078 確証
「大半はね。けれど決定打を打ったのは俺じゃない。多分……ラグヌスだ」
そう口にして、私を見つめて来るファドラーンの瞳が柔らかい。
頷いてその言葉を肯定しながら記憶を辿る。
以前から、何かしら不自然なものを感じていたわ。
兄弟だと名乗っていた2人の間は勿論、親として接しているアルマンスールの主人夫婦からもそのぎこちなさを感じて居た。
目的があるグループなのだから偽装の親子関係なのかもしれない、と私は自分を納得させていたわ。
だからあのラグヌスの言葉は確かに決定打だったのだ。
ファドラーンの事は「殿」と呼んだラグヌスだったが、とある人物の事だけは「様」と付けた。
恭しいその呼称に一瞬ハルヴァイの態度を思い出してしまったのだ。
昨夜私を問いつめようとして、逆にラウドラチャクリンに論を封じられた彼。
あの時のハルヴァイの、ラウドラチャクリンに対する態度がまさにその、恭しいと表現するのに相応しいモノで。
以前からファドラーンが折に触れては話してくれる、彼の上司の話と微妙に近いと感じていたラウドラチャクリンがその人物なのでは、と関連づけるのは容易かった。
そして……それに気が付いてしまったら、後先も考えずに問いつめてしまっていた。
むしろ意外だったのは、私の、あの程度の追求をあっさりと彼が認めた事だった。
否定しようと思えば、幾らでも言い逃れようは有った筈だわ。
なのに彼等はそれをしなかった。
それはつまり、私の事をラウドラチャクリンも認めてくれていると言うことなのだろうか。
「元々、おかしいと思ってはいたのよ。けれど……皆うまく取り繕っているから、敢えて追求しないでいたのに。でも、夕べのラグヌスさんの言葉で……考えが纏ったの。そうしたら、彼以外にぴったり当て嵌まる人が居なかったのよ」
探るような視線を向けてくるサヤに言い訳じみているとは思ったものの、そう説明をする。
それは隣に居たファドラーンの想像通りの展開だっただろうか。
「では、初めから……ヴァルさまは貴女をフィルダウスに招くお心づもりだった、と言う事ですわ。そうでなければ……このような隙だらけのなさりようは考えられませんもの」
サヤの言葉に同意するようにファドラーンもうなづいてくれている。
くすぐったいけれど、それには私も異論は無いの。
「でも、どうして?」
それだけが言葉になる。
隣で私を見つめていたファドラーンの表情が優しいものになり、サヤですらふふっと意味ありげな微笑みを浮かべた。
その意味を掴みかねて、困った顔をしているのに2人はそれ以上を教えてくれる気はないらしい。
「……で、彼の何を知りたいの?」
「じゃあ……取り敢えず彼の本名。アレでも略称なんでしょ?」
改めてファドラーンからそう尋ね返されてしまい、話をそらされたとは判っていたけれど、今までの経験からしていつか判る事もあるだろうと楽観する事にした。
その代わりに当初の質問へと戻る事にする。
「長いよ、かれは父方と母方の二つの家系を継いでるからね。マンジュゴーシャ・ヴァイローチャナ・ルドラ・チャクラヴァルティン=イクシュヴァーク……どう?ついでに言うなら年齢は聞かないで」
ふざけたように付け足すファドラーンに抗議しようにも、長い単語に言葉を継げない。
「母方のヴァイローチャナ第三王家は母上の代で潰えてね、家門自体は王国の管理下にあるんだけれど……今は彼が代理の主を務める事もあるんだ。現在彼の所領とされているものもその一部なんだよ。第一王家のイクシュヴァーク家は父上の弟君が王位と共に預かっているんだ。彼が即位する気になるまでね」
「次期国王って言うから、国王陛下はお父様かと思ったのに」
「先王が崩御なされし折に……フィルダウスの真の主との話し合いでそう決まったんだよ。彼は今のままでは王としての資格いや資質が十分ではないと言うので、国を出奔していた王の弟が中継ぎの王に立ったのさ。世継ぎ王子のままのヴァルは国土を守護する為に辺境守の任を希望したと聞いている」
「それで、どうして……年齢を聞いちゃいけないのよ」
込み入った事情があるらしいのは察する事が出来たが、ファドラーンの言葉には納得がいかない。
「……それを知って君の態度が変わらないのなら話すよ。でも今はまだ駄目だね」
取り付く島の無い彼の言葉にぷう、とふくれた私を宥めるように、サヤが熱いお茶をテーブルに置きながら口を挟んだ。
「相変わらず……表現が不器用なのですね、ファドラーン。代わりに私から少しだけ手がかりを差し上げますわ、イェライシャ。貴女が明日お訪ねになるフィルダウスには、チャクラヴァルティンさまのお屋敷を取り仕切るミュゼナ様と言う方がおられます。その方はチャクラヴァルティンさまの乳姉妹であられたとか。うまくすれば……その方からお教え頂けるかもしれませんわよ」
恭しげなその口調に、宮廷の最奥に仕える女官の雰囲気を感じ取る。
そこまでがやはり彼等としての譲歩の限界なのだと悟り、この件についての追求をも諦めざるを得なくなった。けれど、さり気なく私を呼んだサヤの呼称から「さん」が抜けていた事に気が付く。それはつまり、私が彼等の仲間としての範疇に入ったのだと思ってもいいと言う事なのかしら。
「じゃあ代わりに教えて、ファドラーン。貴男は本当は幾つなのよ」
「……38」
肝心の知りたい事にばかり答えが得られないのはちょっと癪に触ったので、かなり強い口調でファドへと矛先を変えたが、不承不承吐き出された彼の答えに本気で驚いた。
だって、私の父ですら四十代に入ったばかりだのに。
同時に何かが胸の奥できしむ。
「本当に……長生きな人たちの国なのね」
なるべく平然を装ったつもりだった。
けれどそれ以上何か特別な事を聞き出そうという気も失せて、私はそのまま自分の部屋へと戻ることにしたわ。
送って来てくれたファドラーンの、何処と無く案ずるような気配もいまは何となく煩わしく感じられる。
「本当は……経験豊富な訳?」
「随分マナー違反な質問だな」
いつだったか私と彼との間で交わされた会話。
あのとき私を捕まえて抱きしめていた彼のあの暖かな胸を、そしてその想いも疑っては居ない。
……でも。




