪と瞳の色の組み合わせはどの色とも相性がいいように見せかけつつ、実は結構色を選ぶ。あまりそう言う事にこだわれる環境ではなかったので、どれ位微妙な色が本当に自分に似合うのか深く追求しては居なかったのだけれど。

 

「イェライシャ、じっとしててよ? 」


 ふと、隣からファドラーンの声が降ってきて。

 近いなと思った瞬間、私が身に着けていた外套……ファドの母ルツィエラから譲られたものだ……が肩を外され、するりと地に落ちていく。

 隣りにいたファドに脱がされたのだとは咄嗟に理解したけれど、意図は汲めなかった。

 確かにずっと着ている訳にはいかないものだったが、なにも今脱がされなくとも……。


 「ソレが貴方の決断ということなの?」


 焦るような気恥ずかしさにあたふたしている私を他所に、思いのほか真面目な声を出したミュゼナ。

 誰に問うているかと思えば隣りにいるファドラーンが静かに頷くのに気が付いた。


「既に決めてる。ヴァルさまとも確認済みだしね」

「そう……」

 ミュゼナの反応は落ち着いている、でも今の会話の意味が私には分からない。


「では御衣装を選びましょうね」

 先に部屋にいた女性がさらりと事態を進めてしまい、問う事が出来なかった。

 しかも慌ただしく、寸法を測られはじめてしまう。


 この場で唯一の男性という立場に遠慮したのかファドラーンが用事を口実に部屋を出た途端、有無を言わさず旅着を兼ねて着ていた簡素なドレスとその下に何枚も重ねていたペチコートのうち薄手の一枚を残して、ドロワーズさえ脱がされてしまった。  

 呆れる程の手際の良さで採寸を完了させると、色目が合うと見繕われたかなりの数の衣装を次々と宛てがわれ、着せ変え人形宜しく袖を通され、細かい寸法を直される。

 幾度それを繰り返しただろう。

 流石に何度もドレスを脱いだり着たりを繰り返したので、力を入れていた足が痛くなってきてしまった。


「……これくらいでいいかしらね。シンプルなものはすぐに仕上がるし、取り敢えず今夜の夕餉にはこれがいいかしら」

 満足げにミュゼナが示したのは、特にサイズの直しも必要ないくらい私にピッタリだった衣装だ。

 深い緑の生地に金色の刺繍が縁取りであしらわれているもので、落ち着いた雰囲気のそれはウエストのやや上で切り替えが取られ、足さばきも楽なように裾は広くゆったりとしている。

 その下に身に付ける長いペチコートは若草色で、上衣より少しだけ長めに作られていてドレスの裾から覗くのが可愛らしい。

 けれど今まで私が習慣として身に付けていたドロワーズはこの国ではあまり用いられないと聞いて、少し淋しいような心許ない気持ちになった。

 更に揃いの生地で作られた柔らかな靴も、皮で裏打ちされたものを素足にそのまま履くのだとかで、身軽と言うよりはあまりに無防備な印象が拭えない。


「……なんだか落ち着きません。脚がとても……無防備で……」


 正直にそう告白すると、ミュゼナを始め皆穏やかな微笑みで答えてくれる。

「大丈夫、すぐに慣れますよ。これに馴染むと地上の装いが辛いと、ファドラーンの母上もよく零しておいででしたもの」

「ルツィエラさんが?」

 問い返しながらも、彼女らしいと思えてつい微笑んでしまった。けれど、その後に続いた言葉に正直うろたえる。


「それでは……これらの装束は順次お直し致しまして、お部屋の方へお届けしますわね」

「でも、こんなに沢山のご衣装を直してしまったら、お返しする訳にも行かなくなってしまいます。すぐに戻る事になるかもしれないのですから」

 涼しい表情でそう纏めるミュゼナに縋るような口調でそう訴えたのに、彼女はあっさりと私の言葉を一蹴してしまう。


「お館様のあのご様子では、すぐにルクアディナルファへお戻りになるとは考えられませんし……貴女も何かご自分の目的があったのではなかったのですか?」

「それは……そうなのですが……」


 逆に問いかけられて答えに窮する。

 助けを求めるように室内を見回してみるものの、ファドラーンは衣装合わせに遠慮して別の用事に行ってしまっているから誰も助けてはくれそうにない。


「それに……お客さまに十分なお支度を差し上げるのもお招きした者の義務。どうぞ、ご遠慮なさいませぬよう。主人〈あるじ〉さまとしても……久しぶりのお客人を飾り立てるのに異存はありますまいよ」

