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暁の銀嶺と黄昏の蒼  作者: 天野原 唯
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079 沿途


「まだまだ……道のりは遠そうね」

 明日の事をもう少し説明しなければならないので、再び戻った厨房でサヤはそう言って俺を見た。

 イェライシャが求める質問の答えが得られなくて沈んだ顔になったのではないのを、俺もサヤもちゃんと判っては居るのだ。

 けれど俺としては彼女の反応に不安を抱かざるを得なかった。

 どうして本当の年齢を聞いた所で、そんなに暗い反応をするのかと。

「あの娘が貴方との年齢差を気にしていると思っているのなら……もの凄いお門違いよ、判っていて?」


 何処と無く俺を責めているらしいその口調に、思い当たる節が無い訳ではない。

『私の方が先に……おばあさんになってしまうの?』

 こんな時になって、ミシェイルの下した決断の重さをようやく理解する。

 彼は王国よりも、愛する者とともに同じ時間を渡る事を選んだ。

 それでも、未だ切り捨てる事の適わぬしがらみ故に此所に居るのだが。


 俺にも同じような選択が出来るのだろうかと考え、一見穏やかな微笑みを浮かべるヴァルを思う。

 俺がどんな決断を下したとしても彼はその表情を崩さないだろう。

 だがもしも、イェライシャを諦める為の言い訳に今の任務やこのしがらみを持ち出したのなら、どんな表情を見せてくれるだろうか。

「そんな事を理由にしたら……即刻国外追放でしょうね。そんな根性無し、あの方には不要ですわ」

 何も言ってないぞ、と睨んでみたがサヤは表情で人を読むのをすっかり失念していた。

 多分俺よりも既にイェライシャの心情に付いても多くの事を把握しているのだろう。

 けれど自分の属性故に知り得た個人の秘密をおいそれと教えてくれるような人じゃないから、諦めのため息を吐くと、今日の穢れを落とす為に浴室へと向かった。


「よぉ、ファド。なんだか大変な一日だったな」

 スーイン殿の屋敷に預けていた馬を受け取りに行っていた2人、ラトーとヨシュアを出迎えてくれていたらしいミシェイルと行き会ったのは、浴室から2階へと通じる階段までの間を繋ぐ廊下だった。

 事務所に行ったままのラウドラチャクリンに、戻った2人の事を報告に行く所だったのだろう。

 大変と表現した彼に、俺もふざけたような仕草で、入浴を済ませ着替え終わって処分するつもりの服を見せる。  

 右肩の辺りから下にかけ一面に血糊の付いたそれは、刀傷をぱっくりと口のように開けていた。

「お陰で一張羅が台無しさ。思ったより単純な奴らだったが……陽動なのか、脅しなのか判別が付かん。おまけに処置を受けていた者が2人居たと、ラグヌスからの報告もあるから……こっちも慎重にしないと」

「……そうか。ところでイェライシャは?」

「先に部屋へ戻ったよ。……俺と、ラウ……それと彼女は明日から暫く国元へ戻るから、後はお前とラトーな。ここの留守番を頼むぜ?」

「お前とラウ……ヴァルさまは当然として、なんでイェライシャが?……もしかして、彼女からの返事を貰えたのか?」


 何だか我が事のように嬉しそうなミシェイルの態度に、かなり申し訳ないが暗い表情で首を横に振った。

 途端に何を察したのか、彼は眉を顰めてしまう。

「残念ながら違う、彼女がラウの隠し事に気付いたんだ。ラグヌスの奴……こうなる事を判っていて、イェライシャの前で彼の名を言ったとしか思えないんだが」

「あいつは……ハルヴァイと一緒で石頭だからな、ヴァルさまがフィルダウス国内におわさぬのが不満なのさ。きっかけがあれば……彼が国内に戻る事を承知している辺り、ハルヴァイよりも計算高いな。気を付けろよ、足元を掬われてからでは遅いからな」

「……そうするよ」

「それに……フィルダウスでのある意味……現実……を見てもらう方が、イェライシャにとっては良い事かもしれないしな」

 心配そうにそう言うミシェイルに判っていると片手を上げて自分の部屋へと向かおうとしたが、そう付け足された言葉につい振り返ってしまった。


 ミシェイルは、やはり心配そうな表情で俺を見送っている。

 何と答えたものか考えたがこんな時に気の利いた言葉が出てくる訳もなく、改めて手を挙げ直すと、そのまま自分の部屋へと向かった。



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