054 思索
ラウドラチャクリンの言葉に相づちを打ちつつもルクアディナルファ風の料理を前にして、あまり食が進まぬ様子のイェライシャ。
彼女が何を案じているのか見当は付かなくはない。
とはいえ俺としてはまだ、切り札だと思っているものの種明かしをしてしまう訳にもいかなくて、当面の予定へと彼女の注意を向けることしか出来なかった。
「イェライシャ……?明日は朝食の後で城から使いが来るのを待つよ。後は予定通り……ナムリ侍従長にこの国への滞在の許可を貰えばいい」
「えっと……それだけ?」
「俺達はね。ラウには別の用事があるし……王城前の広場や街を案内するよ」
拍子抜けしたような表情の彼女に努めて明るい口調で俺がそう言ったので、瞬間ラウドラチャクリンを伺うそぶりでイェライシャは躊躇いを表現した。
「……いいの?」
「勿論、構わないよ?取り敢えずは……土地勘を身に付ける為にも、すこし歩きまわったほうがいいだろうし」
躊躇いがちな彼女の言葉にラウドラチャクリンも気にするふうもなく返事を返したが、付け足すように口を開いた。
「後は、この国に滞在の許しを請うにあたって……君の身柄の後見をナムリ殿に願い出ねばならんだろうが、このアルマンスール家の預かりと言う形で体裁を整える事になると思うから。了解しておいてくれ」
「勿論、お任せするわ」
どう転んでも自分にとって不利になるような手配を我々がする事は無いのだと、信頼を込めた彼女の短い返事に、笑顔になるのが自分でも止められない。
上機嫌でカラフェを傾けて彼女の酒杯をも満たすと、案の定困惑気味な抗議をされてしまった。
「……だから、お酒は得意じゃないのよ」
「これは特別、うちの親父の自慢の品なんだから、試して御覧。何の為にガラスのカラフェに入ってるか知っている?」
「それは……考えてなかったわ。でも以前のお酒は陶器のカラフェだったわね」
イクシールでの事を思い出そうとしているのか、彼女は少しばかり眉を寄せた。
「上等の酒は……この色を楽しむんだよ?今日は特別お客人も居る事だし、サヤのサービスだと思うが、ウチの蔵でも出来のいい方の酒なんだ。この色を覚えておいて?」
「色って……貴方は覚えているの?」
「一応仕込まれたんでね、忘れたなんて言ったら蔵頭に絞られちまう」
呆れたふうの彼女の言葉に肩をすくめてみせる。
そして、イェライシャの隣で聞いていたラウドラチャクリンが俺のその言葉に声を殺して笑っているのに気付いた。
同時に彼も、親父の蔵を取り仕切っているあの男の顔を思い出しているのだろうと思う。
意外にもラウドラチャクリンと同じ長寿の属性を授かった彼は、長い孤独の身を費やす場所に親父の酒蔵を選んだ。
彼の長い経験と知識のお陰で何時だって質の良い、安定した品質を保てるようになった親父の蔵はとても評判になったものだ。
何時だったか寂しくはないのかと問うた幼い俺に、地上程激しくはないゆったりとしたこの地の季節の移り変わりが丁度自分には合っているのだと、そう言って笑った穏やかなその姿がいつも忘れられない。
時々彼とラウドラチャクリンが長い会話を交わす事があるのも知っているのだが、その内容は俺には想像も付かないものだろうと思っていた。
じきに食事の給仕も一段落したのか、サヤがイェライシャの様子をうかがいに来てくれる。
浴室の案内と説明をしてくれるらしいので、俺じゃあまり立ち入れない事だからサヤに任せる事にした。
部屋を出てゆく間際に振り返ったイェライシャに片手を挙げると、微かに笑顔が返って来て、落ち着いた彼女のその仕草にようやく安心した。




