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暁の銀嶺と黄昏の蒼  作者: 天野原 唯
53/110

053 条件


 既に夜の闇に閉ざされている廊下には一定の間隔で灯りが灯してあり、廊下で待っていてくれたファドラーンの表情も何とか伺う事が出来る。

 少しばかり待たせてしまったのでどんな顔をしているのかしらと思って見上げたら、思いの外心配そうな表情を見つけてしまった。


「……ご、ごめんなさい」

「何が?」

「少しぼんやりしていたみたい、支度が遅くなってしまったから……」

 自分が貴方を焦らして、わざとそんな顔をさせたような気がしたからよ。

 口には出せないけれど、そんな言葉は。

 突然謝られて困惑していたらしいファドラーンの怪訝そうな言葉に、そう返事を返してしまった。


「大丈夫なのか?疲れているのなら食事はこちらへ運ばせるよ?」

「気持ちは嬉しいけれど……そんなに過保護にしないで?」


 何処までも優しい彼の言葉に、つい甘えてしまいそうで意識して背筋を伸ばすと、彼を改めて見上げる。

「君を過保護にしなけりゃ……他の誰に優しくするっていうのさ」

 クスクス笑って楽しそうにそう言うファドラーンを困ったように見上げてしまった。

 ここに来てようやく彼等のやっている事の危うさ、或いは際どさが実感として感じられた。

 何の取り柄もなく、何も出来ない私はせめて彼等の邪魔はしないように気をつけようと、そう考えたばかりだというのに、彼の余裕に巻き込まれそうになる。

「そんなににやけていられるなんて、余裕よね」

 ため息をつきながら、ふと漏らしてしまうとファドラーンは更ににっこりとする。

「まだこれ位の事で余裕が無くなるような奴じゃ、このグループには参加出来ないんだよ?これでも皆……役に立つ奴ばかりを集めてあるんだから。心配しないで……さぁ行こう」


 肩に軽く腕を廻され、促されるようにして食堂へと降りてゆくと、その入り口では先程会った2人、ラトーとサヤが待ってくれていた。

 改めて、この屋敷の事を任されているという2人にはファドラーンから私の表向きの立場の紹介がなされ、頭を下げた2人に私も頭を軽く下げる。


 本来ならば貴族として紹介された以上、使用人に対して頭を下げる必要は無いのだが、敢えてそれをした私にラトーはにこやかな笑みで応えてくれた。

「ここに住み込みなのは俺とラウとあの2人、そして男ばかり三人だね。後は店の方の通いで……五人かな。住み込みのうちの2人はミシェイルとヨシュアだよ」

「他の人たちは?」

「一応この周辺での買い付けや、商談の為の人員として動いている。この屋敷じゃ手狭なんで他の奴は寮として借りた建物か、それぞれ好きな所に住んでるんだ」

 その方が便利だし、まぁ色々と自由も利くしね、と片目を瞑ってみせる。

 室内へ入ると先にテーブルへ着いていたラウドラチャクリンの隣へと案内し、椅子を引いて席を勧めてくれる。

 故国では当たり前のようにされていたその行動を、バーラートを出てから初めて見た事に気付いたのは食事の前の祈りの為に両手を組んだ時だった。

「……ファド……今の?」

「確か間違っては居なかったと思ったけれど……?貴婦人には当然払ってしかるべき敬意だろう」

「どうして……貴方がこれを知っているのよ」

 当然と言う風情でそうファドラーンが答えて、カラフェの淡い金色の酒を一つ隣のラウドラチャクリンのグラスへと注ぎ込むのを問いつめる。

 私の反応を楽しんでいるような、にやりと何処と無くラウドラチャクリンに似た微笑みを浮かべた彼の代わりに隣のラウドラチャクリンが口を開いた。


「かつてフィルダウスには……君と同じユグドラセアの民も居たんだよ。ほんの僅かだったとは言え、彼等はフィルダウスの民として暮らしていたんだ。彼等は自分達の故国の風習などを教えてくれていたから……幾らかは今も上流貴族の風習として、フィルダウスにも根付いているんだ。そう考えるとかつて居た……というのはおかしな表現だね、我々の中に彼等の血が生きている……と言うべきかな」


「どうやってその人達はフィルダウスへと辿り着いたの?」

 今でさえ、ユグドラセアとこの大陸との間の交流はあまり盛んとは言えないのに。

「それは私にも判らないな、でもフィルダウスの民は常に世界の何処かを旅しているから……君の国へ行った者も居たのかもしれないね」

「……そうなの?」


 酒杯を傾けつつそう話してくれたラウドラチャクリンの言葉に相づちを打ち、フィルダウスへと迎えられた人はどんな人なのだろう…と考えていた。


 どんな力を持つ人なら彼等の王国へと迎えてくれるのかしら。

 ラウドラチャクリンのように特別な力を持つ者?

 それとも何か国の為になるような一芸に秀でた者だろうか?


 私は何の力も、そして何の取りえもないただの娘なのだけど。


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