「でも、これだけの質の品です……どなたかこの屋敷のご婦人の為に誂えられた物ではないのですか?」

 畳み掛けるようなミュゼナの言葉に対して、逃げ道を捜すように口走った私に一瞬周りがざわめいた。

 私の言葉の何処に彼女達が反応したのかは判らないものの、そのざわめきがあまりいい雰囲気のものでは無い事は流石に理解出来るわ。


「……残念ながらこの屋敷には使用人以外の女性はおりませんの、それが私の悩みの種ですわ。主人さまが女性をお連れになる、とラトーからの報せに……いよいよかと思いましたのに。どうやら貴女様はそう言う方ではないようですしね」

 廻りのざわめきなど気にはならないとばかりにミュゼナは溜め息混じりにそう続けて、意味ありげに見つめてきた。

 私はと言えば、言葉の意味を何とか理解して、今度は顔が赤くなるのを止められなかった。


「主人さまにご家族が在れば、貴女も一番にお会いになっておられましょう。ましてや……何日も家を空ける夫を迎えに出ぬ妻も居りますまい」

「……それでは」

「あの方はご家族もなく一人でこの屋敷にお住まいですの。そりゃもう、いい加減お子さまがおいででも不思議の無いくらい、かなりいい歳におなりですもの……。昔から御仕えしております私どもとしても、出来るだけ早くこの屋敷の奥方さまになられる方にお目にかかりたいと思っておりますわ」


 言われてしまえば当たり前な事なのに、考えてもみなかった。

 ラウ、じゃなかった「チャクラヴァルティンの家族」という存在に。

 ミュゼナの返事に疑問は払拭されたものの、目の前に在る室内を埋め尽くす程の衣装の説明にはならない。

 それを理解したのだろう、彼女は穏やかな表情で室内を見回した。


「ここにある衣装は、主人さまの領内の娘達に贈られるものなのです。毎年行われる行事の一つに、その年に成人となる若者達を祝う祭りがございます。その折に祝いとして……若者達にこれらの中から気に入ったものを選び取らせるのですわ。隣の部屋には同様に、青年達の為の衣装が用意してございますの。それをどのように使うかは受け取った者の自由ですが、婚礼の為の衣装にする者が多いようですから……清楚な物が一番人気ですわね」

「懐が広いと言うのか、気前の良い領主さまなのね」

 見ず知らずの私の為にすら面倒な交渉事の手間を厭わなかった彼に、らしさを感じて溜め息と共に言葉を吐き出す。


「あの方にとっては気晴らしのようなものなのでしょうね。祝いの宴にはヴァルさまも必ず臨席なさり、領内の民に祝福を贈られるのです。……もっとも領内の民と言っても多い数ではございませんから、本当にささやかなお祭りなのですけれど」


 さっきまでの心配げな風情は何処へやら、柔らかな笑みで話し続けるミュゼナの誇らしげなその表情に、彼女がこの地に抱く感情を羨ましくも思う。

 私は、まるで子供が飽きた玩具を放り出すように、いともあっさりと故国を離れ、新しい土地バーラートでの目新しい暮らしを楽しもうとしていたのだから。


 でもそれは、いずれ故国に戻る事を前提とした旅だったからよ?

 誰に対してでもなく言い訳のように呟いてみるものの、自分がまるで軽薄で薄情な人間のような気がしてしまう。


「私は……自分に一体何が出来るのかを知りたくて、無謀な旅に出たんです。それが如何に危なっかしいものだか気付きもしないで」

「随分な大冒険だったようですね」

 動機、と言うにはあまりに漠然とした言葉をようやく探し出して、目の前のミュゼナに告げると、彼女はそれににっこりと答えてくれる。


「そんな恰好のいいものでは無かったと思います。ただ、廻りに流されるようにして……好きでもない相手と婚礼を挙げるのが嫌で、ただそれだけの理由で、父や姉を残して逃げ出しただけだったのかも知れないって思う事は今でもあるんです」

「主人さま……ヴァルさまが如何に情の篤い方と言えども、ただ逃げ出して来ただけの者にここまでお目を掛けられる事は在りますまい。何がしかを貴女の中に見出されたが故だと解釈して差し支えないと思いますわ?そして……それを拠り所として、胸を張ってこの国の者達とも相対なさると宜しいですわね」


 ミュゼナの愛国心、それとも主人への忠誠心だろうか、がとても眩しく感じられる。

 そういった拠り所を持たない私は……そうとは知らずに……自分の不安定さを露呈していたのかも知れない。

 諭すような彼女の言葉に、それを悟って本来ならば恥ずかしくて居たたまれない気持ちになる筈なのに、その言葉は抵抗なく胸に馴染んでゆく。

 その抵抗の無さが納得するという事なのだと妙な実感があって、保身のためのように構えていた力を抜く事が出来て、此所に来て初めて楽な心持ちになれた。



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