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暁の銀嶺と黄昏の蒼  作者: 天野原 唯
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073 灯火の導くもの


 私の手のひらで「それ」は淡く柔らかな光を放ち続ける。


 ときどきそれを手のひらに握り込んでみると辺りは真っ暗になり、手の中から抗議するように石の灯りがこぼれて、気が付くと私は微笑みすら浮かべてその石を見つめていた。

 少し前の私は何となく重い気持ちで沈んでいたと言うのに、温もりの無いこんな光にすら癒す力はあるものらしい。

 火も使わず、口付けただけで薄やみの中光り出す「石」なんて、私の知っている理屈にはあわない魔法のようなものだわ。

 けれどファドラーンはそれをいとも簡単に、違う、と言い切ってしまう。


 以前にも彼は道具も使わずに蝋燭の灯りを灯してくれた事があったわ。

 あの時も魔法と言う言葉を歓迎してはいないみたいだった。

そして……思い当たる。

「どうして今日はこの石なの?貴方だったら簡単に火を灯せるはずなのに……不自由な手であんなややこしい組み紐を外してまでこれを使わなきゃならない理由があるの?」

 唐突に質問を口にすると、ファドラーンは少し目を細めて応じた。

 幾分見慣れたその表情に、彼が言葉を選んでいるのだとようやく分かるようになっていたので大人しく返事を待ち続ける。

「理由は幾つもあるんだけれど……簡単な理由はここが神聖湖の畔だから、かな。この国の導主として崇められているのは水の神様だからね。その近くで火を焚くのはどうかと」

「血塗れの人間が言ってもなぁ……」

 人の血が穢れだとして忌み嫌われるのは流石に私でも知っているわ、特にこんな聖別されるべき場所では。

 溜め息混じりの私に、ファドが苦笑いを浮かべるのを見つめる。


「…だから、余計に気を使うんだよ。でもあの仕掛けはフィルダウスの者を助ける為のものなんだから…神様も困った者の為に目を瞑っていてくれてるのさ」 


「……神様と取り引きしないでよ」


 つい不機嫌な声で応じてしまって、はっとする。

 彼が気を悪くしたのではないかと思って。

 でも、見つめた彼はむしろ面白そうに笑っていた。

「いいね、そういう感じ方も。君たちの神様は至高の存在で……逆らうなんてもってのほか…って類いだったよな。でも俺達の場合は違うんだ。彼等には彼等、俺達には俺達……それぞれの世界があり、法がある。時には助けてもくれるし……干渉し合う時すらあるんだ。互いが出し抜こうと競う事もね。厳密に言えば……君たちと俺達の「神」は存在の根ざす根本が違うんじゃないかな」

「何よそれ、難しい話なら私は分からないわよ」

 すこし間をあけてそう返事をした。

 何だかこんがらかりそうな話になりそうだったから。


「難しくはないさ、俺達の崇敬を受けるに値するものはこの世界そのもの……って話だよ」

 ファドラーンは意味ありげな微笑みを見せるだけ。

 それでも私の故国の習慣を意外にもよく知っているらしい彼等の事だもの、宗教についても詳しいのかも、とちょっぴり不公平な気がした。

「貴方の国の神様は?」

 答えは無いと思っていたから、ただそう聞いてみた。

 それについて私は何も知らない。

 むしろ知っている人の方が少ないのだろうけれど。

「……フィルダウスの「神」は王国の祖を助け……追われる民を受け入れてくれた。罪人ではなかったのに、ただ……特殊な能力を持っていたと言うだけで隷属させられていた人々をね。「彼」はその人々を慈しみ時には愛しすらした。ようやく安住の地を得た俺達はその地を護る為に、外の世界の民とは一線を画す事にしたのさ。再び流浪の身にはなりたくないしな。隠された王国なんて……世人が思う程ロマンティックな理由がある訳じゃない」


 肩を竦めてそう答えてくれたファドラーンの少し疲れた微笑みがなんだか辛かった。

 腕っぷしは強いけれど決して争いが好きな訳ではなく、変に自信家でもなく、コンプレックスありまくりでやきもち焼きの……とても優しいひとだと分かっているから。

「そんな事まで……話してくれるとは思っていなかったわ。……ありがとう」

 素直に感謝の言葉が出て来たのは自分でも意外だったけれど、そんなことはおくびにも出さずに、真面目な表情で見つめてくるファドラーンに微笑んでみせた。


 彼が私を信用して大切な話をしてくれたのが何より嬉しかったから。

 ……そう、嬉しかったのだ。

 いつだって彼はそうだった。

 例え言葉がすれ違って、ぎこちない時ですら彼は優しかった。

 何だかそれに気付けて、ようやく準備が出来たような確信にも似たそれをすんなり受け入れる。

 そして、その確信めいたものを隣に座る彼に伝えようとしたのに。


 けれどファドラーンはこの小さな空間の外を一心に見つめていた。


 私が自分の事ばかりにかまけている間に何かが起きたのだろうか。

 気配を探ろうとする幾らか警戒のこもったその瞳に、何か尋常でない事が起きたのかと心配になり、息を潜めてじっとしていた。

 そして、自分の手のひらのほのかな灯りが暗闇の中では恰好の目印だと気付く。

「この……灯り……を消した方が良いのではない?」

 緊張し集中している相手に声を掛けるのはとても勇気の要るものだった。

 びくびくしながら、それでも辛うじて聞き取れる程度の声で問い掛ける。


 ファドラーンは一瞬驚いたような顔をしたものの私が状況を悪い方へ受け取っているのだと理解してくれたらしい。

「心配させたみたいだね、すまなかった。そろそろ俺達の迎えが来る頃だと思って……様子を見ていたんだ。さっきのクァーナ人に手間どっているのかもしれないな」

 先程までの緊張のカケラもない、優しい微笑みで彼がくれたその答えの中に、更に幾つもの疑問が浮かぶ。

「お迎えって……何処から来るお迎えなの?それにさっきのあの人達は……一体どうなるの?」

 そう矢継ぎ早に質問してしまってから、少しばかり彼が困った顔をしているのに言葉を止める。


 また答えられない質問をしてしまったのかと逡巡していた私に答えをくれたのは、ファドラーンではない違う声だった。



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