050 首都
「うわぁ……」
つい、そう声が漏れてしまうのを止める事が出来なかった。
市街地の中央より外れた位置に……城のような……大きな建物がそびえ立つのをかなり遠目で確認しながら、私達の一行はルクアディナルファの首都クティナンを見渡す事の出来る小高い丘に行き着いていた。
隣に付いていてくれるミシェイルが指差しながら説明してくれる。
「一際大きく見える建物が祭祀王の居城だよ、特別な呼び名は無いな。何しろ「城」と言えばアレしかないからね」
私はそれを見つめながら暫くはなんて言って良いのか判らなかった。
大きい……なんて物ではない。
なだらかな山の上に、その山そのものであるかのように建物が鎮座しているのだから。
ここからあの建物までは随分な距離だろうに、近くで見るならばさぞ圧巻だろう。
山地の大国とは言えぬ国ながら、遠くバーラートにまで名が聞こえる王国の由縁はこれだったのかと、納得出来た。
ようやくそこから注意を外して、今度は周りを見回してみる。
すぐ目の前には扉の無い門のような木枠が見え、行き交う人々がそこをくぐって都市へと出入りしていく。
それをくぐった先には、背の低いこじんまりした建物がいく棟か見渡せる。
その『門』の両脇には、これまでの旅の間に見覚えた石積みの固まりが人の背丈程の高さに作ってある。大小様々な石を積み上げて出来上がっているそれには何本もの木の枝が差し込まれ、細い枝の先端には細い布が結わえ付けられていた。
「あれも«オボ»なの?」
「そう、この西の門を守護させる為に」
オボとは村や街の入り口や道の辻などに置かれ、災いや穢れなどから村や住民を護る物なのだとか。
固有の宗教に由来する慣習に培われたある種の結界なのだと説明されているそれが、墓標のようにも見えて私は苦手だったが、ミシェイルは平気な顔でそう言う。
かつては美しい色彩で彩られていたのだろうその布が、午後からの緩やかな風にあおられ、そよぎはじめるのを見るともなしに見つめていた。
いくぶんぼんやりしていたその物想いを遮ったのはアルマンスールの名を呼び、首都へ入る為の手続きを要請してきた役人の声だった。
声のする方を見渡すと門の脇に数人の役人らしき者が立っている。
こちらに注意を向けている者も居れば、他の通行人の荷を改め、書類とにらめっこしている者もいて、ここが都に入る審査の関所も兼ねているのだとようやく理解した。
先に目に入っていた建物が彼等の詰め所だったのだと、その時になって思い当たる。
アルマ家の名を呼んだ中年の役人とは顔なじみのようで、馬を降りたファドラーンがその男ににこやかに対応しているのが何だか印象的だった。そして彼はいつも重要書類を入れている書類入れから何枚もの書類を取り出して、目の前の役人に示しはじめる。
その書類のうち何枚目かに目を通していた相手が、不意に顔を上げて隊商の顔ぶれを眺め渡した。
ぐるりと視線を巡らせて、その役人の視線が私を捉える。
いぶかしむようなその表情と、彼が手にしている書類から推察して私に関するものなのだろうと察すると溜め息が出るのを止められない。
強張ってしまう表情を何とか外套のフードで隠しつつ、それでもおどおどしているとは見られたく無くて、心持ち胸を張って馬の上から廻りを見回してみた。
隣に馬を並べているミシェイルの少しばかり心配そうな表情に気が付いてはいたが、それには素知らぬ振りで振舞う。
やがて何か言いたげな役人を軽くあしらったらしいファドラーンが他のメンバーに合図を出し、一行は首都の中心部へ向けて動き始めた。
最早先頭を行くファドラーンの統率の必要すらない筈なのに、きちんと整ったままの隊列で移動するのには流石に感心する。
それでも何処と無く安堵のような表情が皆の間に見受けられ、改めて実感していた。
ここがこの隊商の最終目的地なのだ…と。
建物の間から時々見え隠れする王城を気に掛けつつ、徐々にこの都市の中心部へと馬を進める。
町並みは整っているし、大通りに面している建物はこぎれいで、辺境の小国の首都としての体面を保つには十分だと思わせる。
建物の様式はこれまでに見て来た近隣の町々と大差ないものの、都市の中心部へと近付くにつれ建物の外観は立派になり門構えもかなり目を引く。
道行く人々の姿も様々で、ついきょろきょろと見回してしまった。
やはり近隣の町でよく見かけた農民風の衣装をまとった者や、彼等とは明らかに身分が違うのだろうと思われる豪華な衣装や装身具を身にまとった人々がある者は徒歩で数人、ある者は輿に揺られて大きな通りを行き来している。
その輿にしても馬や牛に引かせる物から、屈強な男数人に担がれた物までバリエーションが豊かで、ついつい目が奪われてしまうわ。
馬に曵かれ、何処と無くバーラートで見慣れた極彩色の彫り物が施された輿に乗った婦人達が脇を通り過ぎるのを物珍し気に見送った所で、隣に馬を並べていたファドラーンがかなり必死に笑いを堪えているのに気付くと、流石に頬が赤くなった。
