049 それぞれの立ち位置
隊商の先頭に立ち街道を辿りながら、隊の中程でミシェイルと馬を並べているイェライシャを伺ってみる。
先程まではその隣にラウドラチャクリンも居て、何やら話をしていたらしいが今は皆口をつぐんだままのようだ。
この前染めてから日が経っているので、だいぶん元の色に戻っていた彼女の髪が以前のように輝くのを俺は目を細めて見つめていた。さっきのティサ卿も彼女の髪の色や肌を不躾に見つめていて、何度邪魔にはいってやろうと思った事か。
……どうやら俺はかなり嫉妬深い性質だったらしい。
不自然なくらい何度も振り返っていたからだろうか、昼食を兼ねた休みを終え、隊列を組み直そうとした時、ミシェイルに軽く肩を叩かれた。
「先頭は引き受けるよ、落ち着かないのはお前だけじゃないらしいし」
すれ違い様にそう言うと、返事も待たずに自分の馬を隊列の先頭へと向かわせる。
その背中を見送りながら無意識のうちに溜め息を一つ吐いてしまっていた。
……そんなに自分はあからさまだったかと、情けなさに。
ラウドラチャクリンはといえばヨシュアとともに隊列の最後尾にと移動している。
それを確認すると、当然のような顔でイェライシャと並んで馬を進めた。
俺に気付いたイェライシャは少し不思議そうな顔をして見つめてくる。
「どうかしたの?」
「あ……うん……。聞きたい事があるんだけれど……いい?」
少しばかり潜めた声が廻りを気にしているのだと主張していて、俺はもう少しで鐙がぶつかり合う寸前まで馬を近付ける。
「……何を聞きたいの?」
「貴方は知っていたの?私が……他の人たちからどういう風に見られてしまっているか」
「まぁ……ね」
聞かれたくは無い問いだった。
正直に言えば、それには気付いて欲しくはなかったのだ。
俺がティサ卿に心の中で悪態をついたのはこれで何度目だろう。
「知らない訳じゃなかったけれど……言う必要は無いと思っていたんだ。俺達は本当に君をルクアディナルファ王の元へ送り込もうと思っていた訳じゃないし、最終的には君が自分のしたいように振舞えるようにするつもりだった。この返事では納得出来ない?」
「……本当に?」
「そうじゃなければ、俺は君にちょっかい出してないよ。もっとも初めはラウの考えが読めなくて……どうしようかと思った事も無い訳じゃないが」
ふざけたように言う俺を、少しばかり細めた瞳で疑わしそうに見つめるイェライシャに笑いが堪えられない。
本当は……自分が側室同然の女だと思われていたのを知ったら……彼女はもっと怒るのではないかと心配していただけに、この穏やかな反応は意外と言えば意外だった。
そう考え付くと昨夜のラウドラチャクリンの俺たちをけしかけるような言動も、反動を少なく押さえる為の奴なりの配慮……に見せかけた根回しだったのかもしれないとようやく思い当たる。
しかし出来れば事前に有る程度は説明が欲しい、とも思う。俺が察しの悪い奴だと知っているのなら尚更だ。
「どうしてティサ卿には私のファースト・ネームしか紹介しなかったの?」
シェカルを出た日の夜、次に着いた宿の部屋で寝仕度をしていたイェライシャが衝立ての向こうから顔を出して、そうラウドラチャクリンに問い掛けた。
いつもの夜の探索……俺はそう勝手に呼んでいる……から戻ったばかりのラウは夜の気配の沁み込んだ外套を脱ぎながら視線をイェライシャへと向ける。
この宿では、俺達はいつものように3人で部屋を使う事になっていた。
「大した意味は無いよ。わざわざセカンドネームまで教える必要は無いと思った迄だ。別れ際に自分の権力を誇示して……下心丸出しで君に取り入ろうとした男に、その名で呼ばれたいの?」
「……冗談でも嫌だわ」
「だろう?」
きっぱりとしたイェライシャの答えに、にやりと人の悪い笑顔を見せたラウドラチャクリンも寝仕度に掛かる。
上衣を押さえている幅の広いサッシュをするりとほどき、無造作に上衣を脱ぎ捨てた。
その下に着ていたのはいつもどおりの襟ぐりの大きく開いた薄手のシャツだった。
いつも首の詰まった衣装を好んで着るせいで、ラウドラチャクリンの首筋のあたりはまるで女性のように色白だ。
「……やだ、淑女の前で何してんのよ」
男性の身支度に頬を赤らめたイェライシャは、文句をいいながらも再びそそくさと衝立ての向こうへと引っ込んでしまった。じきに衣擦れの音がしたので、彼女がベッドに入ったのだろうと当たりを付ける。
「イェライシャ……じきに首都に入れる。もう暫く……今の待遇で我慢してくれるかい?」
衝立て越しにそう声をかけると、しばらくの間があり、あきらめの気配を含んだ彼女の返事が返って来た。
「……努力するわ」
ナムリ殿に会い、そして最終的に結論が出るまでは、自分がジャヤルの王によって差し向けられたルクアディナルファ王の側女候補として見られてしまう。
その事実を容認するのは女性にとって屈辱的な事だと理解しているが、同時に彼等権力者の威を借りる事で確実に彼女の安全を守る事が出来るのだと言う事を理解してくれたら……とも思っていた。
「ありがとう、お休み」
「……おやすみなさい」
ほっとして返した挨拶に少し力の無い声でイェライシャは答え、それきり俺達も口をつぐんだ。




