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暁の銀嶺と黄昏の蒼  作者: 天野原 唯
63/110

063 探索


 得意先に帰国の挨拶をするためと言って出掛けてゆくファドラーン達を、私は木戸の内側から見送った。

 なるべく通りからは姿を見られないように、気をつけて。


 バーラートに居た頃ならば少し珍しい色の金髪という程度で済んでいたこの外見だったけれど、この国では全く異質な姿として目立ってしまうから。

 この国の人々といえば黒髪黒瞳で少し濃い色の肌、と相場は決まっているのだもの。

 他国との交易を主とするアルマンスール家の人々ですら人目を引くのだ、顔立ちからして大分違う私が悪目立ちしない訳がない。

 いくら王の侍従長から後見を頂いているとは言え、外国人に対してこの国の人がどんな印象を持ち、どんな態度で接してくれるのか昨日の今日ではまだ把握出来ていない。


 ましてやクァーナ人の、私に対するものなのかもはっきりとはしない監視の件もある。


 そんな事情を踏まえた上でのひっそりとした見送りだったが、息苦しいような緊張に自分でもどうして良いか判らない。

 彼等が見えなくなって溜め息をついてしまった私を、ラトーが優しい声で屋内へと促してくれた。

「お疲れならばもう少しお休みになられては如何です?」

「有り難いけれど……駄目よ。そんなことしたら、今夜も遅くまで星を眺める羽目になってしまうわ」

 私の答えにはラトーは困ったような微笑みを浮かべるばかり。

 たいして身体を動かした訳でもないし、このままのんびりしていたら本当に生活のリズムが狂ってしまう。

 そこでようやく、アルマンスールの店舗を見学しようと思い付いた。

 時間つぶしと言っては失礼なのだろうが。

「どうぞ、構いませんよ。店の方はヨシュアが、そして事務所の方へはラウ様が詰めておいでのはずですから」

「有難う、早速行ってくるわ」 

 にこやかに見送ってくれたラトーへ背を向けると、まずは事務所のラウドラチャクリンを訪ねる。

 廻りを棚で囲まれた室内で、何やら書類に埋もれている様は隊商で見慣れていた彼とは別人のようだ。

 かなり以前から積み上げられていたらしい沢山の書類の束を、下から抜き取っては目を通し、それぞれに何かを書き足しては違う場所に積み上げてゆく。

 その切りの無さそうな仕事を、けれど嫌そうでもなく淡々とこなしている彼を見ているのは不思議と面白かったのだが、どうしても会話が無いと間合いが保てない。

 ただ見つめているのも決まりが悪くなって、そそくさと店舗側へと逃げ出す事にした。

「お店の方も見てくるわね」

 と言葉をかけたのだが、ラウドラチャクリンは仕事に没頭しているらしく返事はない。


 そうっとドアを開けて店舗内を伺うと、やはり書類を片手に何かを捜しているふうなヨシュアの背中を見つけた。

「お邪魔してもいいかしら」

「ああ、どうぞ。奥で一人でいるのも退屈でしょう、ここなら面白いものもあるかもしれませんよ」

 声をかけるとそう返事が有り、彼は再び捜し物に専念しはじめる。

 思った程広くはない店をぐるりと見回すと、奥まったカウンターに何やら積み上げてあるのが目に入った。

 近寄ってみるとなかなか可愛らしい女性向けの装飾品が幾つかならんでいる。

 暫くそのまま見つめていると更に幾つかの小物を手にしたヨシュアが戻って来て、それらを布張りのトレイへと並べて行く。

 

「興味がおありですか?バーラートで質にこだわってあつらえさせたもので、この辺りの貴族の娘さん達からの注文品なんです」

「バーラートでは……どちらかと言うと一般庶民の飾りではなかったかしら」

 彼の手元を見つめているとそう説明してくれる。

 バーラートでの記憶を辿るが、材質は確かエナメル作りの、きらびやかだがさして高価でもない物だったはずだわ。

「古くは…バーラートの貴族の内でも限られた者しか身に付ける事ができない、特別な身分を象徴する意匠だったそうですよ?いつの間にか庶民の間にも広がって……随分安っぽい物になっていますがね。この辺りの小金持ちの婦人達の間では、今……流行りなんだそうですよ。これは銀を使って仕上げさせた物で高価なんです。素材としては、こっちに来て本来の姿に戻った感がありますね」

「そうなんだ……。物知りなのねヨシュア?」

「こう言う蘊蓄も商売の小ネタでしょう?ハルヴァイに仕込まれましてね」

 仕方無さそうに肩をすくめつつ手を動かすヨシュアに苦笑。

 こう言う細かい物を扱うにしては厳つい指先が、意外と器用に動くのを感心して見つめつつ、ファドラーンの指先もこんな感じでちょっぴりごつごつとしていたな、と思い返す。

 商人らしからぬその手の主には、いつかイクシールの森で見たあんな鋭い剣のほうが不思議と似合うような気がする。

 それに対してラウドラチャクリンの手は優しい感じで、いかにも育ちの良さそうな印象を受ける。

 同じ優しい手と言っても、裕福な商人の息子と言うよりは貴族にありがちな。


 それから暫くは何か特別な話をするでもなく店の中の布や雑貨、そして装飾に使う物なのだろういろんな飾りなどを眺めて廻った。

 時々品物に付いて尋ねると、ヨシュアはすぐに淀みない言葉で説明をくれる。

 その対応も知識も、昨日今日頭に入れたと言う訳ではなく、ある程度の熱意と年月を以て修得された物だと判る。

 だがそれ故に彼が「本来従事するべき仕事」ではなさそうな此所での仕事に、かなりのやりがいを抱いているのも感じ取れてしまう。


「どうしてこの仕事をしているの?」

 訊ねられない、訊ねてはいけない問いが喉元まで出掛かる。


 ファドにさえ訊ねていないその言葉を飲み込んで、違う次の質問を考えようと店の入り口の扉を見つめ、嵌め込まれている摺ガラスに映った人影に気付いた。



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