074 迎え
「勿論、フィルダウスからの……ですよ。先程のクァーナ人たちは全て身柄確保完了です、ファドラーン殿。こちら側の損失はありません」
突然そう背後から声を掛けられて、文字どおり飛び上がってしまう。
相手が答えに困る質問をしてしまったのかと困惑していたし、何より今までの出来事で緊張していたのに。
けれど隣のファドラーンは当然のような顔で、その「お迎え」の者と言葉のやり取りをはじめてしまう。
「随分掛かったな。あの程度の人数に手間どるようでは心もとないから……捕り手の人数を増やすか、配置換えが必要かと考慮していた所だぞ?」
「大して手間どった訳ではありませんが、一人ずつ処置の確認をするようにと……パドマさまのご指示でしたので」
少し言葉遣いが居丈高なのはファドラーンの方が立場としては上だからのようだが、他にも指示を出す者が居るらしく、聞き慣れない名前に耳をそばだてる。
そして同時にこのお迎えの姿をも目立たないように気を使いながら観察していた。
歳はファドラーンと同じか、少し若いくらいだろうか。
灯りに照らされて見る限りでは、すっきりと後ろで纏めた黒い髪に明るい茶色の瞳の、何処と無く柔らかい感じの青年だ。
灰色の外套で身体を覆っているのでよく分からないが、やはり戦いに慣れた人なのかしら。
「……そうか。それで該当者は居たのか?」
「はい、2人居りました」
「2人?それにしては随分な烏合の衆だったようだが……どんな指示で動いていたか迄は探れては居ないのだろう?」
「ええ、残念ながら。取り敢えず他の者が彼等を調べる為にここに残る手はずです」
彼の答えにファドラーンはとても驚いたようだった。
何か彼の予想とは随分違う事態だったのね。
そう考え、再び目の前の青年に視線を戻し、そしてその彼と思いっきり目が合ってしまった。
かなり愛嬌のある瞳が真っすぐに私を見ていて、じろじろと彼を観察していた自分のお行儀の悪さに居たたまれなくなってしまう。
こっそり人を盗み見るなんて、所謂貴婦人の行動としては失格ものだもの。
「それにしても、ファドラーン殿。お連れの貴婦人を紹介しては下さらないのですか?アルマンスールの若君がバーラートからお客人をお連れだとは伝え聞いておりますが……こちらのお方がそうなのでしょう?」
にっこりとそう微笑んで彼はファドラーンを促す。
私の好奇心を容認した上で、彼もまた彼自身の好奇心に従っているのだと推測してちょっぴり緊張する。
「……あぁ、そうだった。イェライシャ、こいつは北の塔門の守護者パドマさまの弟子の一人で……ヤハン・エク・ツィ・ラグヌス。さっきの仕掛けを使ってここへ来た者に対処する為にパドマから遣わされているんだ。さっきの石は……俺達がここに居ると言う目印にもなるから使っていたんだ」
思い出したと言う感じで、ファドラーンは彼を示してそう教えてくれた。
そして彼に対しても。
「ラグヌス、こちらはユグドラセアの貴族令嬢セシリア・グレンフォード嬢。我々はイェライシャと呼んでいる」
「はじめまして、よろしく。ヤハン殿」
「ラグヌスとお呼び下さい。こちらこそ、よろしく。イェライシャさん」
ファドラーンの紹介に合わせて立ち上がった私は、いつも通りの故国の挨拶で応じた。
自分の胸に右手を当てて軽く頭を下げ、気さくに応じてくれるラグヌスにさっき感じた緊張が少しほぐれる。
「では、ファドラーン殿の傷の手当をしてからお望みの場所へとお送り致しましょう。どちらまでが宜しいですか?」
「……クティナンのアルマンスール家だろうな、当然」
「わかりました、傷は何処です?」
少しばかり事務的な口調になったラグヌスに、しぶしぶファドラーンは右手を差し出す。
手当と言うからにはラグヌスには医術の心得があるのだろうか、と見つめていると今まで腕に巻いていた包帯代わりのリボンを無造作に外すと手をかざした。
いつか見た、ラウと一緒だわ。
特に服の袖をめくったりもしないで、翳されるその手の下でファドラーンの傷口は癒されているのだろう。
程なくしてラグヌスが翳していたその手をどけると、ファドラーンはいつものように右手で前髪を掻きあげた。まるで怪我なんてはじめからしていなかったかのように。
ただ、衣服に残る血糊がその名残だった。
「すまないな。あの小径の仕掛けの発動に必要でなければ、こんな手負いにはならずに済むんだが」
「そうですね、他の手段があればいいのですが。属性に関係なく使える仕掛けとしては……アレが手っ取り早いんです。効果も確実ですしね」
そしてラグヌスはふと、こちらを向いて付け足した。
「今のを見てもあまり驚かない所を見ると、誰かの癒しを御覧になった事があるんですね?」
「……ええ、私自身が……ラウに助けてもらった事もあるし」
あの時には意識は無かったから、本当は覚えては居ない。
けれど、きっとこんな風に彼も私を癒してくれたのだ。
「ラウ……殿ですか、彼もお元気ですか?」
「ええ……多分。昨日……ちょっといろいろあったのだけれど」
私が口にしたラウドラチャクリンの名にラグヌスは少しばかり眉を動かした。
そして彼の消息を訊ねられて、けれど、私としてははっきりとした答えを返す事ができなかった。
「パドマ殿は気付いておられるとは思うが……きのう祭祀王様が崩御されたのだ」
言葉を濁した後をファドラーンが補ってくれ、それには流石に得心がいったと言う表情でラグヌスもうなづいた。
「そう言う事ですか、分かりました。ではもう随分遅い時間ですからお送りしましょう。そうそう、ファドラーン殿?ヴァル様に宜しくお伝え下さい」
其の口調はさっきまでの砕けたものではなくて、つい聞き耳を立ててしまった。
「……分かった」
低めた声でうなづいたファドラーンを確認すると、ラグヌスは数歩私達から遠ざかろうとした。
再び聞き慣れない人の名を耳にしたものの、移動する彼の後に続くのかと思って歩き出そうとした私を、どうしてだかファドラーンの腕が捕まえる。
「行かないの、ファド?それに、さっきの、ヴァル様って誰の事?」
何だか不自然に彼の腕が私に廻されるので、びっくりして焦る。
この場を誤魔化そうと言うのでもないけれど、そう質問してみたが答えは無かった。
数歩先で立ち止まり、振り向いたラグヌスがにっこりするのがファドラーンの腕の中からも見える。
「おやおや、役得ですね。ファドラーン殿」
悪戯っぽい彼の言葉に頬が赤くなるが、役得って何よと疑問を抱いた所で世界が揺らいだ。




