004 経過
視点を変えてみました。
ああ……どうしよう。
私は内心の怯えと動揺を悟られぬように息を吸い込んで口を開いた。
「結構です、貴方がたの同行は要りません‼」
きっぱりと拒絶の言葉を口にしながらも、それに大して怯む気配もない彼等に恐怖を感じずにはいられなかった。
廻りには人垣も出来つつあるのに、それを気にするふうもない。
ましてや、ここは国境管理の役人の居る施設からも近いと言うのに。
こんな相手は初めてだった。
交渉を持ち掛けられたのは初めてではなかったのに、今までの相手は私が声を荒げたり、役人の気配を漂わせれば大抵は引き下がってくれたからだ。
睨み付けるように……目の前の五、六人の男達を見つめる。
大して羽振り良さげな商人でも無さそうなのだが、マントの隙間からこぼれた私の髪の色に気付かれたのがいけなかったのだわ。急に積極的に誘いかけてくれるようになり、その裏に潜む思惑には流石に気が付いてしまった。
下卑た彼等の微笑みに、身の危険を感じる。
何とか彼等を振り切ってしまわないと、とんでもない事になるのは明らかだもの。
「だけどさぁ、ここから……」
あからさまな猫撫で声で何かを話しかけて来る彼等を睨み付けつつ、役人の所へと逃げ込む隙を狙っていた。
この状況が忌ま忌ましくて……つい舌打ちしてしまう。
この先、私が目指そうとしている土地までの行程がとても厳しいものだと聞いていなければ、旅の道連れなんて捜しはしないのに。
「そこ迄だ。役人から話は聞いて来た。この御婦人の同行は我々が引き受ける」
背後から突然私の真横をすり抜け……商人達との間に入り込んだ人影。
そう声がした時は、目の前の商人達同様……私もただ唖然としていた。
誰も廻りの人達は助けてはくれないのだと思っていたのに。
呆気にとられて私がその人物の背中を見つめるのと、商人達が口々に反論とも言えない罵りの言葉を吐き出すのとは同時だったろうか。
「では……御婦人、どうされる?」
とても……背の高いその人物が、外套を軽く羽織った商人風の衣装に身を包んでいる若い男……だと認識したところで彼の声が私へと注がれる。
「彼等との交渉はここ迄ですわ。あなた方との同行の条件についてお聞きしたいと思います」
少し意地の悪い問いかけだとは思ったけれど、目の前の男達から身を守ろうと思えばそう答えるしかないじゃない。
勿論彼等との交渉でも条件が合わなければまた、他の隊商か商人を当たれば良いのだし。
その程度の考えで口にした返事に、初めの商人とその護衛達は激昂してしまった。
「ふざけんな‼俺達に恥かかすってのか⁈」
そんなに強い反応が返ってくるとは思っていなかった。全く予想外の彼等の怒りの形相に身をすくませた時、目の前の若い男の身体がスイ……と動いた。
同時に鈍い音がして、対峙していた商人の護衛の一人が、私の脇を翳めて地面へと転がっていく。
私に掴み掛かろうとしたその護衛がこの若い男によって撃退されたのだと、認識する間にも事態はどんどん進んでいった。
いきり立つ商人達と若い男が睨み合いになって……どうしようとおろおろしていた私の、いつの間にか隣に居たもう一人の男が口を開いたのだ。
「お前達はバーラートの者であろう。我々はバーラートの藩王ジャヤル家の御用を預かる商家の者だ。我々に楯突いてここでこれ以上騒ぎを起こすのならば、自らの国ですら商売も出来ぬようになると思うが……良いのか?」
大して大きな声ではなかったのに、よく通る声でそう問いかけられた商人達は逡巡し……口惜しそうではあったもののあっさりと引き下がってしまった。
しかも、去り際のその態度は媚び諂うような卑屈なものだ。
それはそうだろう、とも思う。
ジャヤル王家……バーラートの滞在先で私自身何度も耳にした事のある名家の名だもの……を我がもののように語るこの男達に、しかし改めて警戒しなければならなかった。
私がバーラートからここまで来た経緯からすれば、こんな所でジャヤルの縁者、いやむしろバーラートの者になぞ関わらない方が良いはずだもの。
そんな事に気を取られている間に、先に私を助けてくれた若い男は視線を私の方へと向けてきていた。
「我々……私はイクシール・ルクアディナルファ間の交易を商いにしているアルマンスール家の長男、ファドラーン・アルマンスール。あちらは弟のラウドラチャクリン・アルマンスールです。交渉、とおっしゃいましたが、詳しい話は我々の宿で致しませんか?すぐそこですから」
打って変わった穏やかな口調で話しかけられ、咄嗟に、自分の着ていた外套のフードをかぶり直していた。
気が付けば先程の強引な商人達は姿を消していて、廻りを遠巻きにしていたやじ馬も散りつつある。
それでも用心に越した事はないわと考えたの。
さっきはこの下に隠していた髪を見られて……厄介な事になったのだもの。
ファドラーンと名乗った男が少し身を屈めるようにして自分の腕を差し出して来る。
貴族や、それなりに身分と言うものを持つ女性に対する礼儀を弁えたその仕草。
どうやら彼等には少なくとも私の身分は判ってしまっていたらしい。
今更逃げ出す訳にもいかなくて、何となく滅入った気分でその腕に自分の手を預ける。
それはエスコートを許す、と言う言葉に替わる承諾の仕草だったから。




