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暁の銀嶺と黄昏の蒼  作者: 天野原 唯
69/110

069 包囲


 何時の間に廻りを囲まれていたのか、足を止めた時には既に廻りに何人かの人の気配があったわ。小さな路地の壁を背にして足を止めたファドラーンに、後ろ手で庇われるようにその背後へと隠される。

「何ですか、貴方がたは」

 落ち着いたファドラーンの誰何に彼等が答える気配は感じられなくて、穏やかならぬその場に聞き覚えの無い声が聞こえたのはもう少ししてから。


「……少しばかり話を聞かせてもらおうか……?」


 奇妙な訛りのある言葉。

 今までに聞いた事が無いその声の主を一目見ておかなければ、私としても事態が掴めない。

 私を庇っていたファドラーンの左腕から何とか顔を出して通りを見渡すと、ぐるりと取り巻くように何人かの男達が目に入った。

 その中でも一番私達の近くに立っていたのは、かなり見慣れた顔だった。


 クム・ウタールで初めて私がその監視に気付いた男。

 何を考えているのか判りづらい表情のまま、鋭い目つきで私達を睨み付けている。

 これだけの人数で囲んでいるのに、怯えの色を見せないファドラーンを威嚇しているみたい。

「わたくしたちは貴方がたに用などないわ」

 その威圧的な態度が気に入らなくて、つい言い返してしまっていた。

 肩ごしにファドラーンが私の方を伺うのを見上げる。

 けれど彼はとても心配そうな表情をしていて、余計な事をしてしまったのかと却って不安になってしまった。

「それでも、こっちとしてはいろいろ聞きたい事があるんだよ。異国のお嬢さんにも、そしてアルマンスール殿にも……ね」

 口元に嫌な感じの笑いを浮かべてその男がそう言うのを、相変わらずファドラーンに庇われるようにして聞いていた。

 不安そうな表情を見せたファドラーンだったけれど、それは私を案じたためのようで彼等に対しては変わらず動揺を見せてはいないままだ。


「何も話す事はありませんよ。そこを退いてもらいましょうか」

 重ねてそうファドラーンが要求するものの、彼等が応じる訳も無い。

 それどころかジリジリとにじり寄る彼等に距離を詰められつつあった。

 その距離はおよそ三メートル位だろうか。


 間合いを詰められる恐怖に、つい、ファドラーンに捕まっていた指に力が入ってしまった。

「うわぁッ」

 その次の瞬間、ファドラーンが突然動くのと誰のだか判らない悲鳴が響くのとは同時だった。

 さらにファドラーンの左腕が私の肩を抱くようにして、もと来た方へと走り出す。

 視界の端にひっくり返るように倒れている一人の男が写り、背後から追いすがる足音を聞きながら夢中で走った。

 けれどもっと走って、この通りよりも広くて人目のある場所へと移動するのかと思ったのに、ファドラーンはそうはしなかった。

 その代わり再び民家の壁を背にするように立ち、クァーナ人がさっきよりも近付いて来るのを待つように彼等の方へと向き直る。

 逃げ切れそうに見えた相手が立ち止まった事に、一団になって追いすがろうとしていた彼等も意表を突かれたのか、さっきよりは近い位置で戸惑ったように立ち止まった。


「おや、俺達を捕まえるんじゃなかったのか?」


 しばらく硬直したようなにらみ合いの後ファドラーンがそう口火を切り、挑発するようなその口振りにどうやら何人かのクァーナ人は激昂したらしかった。

 先程ファドラーンに引っくり返された男が、文字通り彼に飛びかかる。

 けれど次の瞬間、再びその男ははあっけなく地面に放り出されてしまっていた。

 すぐ隣に居たのに私にはファドラーンがどうやってその男を捌いたのか見当も付かないくらいの早業で。

 どうやら商人の息子としての偽装は止める事にしたらしい。

 更にもう一人が殴り掛かって来たのをも、あっさりと仕留める。

 ……流石に今の相手は喉元に肘を入れられて、起き上がろうとしない所を見ると意識を失ったのか昏倒したらしい。

 予想以上の反撃にか、仲間の昏倒した姿かに男達が怯む。

 その戸惑いが歯がゆいのか次にはクム・ウタールで顔を覚えたクァーナ人が罵るように何事かを喚きつつ、ファドラーンへと飛びかかって来た。


 きらりと、何かがその手の内で光を反射する。


 身体の何処に帯びていたのか、クァーナ人が手にした大きめのナイフが鈍い光を放つのに気が付いたのはその切っ先がファドラーンによって躱された時だった。


 後ろに庇っている私を彼の左腕が誘導して、大きく移動させられる。

 その背後に空いた空間で彼が踊るように身を翻し、クァーナ人の剣先から逃れる。

 次の瞬間翻ったファドラーンの片足が、空振りしたナイフに身体を持っていかれ少しばかりバランスを崩したクァーナ人の足を掬った。  


 まるでお芝居か何かの一幕のような鮮やかな動きで、相手が道に転がる。

「くそっ」

 多分そんな意味合いなのだろう、クァーナ語とおぼしき罵声とともに尻餅を突いたその男はそれでもすぐ立ち上がると再び私達を睨み付けて来た。

 かろうじて手放さずに居たナイフを再び握り直してファドラーンの隙をうかがう。

「所詮多勢に無勢だ……痛い目を見ないうちに降参した方がいいぜ」

「すぐ刃物に訴えるって言うのは頂けないな……きちんと使い方を教わったのか?」

 抵抗を続けるファドを脅すつもりでそう口にしたのだろうが、あっさりファドラーンに言い返される。

 なんとか平静を装っていたクァーナ人だったがその言葉に明らかに気色ばみ、そして次の瞬間再び彼はファドラーンへと斬りつけていた。

「ファドッ……!」

 ナイフが布を裂く鈍い音に無我夢中で叫んでいた。

 先程からの身軽な動きといい、私が今まで見て来た彼の経験値の高さから、今度も彼はその剣先を軽々と躱すのだろうと半ば事態を楽観視していた。

 こんな事でこの程度の相手に遅れを取るはずが無いと信じていたのに。

 ファドラーンは微かに身体を動かしただけで、確かにナイフの刃先が彼の右腕の上部を翳めた筈だった。

 斬りつけた男はその利き手にファドラーンの左腕の手刀を受けてナイフを取り落とした所を、返す右足の蹴りを腹部に受けその場へとくずおれていた。

 けれど以前のファドラーンは飛んで来た矢をも薙ぎ払う事が出来たのだから、これくらい避ける事ができない訳が無い。


 一瞬、嫌な考えがよぎってしまった。

 もしかして、私が足手纏いになっていたからは避けられるはずの刃を避けきれなかったの?

 咄嗟に私をしっかりと捕まえているファドラーンの左腕を振り払い、ファドラーンとまだ睨み合っているクァーナ人との間に割って入ろうとしたのに、彼はそれを許してはくれなかった。


 腰に廻されたファドラーンの左腕が難なく私を抱き寄せて、まるで肩でも組むように彼の身体の隣へと押し付けられてしまう。

「イェライシャ、落ち着いて。俺なら大丈夫だから」

 耳元にそう囁かれて、それでも心配で彼を見上げる。


 けれど彼は薄く微笑んだだけで、すぐに視線を目の前のクァーナ人達へと戻した。


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