048 真相、あるいは
「イェライシャ、君の荷物は馬に積んでおいたからね」
優しい言葉に顔を上げると、ミシェイルがやはりいつも通りの笑顔で立っていた。
ファドラーンとラウドラチャクリンに続いて宿を出たものの、思っても居なかった展開に頭が付いてゆけなくて、かなりぼうっとしていたみたい。
「……ありがとう」
それでも返事はぶっきらぼうなまま、強張った表情も元には戻せなかった。
ミシェイルはそんな私の態度に訝しむふうも無い。
……つまり知っていたと言う事なのだろうか、この隊商以外の廻りの人々が私を……ルクアディナルファの王に貢がれてゆく女……だと見るかもしれないという事を。
そして先程の、ティサ卿との会見でその話題が出るかもしれない事も?
「怒っているの、イェライシャ?」
「……そうね、怒っている? 納得出来ない? ……うまくは言えないけれど……釈然としないって言うのが一番近いかしら。この事態は私が望んだものでも、予想していたものでも無くて……どう対処していいのかすら判らないの」
踏み台に出来る石積みが無いのでミシェイルに馬の鞍に登るのを手伝ってもらい、隊商の列に加わりながら心配そうに探る彼の問いにそう答えた。
ファドラーンは隊の先頭で指揮に立っていて、代わりにミシェイルが私の側に居てくれているのらしい。
「怒ってもいいんだよ?偶然に出会ったとは言え……我々が、か弱い女性を利用して自分達の利益を図った……と見られてもこの状況では反論の余地はないのだし。わたしとしては……さっきの話の途中で君が盛大に怒る事すら覚悟していたよ」
「貴方が自分達をそのように……あくまでバーラートのジャヤル藩王とルクアディナルファ王の間の使い走りだと……世間に印象づけたがっているのは理解しているわ、ラウドラチャクリン・アルマンスール殿」
後ろから、同じように馬に跨がったラウドラチャクリンが心持ち面白そうに口を挟んで来たので、ちょっぴり冷たい口調でそう応じた。
よそよそしくフルネームまで付けて呼んでみる。
「怒っている訳では無さそうだね。それともまた……逃げ出す算段でもしているの?」
「逃げたりなんてしないわ、もう。それに貴方が私や私の家族にして下さった事を考えれば……今ここから逃げ出して貴方達を困らせるなんて事は出来ないし、貴方は……ご自分の病の床にある古い友人をダシに使ってまで……私の為に知恵を使って下さったのだもの」
「自分の古い友人をすら、自分の利益の為には担ぎ出せる……そんな冷たい男だよ」
最後の辺りはかすれるような声色になってしまったが、私の言いたい事を理解してくれたらしいラウドラチャクリンが自嘲的ともとれる言葉を並べながら苦い微笑みを浮かべている。
振り向いて彼のその表情を見つめつつ、自分の馬を彼の隣へと寄せた。
「このまま首都のクティナン迄行って、その侍従長という方に会って……そのあと私はどうなるの?」
「わたしの目論見通りに行けば、先程の話の通り……君は自由の身になれる。」
意味がと言うよりは流れが読めなくて、きょとんとしてしまった。
……結論だけ言われても判らないんですけど?
戸惑ったふうの私にだろうか、微かに微笑みのようなものを浮かべてラウドラチャクリンが説明を続けてくれる。
「王が健在で……今よりももっとお若い頃ならば、君のように若くて美しく……そして希有な外見を持つ女性をお側に置く事に大した問題は無かったろうね。祭祀を司る王の事ゆえ……世襲ではないし表向きの妻帯は許されぬが、友好国の王からの贈り物となれば側近も無礙に反対は出来ぬだろう」
「それは、王様がお若かったならばの話でしょう?」
もしも、そう言った状況だったら、私の逃げ道なんて本当に無いのだけれど。
「……そうだ。以前にも言わなかったかな?今の祭祀王は随分なご高齢のうえ、今は恐らく最後の病の床にあると。それにさっきティサ卿が言っていただろう、シェカルの寺院の僧侶が首都に向けて出発したとね。たぶん遠からずあるだろう出来事に対処したうえで、そのあとの権力闘争に生き残る為の算段をしに出掛けたのさ」
「そんな所へ私が行っても大丈夫なの?」
「心配しないで、ナムリ侍従長の所へ伺うだけでいい。彼はわたしの考える事なぞお見通しだろうからね、予測した通りに事を運べるだろう」
不安そうな私を励ますようにラウドラチャクリンはそう言って微笑んでくれたが、本当は笑えない心境なのではなかったかと、申し訳なくなってしまった。
ファドラーンは言っていたわ、歳は離れているけれど祭祀王とラウドラチャクリンは気の合う友人だと。
その友人が死の病の床にあるのに、私のようなよそ者にも構ってくれるその懐の広さ、或いは優しさだろうか、が何だかやりきれなく哀しい。
初めから細かい説明まではしてくれるつもりは無かったのか、あらかたの説明を口にするとラウドラチャクリンは黙ったまま考え込むような顔つきになり、同じように黙り込んだ私達はそのまま馬を進めた。