「……悪かったわね田舎者みたいで」
「誰もそこまでは言っていないよ?」
「……じゃあ、何故そんなに笑うのかしら」
廻りの仲間達がやはり微かに笑みを浮かべているのを承知の上でそう訊ねてしまった。
皆の浮かべている笑みが私の反応に対するものなのか、私とファドラーンのやり取りに関するものなのかは判らないのだけど。
いずれにしても面白がられているのに違いは無いわね。
むきになったように問いつめてしまいそうになった私を止めてくれたのは、後ろから馬を進めていたラウドラチャクリンだった。
「元気が良いのはいいが、この辺りは既に街の中心部だよ、貴族も多く通る道だ。バーラートから祭祀王猊下の元へとやって来た女性がとても威勢の良い方だと……前評判が立ってしまっては事がすすめにくくなるかもしれないよ?」
その言葉に思わず口をつぐんでしまった私を見遣って、ラウドラチャクリンさえもが楽しそうだ。
「意地の悪い事を言わないで。貴方の事だもの手抜かりは無いのだと思っていたわ?」
「その評価は光栄だが……油断はしない方がいい」
にこやかな微笑みでもってそう、いつも通りの含みのある言い方をしたラウドラチャクリンはけれど、ずっと前方を見つめている。何を見つめているのかとその視線を追うと、どっしりと前方に立ちはだかる王城がその先にあった。
気にならない訳が無いわね、友人が病に伏している場所だもの。
王と言う立場と商人としての身分の彼では足繁く通う事もままなるまいが、すぐにでも見舞いに駆け付けたい所なのでしょうね。
黙り込んで自分の視線を追っていた私に気付いたのか、微笑みのままラウドラチャクリンは先をせかした。
「じきにわたし達の屋敷に着くよ。明日には王城の侍従長殿の所へ伺うから……すぐに君は自由の身になれる」
「明日って……そんなに急に伺うの?」
「……あぁ、ゆっくりと旅の疲れを癒すのはそれからでも出来るからね」
「そうじゃ無くて、どうしてそんな急に行って……侍従長なんて言う身分の方に御会い出来るの?ふつうなら……取り次ぎとかで日数が掛かるだろうってことくらい私でも判るわよ?」
驚いた私の言葉を違うように解釈したらしい。
慌ただしい予定に抗議したと受け取ったのだろうラウドラチャクリンが、宥めるような言葉を唇にのせたのを遮る形で逆に質問する。
「いくら王様の友達だからって、そんな気軽に出掛けて行って会えるなんて…変だわ」
その問い掛けにもラウドラチャクリンは涼しい顔だった。
「君が以前に言っただろう?私達がルクアの王とバーラートの王との間の使い走りだと……だから、いつでも連絡が取り合えるようなパイプが作ってあるんだよ」
「………」
先に自分が口にしていた言葉であっさりと質問を躱されてしまった。
それが真相を知る者以外を納得させる為の茶番だと、更に私がそれを理解しているのを知っていながらのその彼の答えに、自然と私の表情は硬くなってしまった。
今更だけれど、拒絶されたのかもしれない。
ちらとそんな考えが頭をよぎる。
「……変な事考えない。只……もう少し周りを見回して御覧、いくら地元に戻って来たとはいってもここもまたわたし達にとっては戦場なんだよ」
私の考えることなぞお見通しだとばかりの言葉に、再び廻りの景色や人々に目を移す。
賑やかな人通り、色とりどりの衣装を身にまとった人々、先程まで私の視線と関心を奪っていたそれらのその奥にあるもの……?
「あっ……」
「いいこだ。気をつけなければいけないよ?」
思わず声を上げた私が『何』に気が付いたのか問いもしないで、優しい微笑みのままラウドラチャクリンはそう念を押すように囁いた。
私はと言えばかなり自己嫌悪に陥ってしまっていたのだが、ラウドラチャクリンがそれに気付いたかどうかは判らなかった。
改めて何気なく彼が口にした言葉を反芻してみる。
「ここもまたわたし達にとっては戦場なのだ」……と彼は言った。
その意味がようやく理解出来たわ。
人混みにまぎれるようにして行き交うのは、明らかに以前教えられた人種だ。
何を考えているのか、掴み所の無い目付きに底知れなさを感じる……クァーナ人。
人種的に言えば彼等とルクアディナルファの民との間にはさほどの違いは無いはずなのに、なにかしらの違和感を感じさせる彼等。
私達にとりたてて関心を示す者は居ないようだが、道行く人々の間に必ず彼等は居た。
貴族階級の者達程派手な装いでなく、あくまで目立たないような衣装に身を包んだその立ち居振る舞い。
随分彼等はこの国の中へと入り込んでいるのだと勘付いてしまった私は、ふと視線が合った一人の通行人から咄嗟に視線を外しながら背筋に冷たいものを感じていた。
あれは、あの人を見たのは峠越えの前だったわ。
クム・ウタールの町で市場を冷やかしていた私達を見張っていたクァーナ人……だ。




